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第二章 帰還勇者の事情
第三十三話 契約
しおりを挟むエアリスの周りを覆っていたスキルが解かれる。
そこには、自分の手足を触って、自分の顔を、自分の手で触って、耳の形を確認して、触った手を自分の目で見つめる。大きな目が印象的な少女が立っていた。
自分の目で見て、自分の手で確認して、立っていることを確認して、自分を見つめている視線に気が付いた少女は、足を進めようとした。
しかし、何年も自分の足で立ち上がっていなかった少女は、立っていることが奇跡のような状態だ。歩くのは難しい。
しかし、少女は自分を見つめて、目を見開いて、流れ出る涙を拭わずに、自分だけを見て居る者の側に一歩でも歩く必要があると考えていた。
見守っている者たちは、誰も力を貸そうとはしない。力を貸すのが間違っていると思っているかのように動かない。
唯一、動いたリーダ格の男は、隣の部屋と繋がる扉を開けて、涙を流している男性を招き入れただけだ。
二人は、通常ならば1-2秒で抱き合うことができる。
しかし、二人は1-2秒の距離を、ゆっくりとした歩みで進む少女に合わせて、時間をかけて縮めていく。男性は走り出したい衝動を抑え込んでいる。少女がバランスを崩すと、その場から走り出しそうになるのを必死に堪えている。
なぜ、走り出さないのか?なぜ、少女を助けないのか?
二人にしか解らない。
二人は、たっぷりと時間をかけて距離を縮めた。
『お嬢様』
『ミケール。ありがとう。自分の足で・・・』
『はい。見て居ました。ご立派です』
ミケールは、少女を抱きしめた。
エアリスは、ミケールに抱きしめられて、緊張の糸が切れたかのように眠ってしまった。
『ユウキ様。それに、皆さま。本当に、本当に、ありがとうございます』
「いえ、私たちは、契約に従い、依頼通りに、仕事を行っただけです」
『わかっています。しかし、お礼は受け取っていただきたい』
「わかりました」
ユウキたちは、ミケールに向かって一礼する。
『ユウキ様。今後のお話をしたいので、お時間を頂きたい』
「わかりました。姫様は、このままミケール殿がお連れください。部屋は・・・」
「私、ロレッタが案内いたしまし」
『わかりました。ロレッタ様。お願いいたします。ユウキ様。後ほど、お伺いいたします』
「わかりました。時間は気にしなくて大丈夫です」
『ありがとうございます』
ミケールは、エアリスを抱きかかえるようにして、部屋から出ていく。
「ユウキ?」
側に居たレイヤがユウキに話しかける。
「やっとだな」
ユウキの言葉で皆が頷く。
この場に居ないロレッタも、皆と同じ気持ちだ。
「誰から始める?」
レイヤの問いかけは、短い物だが、待ち望んでいた。誰もが知りたい内容でもある。
「まずは、情報が出そろっている。モデスタ。イスベル」
名前を呼ばれた二人は、自分たちが最初だろうとは思っていた。
準備もすでに終わらせている。
「呼ぶのか?」
「そうだな。パウリとイターラは、呼んでおいた方がいいと思う。あとは、マイにだけは話を通しておく」
「そっちは、ユウキに任せる。俺たちは、準備・・・。と、言っても、これからの交渉次第だな」
「そうだな。最悪は、力技だけど、それは避けたい」
「わかっている」
モデスタとイスベルが狙っているのは、自分たちが居なくなってから、自分たちが育った施設を潰した新興宗教だ。教祖と幹部たちを、法の裁きを受けさせようと考えている。自分たちでは、法律面が弱い。そのために、今回の仕事を受けたのだ。国際的な法律事案に詳しい者の助言が欲しかった。それも、自分たちを裏切る可能性が低い者だ。
皆が、自分の部屋に戻るのを見送ってから、ユウキとレイヤは、会談を行う部屋に向かう。
「ヒナ?」
「レイヤよりも、私の方が適任でしょ?それに・・・」
ヒナは、屋敷の周りに誰か来ていると二人に伝える。
「お客様か・・・。レイヤ。リチャードとマリウスで、対応を頼む」
「わかった。捕える必要は?」
「相手の武装を見てから判断してくれ、非合法な組織・・・。以外が来るとは思えないけど、使えそうなら捕えてくれ」
「わかった」
レイヤが手を降って部屋から出ていく。ヒナが、ユウキの側にやってくる。
「ユウキ。何か飲む?」
「コーヒーを頼む」
