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第二章 帰還勇者の事情
第三十九話
しおりを挟むユウキとリチャードは、マイとロレッタと合流してから、移動を開始した。
「リチャード」
作戦の実行が近づいてきているのを感じて、リチャードから殺気が漏れ出す。
周りに人は居ないが、誰かに気が付かれては、これから何かがあると思われてしまう。
ユウキは、リチャードの名前を呼びながら、肩を軽く叩く。
ユウキにも、リチャードの気持ちは理解ができる。ユウキ自身も、目的を前にして、普段と同じで居られるとは考えていない。そのために、準備期間だけではなく、ターゲットの順番を考えているのだ。
「すまん」
リチャードは、ユウキを見て、自分の状況を把握する。
気が急いている。これでは、会った瞬間に殺してしまう。リチャードは、心配そうに見ているロレッタを見てから、ユウキとマイを見る。本当なら、ここに居るべき一人の少女を思い出して、ゆっくりと息を吐き出す。
「気にするな」
殺気が収まったことを認識して、ユウキは手を肩から離した。
ユウキたちが用意した罠は、それほど難しい物ではない。
罠だと解っていても、罠に飛び込まなければならないだけだ。そして、その罠が、成功しようが、失敗しようが、ユウキたちには、どうでもいいことだ。
「リチャード。それで、奴らは?」
「連絡をした。3日後に、”取引をしたい”と言ってきた」
リチャードは、ロレッタとマイに、やり取りを行ったスマホを見せた。やり取りを再生して聞かせた。
「3日後?」
「そうだ」
ユウキは、ロレッタの疑問を肯定した。
「ユウキ。まだ、一日しか経っていないわよね?」
ロレッタは、時計を指さして、ユウキに笑いながら指摘している。
作戦を聞いているので、状況の理解は出来ているが、それでもユウキとリチャードを揶揄っておきたいと考えた。ロレッタも、緊張しているし、自分の気持ちが押さえられるのか不安なのだ。だから、解り切っていることで、ユウキとリチャードを揶揄った。
「ん?あぁ正確には、時差もあるけど、21時間だな」
ユウキは、ロレッタの心情がわかるのだろう。
軽口を叩いて、揶揄いに対応をする。リチャードは、二人のやり取りを見て、大げさに驚いて見せる。
初めてではない、今までも同じような作戦を実行してきている。異世界で、同じように召喚された者たちを殺したこともある。気負いはない。
「ユウキ。マイ。俺たちは、先に行く」
「わかった。ここに来た連中は確保しておく」
「悪いな」
リチャードが差し出した手をユウキが握る。
作戦はいたって簡単だ。
ユウキとマイは、待機していて、待ち合わせ場所に罠を仕掛けに来た連中を確保する。
「あっ!これ!」
マイは思い出したかのように、持っていた袋からカメラを取り出す。
カメラは、森田にお願いして用意してもらった物で、日本に居る時に、マイが受け取っていた。ユウキも、カメラの存在を忘れていた。
「これは?」
カメラが付いた伊達メガネをリチャードが受け取った。
マイは、他にも”スパイカメラ”と呼ばれるような物を森田から受け取っていた。いくつかを取り出して、皆に見せる。
「そうだ。悪い。忘れていた。リチャードでも、ロレッタでも、どちらでもいいけど、これを身に着けておいてくれ」
ユウキは、マイが取り出した物を見て、カメラの存在を思い出した。
そして、リチャードたちが行う作戦には、証拠動画が必要になることも思い出したのだ。
「ん?カメラ?」
「そうだ」
「ん?」
「リチャード。忘れていないか?地球では、スキルを使った状況保存では、証拠にならないぞ?」
リチャードもロレッタも、緊張からなのか、それともこれから行うことへの高揚感なのか、大事なことを忘れていた。
「あっ!そうか、忘れていた」
マイが持っているカメラが仕込まれている物を、いくつか確認して、その中からスマホと連動するタイプを選択した。リチャードだけではなく、ロレッタもカメラを持っていくことに決めたようだ。証拠となる動画は多い方がいいに決まっている。
