帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~

北きつね

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第三章 復讐の前に

第二十九話 前田果歩

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 起き上がろうとして失敗した前田果歩(推定17歳)は、自分の状況を”ほぼ”正しく把握していた。

 シーツをしっかりと身体に巻き付けて体勢を整える。
 寝たきりの状態が長かったために、体力はもちろんだが筋力も低下している。

 ポーションである程度の筋力は回復しているが、自分の身体を支えられるほどには回復していない。

 シーツを握るのがやっとの状況なのは自分が解っているのだろう。
 無理はしていない。

 支えられている状態を受け入れている。

「アニキ。ゴメン」

 小さな声だが、前田教諭の耳にはしっかりと届いた。
 声を発していなかった声帯が弱っていたのだろう。前田果歩も自分の声が想像以上に弱弱しかったのに驚いている。

「果歩」

 前田教諭は手を伸ばそうとしたが、自分が思っていた以上に身体が弱っていて、腕を持ち上げるのが辛かった。
 そして、”果歩”と呼んだ声が恐ろしいほどに震えていた。

「お二人。疲れていると思います。事情は解っていらっしゃると思うので・・・。今は、お休みください。私たちは、次の準備に取り掛かります。2時間も寝れば、すっきりすると思います」

 ユウキは、動揺する二人を無視して、スキルを発動する。
 指を鳴らすという古典的なパフォーマンスを付与した。

 音が部屋に吸い込まれていくと同時に、前田教諭と前田果歩は睡眠状態に陥った。

「ユウキ?準備なんてあるの?」

「ないよ」

「ユウキ。私たちは用済み?」

「うーん。あとは、前田先生にポーションを渡して、今後の契約だからな」

「わかった。買い物の続きをしたいのだけど?」

「市内でいいのか?」

「うん」

「ヒナ。悪い。もう少しだけ付き合ってくれ」

「いいわよ」

 ユウキは、3人を市内に送り届けてから、前田教諭の家に戻ってきた。
 時間は、十分にあると解っているので、起きた二人が食べられる物を買ってきた。

 前田果歩は、起きたばかりだ。
 胃腸のダメージはポーションが回復してくれている。二人の記憶から、ワサビ漬けを家族で食べている内容が見て取れたことから、ユウキは市内でワサビ漬けを購入した。あとは、二人が食べていたお惣菜を何種類か購入して戻った。

 ポーションを4本用意している。
 二人の両親は、身体を壊している。

 起きてこない果歩の治療費を稼ぐために無理をして身体を壊してしまっている。
 前田果歩が起きなかった理由の一つだ。
 その為に、ユウキは両親の怪我と壊れている身体を調整して、初めて”治療”の終了が宣言できると考えていた。

 たっぷりと時間を潰してから、ユウキは前田教諭たちが寝ている部屋に戻った。

 スキルで寝かしつけたので、起こすのもスキルを使ったほうが安全だ。

 ユウキは、今度は過剰な演出は付与しないで、スキルを発動する。

 先に、起こすのは前田教諭だ。

「先生。どうですか?」

「新城・・・。果歩は!」

「隣の部屋で寝ています」

「そうか・・・。新城。ありがとう」

「取引です。お礼を言われるような事ではありません。それに、頑張ったのは先生と果歩さんです。俺たちは手助けをしただけです」

「それでも、果歩が起きたのは、お前たちが手助けをしてくれたからだ。俺が感謝しているのは事実だ」

「わかりました。先生の気持ちは受け取ります」

「ありがとう」

「果歩さんの所に行きますか?体力も多少は戻っていると思います。ご自分で着替えができる位にはなっていると思います」

 ユウキは、スキルを発動した。
 今度は、指を鳴らすパフォーマンスを付与している。

「果歩!」

「あにき?」

「起きたか?」

「うん。頭がすっきりしている」

 記憶は封印していない。
 でも、記憶の上書きが成功している。辛い記憶を乗り越えた記憶になっている。

 前田教諭が、果歩に着替えるように伝える。
 もう服を着ていると言ってきたので、リビングで話をすることに決めた。

「新城。改めて、果歩だ」

「初めまして、果歩さん。貴女の後輩です。あっ科は違うので、正確には学年が下なだけです」

「そうですか・・・。それで、アニキ。状況はわかるけど、解らないことだらけだ」

---

 前田教諭が、果歩さんに、状況の説明を始めた。
 最初に、俺の事を紹介してから、困った表情をしたので、俺の事情を簡単に説明した。

 果歩さんは、寝ていたので、俺たちが異世界帰りだと聞いて驚いたが、スキルを使って見せれば、興奮してくれた。いろいろ質問はあるだろうけど、今後の付き合いのなかで教えるというと引いてくれた。
 自分に行われた事が、常識の範疇に収まっていない事は解っているのだろう。

