維新竹取物語〜土方歳三とかぐや姫の物語〜

柳井梁

文字の大きさ
99 / 156
第14章 誠と正義と

15

いつものお勝手。

薫が台所に立つよりも早く、お手伝い衆の方が先に食事の支度を始めているようだ。

「先に準備ありがとうございます。」

東雲殿、と振り返って薫を見たのは、今は亡き安藤早太郎だった。

「安藤さん?」

いるはずのない人が台所に姿を見せたことで、薫の足は止まった。

「こちらに来てはなりませぬ。」

「どうして?」

違う方から足音がして、もう一人の男の人影が現れた。

「貴方がここにいるのは、死ぬ前に私が貴方を恨んだせいでしょう。」

その人影は先ほど薫が命を絶った河合のものであった。

「河合さん。」

「私があの時貴方に相談していなければ。

私がお手伝い衆でなければ、とね。」

でも、と河合は続ける。

「もうすべて終わったことです。」

河合は、竈の中に吸い込まれていく。

「お行きなさい、東雲殿。

副長を悲しませてはいけませんよ。」



薫は得心がいった。

安藤は、河合を迎えに来たのだ。

竈はきっと死出の門。

そして、私は死と生の瀬戸際にいるのだ。



薫は安藤が竈に吸い込まれていくのを見守るや否や、台所と反対方向に全力で駆けた。

安藤に助けられた命だ。

まだ、死ぬわけには行かない。







無我夢中で走っていると、意識が遠のき、気づけば布団の上だった。

見慣れた杉の木目の天井。

現代のマットレスが恋しくなる敷布団。

五感で感じる全てが薫に生きている実感を与えた。



戻って来たのだ、幕末に。

薫は、布団の中で手を結んだり開いたり動かした。

私は、生きている。



「ようやく目が覚めましたか。」

声のする方を見ると、布団の横に座る沖田の姿があった。

「私は…」

はっきりしてきた頭でこれまでの経緯を思い出す。



そうだ、私が河合さんの介錯を務めたのだ。

骨を断つときの鈍い感触が、薫の手に未だ残っている。

副長に報告しなければと、布団に手をついて体を持ち上げようとしたが、

沖田に制され再び薫の体は布団の上に収まった。



「何日も眠っていたのです。急に体を動かすのは良くない。」

「でも…。」

「土方さんなら、来ませんよ。」

沖田は冷たくそう言い放った。



どうして、と問い詰めたかったが、

それは沖田を傷つけるような気がして寸での所で抑えた。

きっと隊務で忙しいのだ。

夜になればきっと顔を出してくれるはずだ。



「粥を食べてください。」

沖田の温かい手が薫の背中に回された。

そして、空いている片方の手で匙に注がれた一口分のお粥を薫の口の中に流し込む。

ドロリとした液体とも固体とも似つかない塊が体の中を通っていくことを感じた。

薫が喉を鳴らしてごくりとお粥を飲み込んだのを確認すると、

沖田の顔は少しだけ綻んだ。



「見事な介錯でした。」



沖田の言葉に、その瞬間がフラッシュバックする。

薫が刀を振り下して浴びた血飛沫。

鈍い音を立てて落ちる首。

落ちた首が薫の方を見ている。


河合の目には無念が込められているような気がした。

薫を憎む目。

恨めしい目。



「うあああああ!」

薫は髪をかきむしるように頭を両腕で抱え込む。

「か、薫さん!」

発狂する薫を抑えることは沖田にはできなかった。

どんなに抱きしめても、薫は取り乱したままだ。



そのとき。

障子が勢いよく放たれた。

戸惑う沖田を薫から引き剥がし、命一杯の力で薫を抱きしめる。

すると、突然薫は落ち着きを取り戻したのである。




「薫。」

「歳三さん…。」

乱れていた薫の呼吸も、段々と穏やかなものになっていく。



「すまなかった。」

薫にだけ聞こえるような小声で土方は囁いた。

「私は私のすべきことをしたまでです。」



隊の結束のため、河合さんに詰め腹を負わせるというのなら、

河合さんの介錯を請け負う。

土方が鬼になるというのなら、私も鬼になる。

それが薫の覚悟だった。



その光景を見せつけられ、沖田はその部屋から退出する他なかった。

「目を覚ましたか。」

廊下の柱に背を預けて庭を眺める齋藤が部屋から出てきた沖田に声を掛けた。

「こんな思いはもうしたくありません。」


「嫉妬か。」

「違いますよ。

薫さんに人を斬る方法を教えてしまったことを後悔しているのです。」

沖田は普段と変わらない笑顔を浮かべたが、どこかぎこちない。

「何故だ。」

「人を斬るのは私だけでいい。」

そよ風が廊下を吹き抜けた。

後ろにまとめられた沖田の髪が風で揺れる。

「人はそれを恋と呼ぶ。」

齋藤は独り言のように呟き、そしてどこかへ消えた。


感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

局地戦闘機 飛電の栄光と終焉

みにみ
歴史・時代
十四試局戦 後の三菱雷電J2Mとして知られるこの戦闘機は爆撃機用の火星エンジンを搭載したため胴体直径の増加、前方視界不良などが続いたいわば少し残念な機体である この十四試局戦計画に地方の無名メーカーが参加、雷電を超える高性能機が誕生し、零戦の後継として太平洋戦線を駆ける これは設計者、搭乗員の熱く短い6年間を描いた物語だ

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。