カメラの操作方法を確認する。
リチャードはボタン型のカメラを選んだ。ロレッタは、アクセサリ型のタイプだ。両方とも、スマホに動画を転送することができる様になっている。ユウキが作ったアイテム袋の中でも、動画が保存されるか確認してから、準備を進める。
「準備はよさそうだな」
ユウキは、リチャードとロレッタの様子を見て、もう大丈夫だろうと判断する。
「あぁ」
「少しだけ早いが行くか?」
実際に、開始時間は決めていない。相手次第ではあるが、リチャードとロレッタが安全に作戦の実行できる頃合いを考えていただけだ。
なんとなく皆が夕方くらいからだと思っていた。スマホで時間を確認すると、現地時間で15時を少しだけ回ったくらいだ。日の入りまで、2時間と少しだ。
「そうだな。ロレッタ。大丈夫か?残ってもいいぞ?」
リチャードは、ロレッタに残るようにいうつもりで居た。
カメラが有れば、一人でも作戦は完遂できる。
「・・・。ダメ。一緒に行くと決めた。リチャード、一人にいい恰好は・・・。ダメ。マイ。お願い」
ロレッタは、リチャードが言いたい事が解っているが、それでも一緒に行くと譲らない。リチャードがロレッタを置いていきたい理由と同じ事を、ロレッタも考えている。
ユウキとマイは、二人のやり取りが通過儀礼のように感じて居る。
「うん」
マイは、ロレッタに頼まれて、スキルを発動する。
トリガー型のスキルで、二人にイベントが発生すると、スキルが発動する。
「行くのか?」
「あぁ。ユウキ。頼む」
「解った」
ユウキは、スキルを発動した。
場所は解っている。ユウキは、リチャードたちと合流する前に、現地を確認している。目視さえ出来てしまえば、移動ができるのがユウキのスキルだ。転移の応用技だが、スキルのレベルが上がっていて、地図アプリで見た場所にでも移動が可能になっている。
これによって、ユウキが一人で移動するのなら、どこにでも移動ができる。誰かと一緒だと、目視した場所にしか移動ができない制限は変わらない。
リチャードとロレッタは、ユウキに連れられて、目的地に到着した・・・。わけではない。
わざと、目的地から1キロ近く離れた場所に移動をして、目的地まで徒歩で移動する。相手に、自分たちが襲ってきた思わせるためだ。子供の浅知恵だと思わせることが目的だが、目的が達成されなくても、構わないと考えている。
「ユウキ」
「送ってきた」
「そう・・・。それで?」
「俺よりも、マイの方が得意だろう?それとも、誰かを呼ぶか?ヒナとレイヤなら喜んで来ると思うぞ?」
「そうね。でも・・・。やめておく・・・。スキルを使う」
「任せた」
マイが、少しだけ詠唱を行う。
普段は、無詠唱で発動するのだが、範囲を広めにすることや、特定の人や物を見つけるのではなく、行動捕捉を行う為に、スキルを強めに発動するためだ。範囲内に居る人物の動きを把握して、待ち合わせ場所に指定した場所付近に近づこうとする者を把握するのだ。
狭い範囲なら、ユウキもできるのだが、数キロに渡る範囲で、対象のなる人物の数が多い場合には、マイの独壇場となる。
スキルを発動してから10分が経過して、マイはスキルを終わらせた。
「ユウキ!」
「見つけたか?」
「うん。全部で10。目的地を取り囲むように、待機している」
「え?まだ、時間じゃないよな?」
「うん。でも」
「マイが見つけたのなら間違いではないだろう。あぁ・・・。そうか、待ち合わせ場所でリチャードたちが先に現れて、罠を仕掛けるのを見張るためだろう」
「え?」
「相手も、罠があると思っているのだろう?ってことだ」
「・・・。そうね。どうする?」
「ん?やることは変わらない。捕縛するだけだ」
「わかった。それじゃ、さっさと捕縛して、リチャードたちに合流しましょう」
ユウキとマイは、ゆっくりとした歩調で待ち合わせ指定した場所に向かって歩き出した。
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