灰被りの聖女

彩峰舞人

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新たな一歩

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 初めて目にする王都の街並みはユアにとって驚きの連続だった。いつも死んだような顔をしていた灰被りの街の人たちとは違って人々が本当に生き生きとしている。

 そこかしこに立ち並ぶお店では灰被りの街では滅多に見ることのない新鮮な野菜や果物、魚や肉などが軒先にこれでもかとばかりに並べられ、店員が買い物客を威勢のよい声で呼び込んでいた。

 その一方では珍妙な服と珍妙な化粧をした男が大きな玉の上に乗りながら水が並々と入ったグラスを指先に乗せて周囲の人たちから喝采を浴びている。

 そんな街の様子にも徐々に慣れ始め────。

(王宮を出てから全然話しかけてこない。また怒っているのかな……?)

 ユアは心の中で2回ほど深呼吸をすると、隣を黙々と歩くカイルに声をかけた。

「ど!? んん……ところでどこに向かってるの?」

「もういいのか?」

「え? なにが?」

「興奮した様子で街を見ていたからあえて声をかけずにいたんだが」

 カイルが口を閉ざしていた理由を知り、ユアの顔は急速に熱を帯びた。

「私ってばそんなに興奮してた?」

「まぁ俺がわかるくらいにはな」

「だって灰被りの街とあまりに違いすぎているから」

 ユアがたははと笑っていると、カイルは真面目な顔で言う。

「元々豊かな国ではあるが戦争の余波で好景気が今もって続いている。もし敗北していたらユアが見る景色は今とはまるで違っていたはずだ」

「戦争に勝ったからこんなに賑やかなの?」

「そういうことだ。今回の戦争でリーンフィル公国は四分の三の領土を失った。戦争ほど勝者と敗者の立場を強く突きつけてくるものはない。今の好景気はユアの力によるところも大きい。誇っていいんだぞ」

「うん……」

 いくらカイルに褒められても戦争に敗れたリーンフィル公国のこと、とりわけそこに生きてきた人たちのことを思えば素直に喜ぶことができなかった。

 それはとにもかくにも敗北した国の者たちの多くは奴隷の身分に落とされることを知っているからに他ならない。

「……まさか自分のせいでリーンフィル公国の者たちが奴隷になった、なんて思ってないよな?」

「お、思ってないよ」

 カイルは苦笑した。

「思いっきりおもってるじゃねぇか。ユアの力が勝利に大きく貢献したのはさっきも言った通りだが、ユアの力だけで勝てるほど戦争は甘くない」

「そ、そんなこと言われなくたってわかってるから」

「だったらそんな暗い顔をするな」

「暗い顔は生まれつきです」

 カイルから顔を背けたユアの横を、子供たちが楽しそうにはしゃぎながら駆けていく。
 やれやれと溜息を吐いてカイルは言う。

「ところで話は変わるがユアはあの異界人の女をどう思った?」

 問われ、ユアの脳裏には鮮烈に刻まれたサンゼンイン・シズカの容姿が浮かび上がった。

「……怖いくらいに綺麗な人だと思った」

 あの場にいた誰もがそう思っていたのは、広い謁見の間を埋め尽くさんばかりの拍手が散々に証明している。

(そしてアルフォンスさえも……)

 ユアは唇を小さく噛んだ。

「怖いくらいに綺麗な人か……まぁ確かにこちら側の人間とはまた違う美しさみたいなものは俺も感じたな」

「カイルもやっぱりそう思うんだ……」

「なんだ、妬いているのか?」

「べ、べつに妬いてなんかいないし!」

「そうか?」

「そうだよ!」

「まぁユアも負けないくらい綺麗だから気にする必要はないだろう」

「なっ……⁉」

 絶句するユアを置き去りに、カイルは今しがた自分がした発言などなかったかのように、その青い瞳は見えない何かを捉えようとするかのように虚空を見つめている。

 しばらく沈黙が二人の間に流れる。
 カイルが再び口を開いたのは大通りを完全に抜けたときだった。

「あの異界人がサーベルフォックスに使った力はユアの力と同じものだと考えていいのか?」

「え?……ううん。同じ癒しの力だとは思うけどサンゼンイン・シズカさんのほうが力自体はずっとずっと強力だと思う。瀕死のサーベルフォックスを私が治すなら万全な状態でも数時間は絶対にかかるはずだから」

「それほどまでに違うのか……ならほかの力を仕えても不思議じゃないということだな」

 青い瞳をもって生まれた者は生まれながらして自然を操る力──俗に〝符氣《ふき》〟と呼ばれる力を神から与えられる。

 符氣は火、水、風、土の四つに大別されている。一人に一つの力が基本だが極々まれに二つの力を有して生まれる者がいる。〝極者〟と呼ばれるその者たちは世界にも片手で足りるよりほかいなく、ブリュンガルデ王国で該当する人間はユアの知る限りにおいては一人しかいない。

「もしかしてカイルと同じ極者ってこと?」

「ん? 難しい言葉をよく知っているじゃないか」

「子供扱いしないで」

 文句を言うと声を立てて笑うカイル。
 だが、すぐにその顔は真面目なものへと変化した。

「禁忌を破った王は度し難いが俺も異界人にまつわる逸話をどこかで冗談のように思っていたのかもしれない」

「やっぱり危険なの?」

「伝承通りなら危険なんて生易しいもんじゃない。たった一人で国を亡ぼすような存在だぞ。今のところまともな目をしていたが……」

 将来的にはわからないとカイルは言いたいのだろう。
 彼の言う通り異界人は一人の例外もなく狂ってしまったと古文書に記録が残されているくらいだ。

 最後の異界人が死んでから500年の長き時が経過している。だからといって同じことが起きないという保証はどこにもない。サンゼンイン・シズカだけが例外だと考えるのは虫が良すぎるというものだろう。

 はっきりしていることは自分のような名を与えられただけの、かりそめの聖女ではないということ。

 元の世界でサンゼンイン・シズカは神に仕える神聖な存在で、瀕死だったサーベルフォックスを瞬時に直してしまう強力な癒しの力を持っている。

 カイルの予想した通りなら癒しの力以外も使えるということだ。今のユアが太刀打ちできるような相手でないことだけは確かである。

(出自、容姿、力、嫉妬するのが馬鹿らしいほど私は彼女に何一つ及ばない。今となってはレガード王が私を見限ったのも当然な話よね)

 一人自嘲するユアの肩をカイルが強引に引いた。

「どこに行くつもりだ。着いたぞ」

 意識を外に戻せば、目の前に巨大な門が立ち塞がっていた。

「ここは?」

「俺の屋敷だよ」

 どうやら行き先を聞きそびれたまま目的地に到着してしまったらしい。

 カイルが門に近づくと、重々しい音を響かせながら扉が開かれた。
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