「インスタントしかないけど?」
「いいよ。なんでも・・・」
「もう・・・。ユウキは・・・」
「ヒナ!」
「ごめん。でも、言わせて、私もマイも・・・。他の皆も、それこそ、セシリアもアメリアも、ユウキの事を・・・」
「解っている。でも、俺は」
「それも解っている。解っているから・・・。でも・・・。いえ、だから、ユウキ。私たちが、ユウキの心配をさせて・・・。あの子から託されたユウキを」
「わかった。ありがとう。でも、本当に、無理をしているわけでも、無茶をしようとしているわけではない。やっと糸口が見えてきた。嬉しくて、悔しくて、哀しくて・・・。ごちゃごちゃしているだけだ」
ドアがノックされる。
エアリスを部屋に連れて行ったミケールが訪ねてきた。
『ユウキ様』
「入ってくれ。ヒナ。ミケール殿に飲み物を頼む」
ヒナが扉を開ける。そのまま、部屋を出ていく、飲み物を取りに行くようだ。
開いた扉からミケールが入ってくる。扉を閉めて、ユウキが座っているソファーに移動して、ユウキの前に腰を降ろす。
『ユウキ様。ありがとうございます』
「すでに、お礼は頂いている」
『いえ、これは、お嬢様を止めていただいたことへのお礼です。あの時に、お嬢様が見ることを止めてしまったら、お嬢様はきっと後悔されたでしょう。だから、ユウキ様にお礼を申し上げたいのです』
「わかりました。今回の件は、ミケール殿への貸しにしておきます」
『ハハハ。高くつきそうですが、解りました』
ヒナがコーヒーを淹れて戻ってきた。インスタントではなく、ドリップコーヒーだが、ユウキには味の違いは解らない。
ユウキとミケールの前に飲み物を置いてから、ユウキの後ろにある椅子に腰を降ろした。従者ではないが、話には加わらないという意思表示だ。この辺りの機微は、レナートで学んだので、地球の国で行われるマナーと違っているかもしれないと思ってはいるが、解らないので、レナート式で対応することに決めている。
『ユウキ様。先ほど、旦那様に、お嬢様の状態の報告を行いました』
「はい」
『詳細なお話は後日といたしましたが、状況だけはお伝えしました』
「それで?」
『ユウキ様からのご提案を受け入れると・・・』
「それは嬉しい。それで条件は?」
『お嬢様の滞在の延長。できましたら、日本への留学を希望されています』
「学校?」
『はい。お嬢様は、ジュニアハイスクールから学校に通っていません。学力は大丈夫なのですが、同世代との思い出がありません』
「それなら、国に帰られて・・・。あぁそうか・・・」
『はい。我が国は、まだ問題を抱えております。解決には、数年・・・。もしかしたら、それ以上の時間が必要になります』
「わかりました。留学では、私たちでは何をしたらいいのか解らないので・・・」
『大丈夫です。そのために、国から、国際的な法律に詳しい者が数名、チームとして来日します。お嬢様は、日本の学校に留学するために、彼らに付いてきて入国します』
「わかりました。高校からですか?」
『はい。日本語の勉強を含めて、留学の準備を行います』
「そうですか、国から出たという言い訳が必要なら、なんとかなると思います」
『また借りを作るのは返すのが大変になりそうですが、よろしくお願いします』
「わかりました」
『後ほど、契約書を作成いたします』
「お願いします。あっ。お嬢様の留学を予定している学校は?」
『そうですね。どこがいいのか、お嬢様と話し合ってみます』
「わかりました。日本の高校は、15歳からなので、あと1年と数か月あります。よほどの事がなければ、留学は受け入れられるでしょう」
『はい。承知しております。ユウキ様。正式な契約は、書類が出来上がってきてからですが、仮契約として、握手をして頂けますか?』
「もちろんです。ミケール殿。今後も、よろしくお願いいたします」
ミケールは、黙ってユウキの差し出した手を握った。
ユウキからのミケール経由で出された提案は、小国のトップに位置する者を動かすには十分な内容だった。情だけではなく、実でもユウキは提供できる代物を用意していた。そして、ミケールはユウキたちが空手形ではなく、実際に提案されている内容を実行できるだけの戦力であると確信している。
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