ちょっとだけ切ない短編集

北きつね

文字の大きさ
上 下
55 / 55

【勝手な人】月夜の出会い

しおりを挟む

 本当に勝手な人。
 勝手に、私を好きになって、勝手に私の心を独占して・・・。

 結婚の話も、貴方が言い出した。
 そのつもりだったけど・・・。嬉しかったけど、雰囲気くらい作って欲しかった。
 私の考えを確認した?してないよね?勝手に、私の両親に話をしたよね?たしかに、連絡先は聞かれたけど・・・。

 今日だって、急に車を出すから乗れ?急がせないのは嬉しいけど、先に言ってくれたらもっと嬉しい。
 用事が無いのは確認されていたけど・・・。それにしても急だよね?どこかに行くの?

 え?伊豆?
 今から?

 大丈夫?

 そういえば、伊豆なんて、結婚前に来て以来だから・・・。二人で来るのは二度目?初めて?

 え?違う?

 本当に、言葉が足りないのよ。
 まぁ慣れたからいいけど・・・。

 そういえば、聞いていなかったけど、伊豆のどこに行くの?

 天城峠?
 今から?本当に?泊まるの?

 泊まらない?
 疲れない?
 大丈夫?到着は、夕方になってしまうわよ?

 もう・・・。夜?
 本当に、勝手な人。

 車から流れる歌も、出会った当時の・・・。
 懐かしい。15年?

 え?17年?

 そうか・・・。
 私が『”寂しい”と感じている』ことを、察してくれた?

 本当に伊豆に向かっている。
 フェリーを使うのかと思ったけど・・・。バイパスを使うのね?

 え?なに?
 窓を開けてしゃべられると聞き取れない。

 ふふふ
 勝手な人。退屈していないわよ?

 そう・・・。
 忘れていたけど、思い出したわ。
 最初に言ってくれればいいのに・・・。

 あれから、17年
 道の駅?

 はい。はい。
 休憩?
 私は休んでいろ?座っていればいいの?疲れているのは、貴方でしょ?買い物があるのなら、私がしてくるわよ?

 いいから休んでいろと言われても・・・。
 入口近くのベンチに座って、貴方を目で追いかける。
 何?
 お饅頭?それに、花?

 あっ!
 そう・・・

 本当に勝手な人

 時計を見ると、16時を少しだけ過ぎていた。

 本当に勝手な人。
 最初に言ってくれれば、私も準備をしてきたのに・・・。

 休めたか?じゃないわよ。
 そういえば、ご飯はどうするの?私は、まだ大丈夫だけど・・・。

 え?予約している?
 今から行く?

 予約するような場所?
 本当に・・・。服装は大丈夫?

 大丈夫?本当に?

 目的地は解った。食事?え?

 ここ?
 あっ・・・。

 え?覚えていたの?すっかり忘れていた。え?え?本当?

 17年前に、貴方に会う前に来て、美味しかった店。
 貴方に会って・・・。美味しかったから・・・。お礼に・・・。そう話したお店。でも、貴方は・・・。あの時に、お礼は必要ないと言った。

 忘れていた。

 懐かしい。
 覚えている。貴方に会う前には何度も訪れていた。最初は仕事だった。仕事で疲れた時に来るようになったお店。山の中にある。何処にでもあるような、でも何処にも同じような店がない不思議なお店。
 窓際の席に案内された。
 本当に予約していた。

 思い出した。
 私は、このあとバスで・・・。二階滝に向かった。
 なんで、向かったのか覚えていない。
 店員が夜になるとバスがなくなるから辞めた方がいいと教えてくれたのを覚えている。
 それでも、私は自分の意思で向かった。

