維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

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第14章 誠と正義と

13

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何度も見た、切腹の為の準備。

だが、今回に限っては、単なる準備作業には思えなかった。

袖をたすき掛けして、刀を洗うための桶を用意する。

私は人を殺すのだ。

その事実はどんな美辞麗句で飾っても変わらない事実。



「いいですか、薫さん。迷いは剣に伝わります。

貴方が迷えば、河合さんを苦しめることになる。

それだけは肝に銘じておいてください。」

副介錯人として薫の傍に控えるのは沖田である。

何人もの介錯を務めてきただけあって、その言葉には重みがあった。



私に迷いは許されない。



薫は河合が座るはずのその場所をじっと見つめた。



春だというのにその日は凍てつくように寒かった。

とうとう、飛脚は訪れなかった。

目が落ちくぼみ、やせた河合がようやく謹慎部屋を出られたのは、

西本願寺の鐘が暮れ六つを告げたときであった。



土方が切腹を申し渡す。

「新選組勘定方河合耆三郎。右の者は…。」

淡々と進められるその儀式の中で、薫はただその時を待っていた。



河合が深々と頭を下げる。



『彼が小刀を握ろうとしたら、刀を振り下ろすのです。』



沖田の言葉を反芻する。

風の音も、他人の声も薫の耳には届かない。

自分の息遣いと河合だけが、薫のすべてだった。

「東雲殿、飛脚は…まだ来ませんか。」

河合の言葉が薫の耳に届くことはなかった。

代わりに薫の傍に控えていた沖田が首を横に振る。

河合は薫に向けていた視線をゆっくりと外し、そして白い意志の敷き詰められた地面に目を落とした。

「東雲殿、よ、よろしくお願い申す…。」

震える唇でようやく紡いだ言葉は、河合の精一杯の意地だった。



薫は何も言わず刀を鞘から抜いて頭の上で構えた。

少し前のめりになった河合は、手元から少し離れたところにある小刀を手に取った。



今だ。



薫は河合の首元めがけて刀を振り落とした。

ボトリ、という鈍い音がして、鮮やかな血がほとばしる。

生気を失った河合の目が薫の方を見ている。

無念そうな顔が薫を見ている。



薫が現実を受け入れることができたのは河合の首を副介錯人たる沖田が土方に見せ終わった頃であった。

立会人と河合の遺体との間に屏風が置かれ、遺体が仲間の手によって綺麗に片付けられていく。

その中には蟻通の姿もあった。



終わったのだ、全て。

薫は、こと切れるようにその場に崩れ落ちた。
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