灰被りの聖女

彩峰舞人

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ジェミニ家の人々②

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 廊下を進んでいくとほかの扉より二回りほど大きい扉の前でカイルの足が止まった。

 カイルはノックもせず無遠慮に扉を開くと、ユアに視線を流して部屋に向かって入るよう顎をしゃくる。

 遠慮気味に歩を進めるユア。
 その後ろをツヴァイが当たり前のような顔をしながらついてくる。

 部屋に入ると机に向かって忙しそうにペンを走らせている青年が、顔も上げずに開口一番文句を口にした。

「カイル兄さん今までどこをほっつき歩いていたんですか。マルタ村の件を早々に処理してくださいって言いましたよね?」

(元気そう。よかった)

 初めて戦場で会ったときのミゼルは、重傷を負って生きる希望を失っていた。その彼が元気で仕事をしている姿がユアにはたとえようもなく嬉しかった。

 カイルは机にうず高く積まれた書類の束にチラリと視線を送りながら、

「ミゼルがいればなにも問題ないだろう」

「はぁ。当主様がそんなことでは領民に示しがつきません。今後はこのようなことがないようにして……──」

 ようやく顔を上げたミゼルと視線が重なり、ユアは「お久しぶりです」と笑みを浮かべる。ミゼルは口をポカンとさせたのち、椅子から転げ落ちるような勢いで立ち上がった。

「聖女様‼」

 叫ぶや否やユアの前に駆け寄ったミゼルは、臣下の礼さながらの所作で膝を折った。

「え? ちょっと……」

 突然の行動に困惑を隠すことができないユアに対し、顔を上げたミゼルは目を輝かせながら口を開く。

「重傷を負って生きることを放棄した私に、聖女様は決して諦めてはいけないと、冷たい雨が叩きつける戦場で自分の体が冷たくなるのも厭わずに傷を癒してくれました。聖女様のおかげで今もこうして私は生きていられます。本当に感謝してもしきれません」

「ええと、生きてくれて私も嬉しいです。それと私は聖女の任を外されました。もう聖女ではありませんので」

「え?……それはどういうことでしょう」

 一段声が低くなったミゼルの視線は、ゆっくりカイルへ向けられる。

 やれやれと鼻息を落としたカイルがこれまでの経緯を語って聞かせると、本当に同一人物なのかと錯覚させるほどミゼルの顔は憤怒に彩られた。

「おのれレガード王め。これほど国に貢献してきた聖女様に対してなんと酷い仕打ちをするのだ」

 カイルばかりでなくミゼルまでもがレガード王を当たり前のように批判するので、ユアはツヴァイ以外は誰もいないとわかっているにもかかわらず周囲を見回してしまう。

 目があったツヴァイは「そんなに怒ることなの?」と小声で言って首を傾げた。

「ミゼル、気持ちはわかるが少し落ち着け」

「落ち着け? むしろこの状況で落ち着いているカイル兄さんがどうかしている。はっきり言って正気じゃない」

「──本当にそう思うか?」

 言って不遜に笑うカイルの姿に、ミゼルの顔から徐々に怒りが引いていく。

「柄にもなく少し興奮したようです。失礼いたしました」

 カイルは軽く頷き、

「と言うことで俺はユアを守るため共にタイニアに行くことを決めた。これよりはお前がジェミニ家の当主として一切を取り仕切れ」

「え!?」

「その大任謹んでお受けいたします」

「ええっ!?」

 ジェミニ家はブリュンガルデ王国屈指の大家。そこの当主が口先一つで簡単に変わっていいものだとは到底思えるはずもなく、しかも、突然の当主交代が自分に起因しているだけに平静でいられるはずもない。

 そんなユアの混乱を置き去りに話はどんどん進んでいく。

 隣で一緒に話を聞いていたツヴァイはユア以上に急な展開についていけないようで、頭を抱えて一人ブツブツと呻いていた。

 机に戻ったミゼルは体を深く椅子に預けながら腕を組む。

「しかしよりにもよって異界人召喚ですか……本当に馬鹿なことをしてくれました。──それにしてもレガード王はどこで触媒を手に入れたのでしょう。いかなレガード王でも自国で調達する暴挙に出るとは思えませんが」

 迂遠な言い回しをしているミゼルだが、それが異界人召喚を成功させるために必要不可欠な生贄を指していることは明らかだった。

「リーンフィルの奴隷を使ったのだろう。この件に関してはまさにうってつけだ」

「リーンフィルですか。それなら情報が引っかかってこなかったのも頷けます」

「俺は異界人を直接この目にした。本当に古文書に書かれた災厄を引き起こすのかは未知数といったところだが、少なくとも謁見の間で異界人が示した力の一端はそれを感じさせるに十分だった」

 兄妹は無言のうちに視線を交わし、小さく首肯する。

「では手練れの監視を──……」

 真剣な会話を遮ったのは、ユアのお腹から漏れ出た何とも頼りない音だった。

 兄弟は互いの顔を合わせ、まるで示し合わせたかのようにユアへと向けられる。ユアは恥ずかしさと恥ずかしさで視線をひたすら床に落とし続けるよりほかなかった。

「──そういえば朝飯も食っていなかったな」

「では少し早いですが昼食を急いで用意させましょう」

 いっそあからさまに指摘してくれたほうがまだ開き直れたとユアは思う。

 二人の優しい気遣いが羞恥心を加速度的に膨らませたのは言うまでもない。
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