ちょっとだけ切ない短編集

北きつね

文字の大きさ
21 / 58

雨と傘と彼と私

しおりを挟む

 彼はもう帰ってしまったのだろうか?
 タイムカードはすでに押されている。男性従業員の更衣室からも彼の声はしない。

 バイトリーダーの彼が帰るのは最後だと思っていた。

 店舗はそれほど大きくない。バイトは私を入れて5人。男性3人の女性2人だ。
 タイムカードを見ると、どうやら私が最後みたいだから、店舗の中を全部見てから、セキュリティをセットして帰ろう。

 彼が最後だと思って待っていたのだけど、失敗したな・・・。
 閉店して暗くなっている店舗の確認を終わらせた。

 従業員の通用口に居るガードマンに鍵を預けて帰る。

「お疲れ様」
「今日は最後だったのだね」
「えぇ少し遅くなちゃった」
「そうか、雨がまた降り出したから気をつけて帰れよ」
「うん。ありがとう」

 通用口から通りを眺める。目の前に今日の日付が表示されている。

「そうか・・・今日・・・はあぁ・・・。ダメだな」

「何がダメなんだ?」

 横から、傘が差し出される。

 え?なんで?

「濡れるだろう。早く入れよ」
「え?」

 なんで?彼が居るの?

「リーダー?なんで?」
「何だよ。バイトが終わって、待っていただけだろう?それに、今はリーダーとは呼んで欲しくない」
「え?あっそうだね。江口さん」

 なんだろう。
 少し照れてしまう。

「他の人達は?」
「もう帰った。いいから、傘に入れよ」
「え?でも、私も傘あるよ?」
「そんな小さい傘じゃ2人で入れないだろう?いいから、帰るぞ!」

 彼の言っている意味がわからない。
 でも、彼に強引に連れ込まれて、肩を抱かれて居る。この状況が理解できない。

「ねぇ」
「あ?」
「ううん。なんでもない」
「あぁ・・・そうか・・・」
「なに?」
「いや、なんでもない」

 彼も黙ってしまう。
 でも、この距離感が、彼のぬくもりが、すべてが嬉しい。
 駅までの5分がもっと長ければいいのに・・・。

 駅が見えてしまった。
 この幸せな時間も終わってしまう。

「なぁ真弓?」
「なに?」
「あぁ・・・。なんでもない」

 彼は、電車を使わない。バスで帰る。でも、駅の改札前まで来てくれた。

「・・・」
「・・・」
「それじゃ帰るね」
「あぁ・・・またな」
「うん。今度、入るの来週だよ」
「そうか」
「うん」
「・・・。真弓」
「ん?」
「あのな・・真弓。誕生日おめでとう。来年も言うからな。その次も、これから毎年だ!」

 彼はそれだけ言って、バス乗り場に走っていってしまった。
 え?今、彼はなんて言ったの?え?え?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...