 晴れているから月明りでも十分だと思っていた。
 歩けば、時間がかかるけど・・・。大丈夫だと思っていた。終電の時間までには、駅に辿り着けばいいと思っていた。

 公園のベンチに座って、何を考えていただろう?
 ”死”とは違う。死ぬつもりはなかった。ただ、何もかも忘れたかった。

 そう・・・。
 二階滝の近くの公園で、あの子に出会うまで・・・。

 あの子は、ベンチで丸くなっていた。
 細くて弱弱しそうで・・・。

 自分と重なった。

 スポットライトのように、月明りがあの子を照らしていた。
 私が近づいても、あの子は、私が横に座っても・・・。
 生命の灯火が・・・。

 何を考えていたのかわからない。
 わからないけど、あの子を死なせたくなかった。

 あの子を抱きしめて走った。月明りだけを頼りに・・・。走った。どこに走ればいいのか解らなかった。でも、走った。
 何をしていいのか、どうしたら助けられるのか?私の腕の中で、弱弱しく声をだした、あの子を死なせたくなかった。温かいあの子を・・・。

 貴方が通りかかったのは、この時だった。
 私は必死に貴方に縋りついた。

 貴方は、近くに写真を撮りに来たと言った。取材だと・・・。
 この子を助けてと縋った。泣いていたかもしれない。貴方を叩いたかもしれない。必死だった。なぜ必死になったのか覚えていない。死んでほしくなかった。

 貴方は、何も聞かないで、私の手を引っ張った。そして、私を助手席に乗せた。
 そして、電話をかけた。時間外だと言っている声が聞こえた。
 貴方は、そんな電話相手に、開けて待っていろとだけ伝えて、車を走らせた。

 車の中で、獣医に連絡した。と教えてくれた。

 道を知っていたの?
 獣医に到着した。獣医は、開けて待っていてくれた。先生が貴方を呼んでいるのを聞いて、貴方の名前を初めて知った。

 車の中で、私は何を話したの?
 二階滝に言った理由?あの日の行動?何か、話していないと不安だったのは覚えている。最初は私の腕の中で動いていたあの子が徐々に動かなくなってきた。

 獣医さんは、あと少し・・・。数時間遅かったら助けられなかった。”ありがとう”と言ってくれた。
 あの子は、私が引き取ろうとした。
 でも、私の家はペット禁止。迷っていると、貴方が自分は、自宅で一軒家だから大丈夫だと・・・。それだけしか教えてくれなかった。

 月夜に遭遇した。貴方とあの子。
 貴方は、月夜が終わりを告げるまで一緒にあの子を見ていてくれた。
 始発が動き出す時間になってから、私を三島まで送ってくれた。

 元気になったあの子の写真を送ってくれた。
 ぶっきらぼうで、写真だけのメールが、何か貴方らしいと思えた。

 こっそりと、獣医さんに連絡をして、治療費を払おうとしたら、貴方が既に支払っていると教えられた。
 そして、よくある事だから気にしなくていいと・・・。貴方は・・・。本当に勝手な人。獣医さんに聞いたから私は知っていたのよ?
 あの子は長くないと・・・。でも、貴方がそれでも引き取ったと・・・。

 でも、あの子は17年も生きた。
 人間で言えば、84歳よ?もしかしたら、88歳くらい?

 ありがとう。
 あの子には、何度も、何度も、何度も、伝えてきた。

 でも、今日は貴方に伝える。

「ありがとう」

「どうした?」

「ううん。何でもない。あの子にお別れを言っていたの」

「そうか・・・。このあと、アイツの所に行くけど、いいか?」

「もちろん。あの子を救ってくれた先生よね。お礼が言いたい」

「お礼は必要ない。そもそも、伝えられない」

「え?」

「あいつは、先週。死んだ」

「え?うそ?」

「本当だ。もしかしたら・・・」

「何?」

「なんでもない。もういいのか?」

「・・・。うん」

「いくぞ。勝手に死んだ奴の墓参りだ」

 本当に勝手な人・・・。こんな月が出ている時に墓参り?

 私とあの子と貴方。先生に会いに行くのには、月夜が合っているのかもしれない。
 あの日も、綺麗な月夜だった。

 月夜にあの子と遭遇して、貴方に助けられて・・・。
 私は幸せです。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...