 スキルの説明を”魔法”だと考えればいいと思ってくれたようだ。

 すんなりと、俺の事情を飲み込んでくれた。
 先生が、果歩さんが倒れた辺りからの説明を始める。

 最初は、ごまかそうとしていた先生も、果歩さんからの強い強い要望で、正確に伝えることにしたようだ。

 スキルを使われている時の説明は必要がなかった。
 自分たちが経験した事は解っているようだ。

 追体験や前田教諭と果歩さんの行動は、俺が聞く必要がない情報だ。
 二人だけ、ご両親が戻ってきてから、4人で話し合えばいい。

「アニキ。就職はダメだよな?」

「あぁ」

 前田教諭が辛そうな表情をするが、これはしょうがないだろう。

「果歩さん。就職ですが、大学に行きながら、働くことができる職場の紹介ができますか?一度、責任者(のような人)に会ってみますか?」

「え?どんな所?嬉しい話だけど、私・・・」

「大丈夫です。その人の所は、いろいろ手広く事業を行っていて、人が足りないと言っています」

「へぇこの辺りの人?」

「そうですね。出身は、もう少しだけ西になるようですが、東京や大阪や名古屋にも・・・。あぁもちろん静岡にも働き口はあります。ご本人は、伊豆で隠居生活を送っています。俺たちの後援者的な立場の人です。馬込先生という方で、ご存じないかと思いますが」

「馬込・・・。馬込?馬込グループ?リゾート開発やホテル業だけでなく、飲食や映画やアニメにも・・・。あの馬込グループ?」

「どの馬込グループなのか解りませんが、多分、果歩さんが言っているのが、馬込先生の会社です。ご本人は、有限会社を一つだけの小さな会社だと言っています」

「アニキ。私は揶揄っているのか?」

「いや。新城が言っているのは本気だ。俺も、今の学校を辞めて・・・。実際には、首になる前に逃げるのだけど・・・。連れていかれた場所で、馬込グループの総帥と面談するとは思っていなかった。そのあとで、総帥の一言で、就職が決まった。馬込グループの学校に就職する。給料は今の2倍だぞ・・・。笑っちゃうだろう?」

「え?本当?新城君。貴方は何者?なんで、馬込グループの総帥に会えるの?なんで?」

「なんでと言われても・・・。まぁそれは、おいおいって事で・・・」

「わかった。恐れ多い気がするが、せっかくなので、お会いしたい。です」

「わかりました。後日・・・。果歩さんの予定をお聞きして、馬込先生にお伝えします」

「え?ちょっと待って、新城君。馬込総帥の都合のいい日に合わせるから、是非、そうさせて!私の為だと思うのなら、馬込総帥のご予定をずらさないで・・・」

「はぁわかりました。殆ど、拠点近くで釣りをして、子供たちに勉強を教えているだけなので大丈夫だとは思いますよ?時々、近所の人たちに頼まれて、整体をやったりしているだけですから・・・」

「アニキ。大丈夫なのか?」

「大丈夫だ・・・。と、思う。実際に、俺も総帥に会ったあとで、首がずれていると言われて、整体を受けた」

「え?それは、整体師だよな?」

「いや、総帥だ」

「アニキ?」

「果歩。断れるか?総帥が、言い出した事だぞ?俺には無理だ」

「え?嫌なら断ってくれて大丈夫ですよ?馬込先生は、そんな事では機嫌を損ねたりしませんよ?」

 二人に盛大に”おかしい”と言われた。

 果歩さんの就職も大丈夫だと思う。
 ダメでも、拠点関係の仕事なら用意ができる。

 本題に入るまでが長かったが、状況の把握ができて、将来への希望にも光が差し込んできた。

 これで、やっと・・・。
 また、一歩・・・。
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