7 / 222
【第1部】1.出逢い
6
しおりを挟む
二人が会計をするのを、また聡子が請け負うことになった。
(やっと帰ってくれる)
「お会計は──円でございます。──円お預かり致します」
聡子は淡々と会計を終わらせた。
無でやるんだ無でやるんだ、としきりに言い聞かせる。
「連れが申し訳ないことしたな」
茶髪が申し訳なさそうに言う。聡子には、ほんの少しだけ、にしか見えなかったのだが。
「いえ……確かに、お連れ様は非常識を超越したマナー皆無の方でしたが、お客様がおっしゃったように、あくまでも『お客様』であったことには変わりありませんので」
できる限りの皮肉を込めて言った。
「そうかそうか。悪かったな」
茶髪は苦笑しながら言う。
「こんなおっかねえ店員さん、はじめてだわ」
「そうですか、それは大変失礼いたしました。ですが誰にでも『おっかない』わけではありません」
怒りがふつふつと沸いてくる。
「あははは」
何がおかしい、と笑う茶髪男に顔が引きつってしまう。
ごちそうさん、と二人はやっと店を出て行ってくれた。
もう二度とお越しくださいませんよう、と言いたかったのをぐっと堪えた。
副店長・吉田も出てきて、ヤクザに頭を下げていた。
金髪男のほうは、聡子にわざわざ顔を近づけて睨んで去っていった。
「……キッ、モッ」
やっと帰った、と聡子はぼそりと呟いた。ドアの向こうに消えたのを見届けた従業員一同がほっとしているのがわかった。
「あっ!」
聡子はポケットの中身を思い出し、ドアを開け、茶髪男を追いかけた。
「あの!」
「あ?」
茶髪男と金髪男が振り向く。金髪のほうが肩をいからせて聡子に近づいてきたが、茶髪がそれを制した。
「あの、ハンカチをお返ししていません」
「あー、安モンだし、捨ててくれていいよ」
「捨てろって言われても……」
困るんですけど、と聡子はそのハンカチを差し出した。結局使っていないのだし、返しても問題ないだろうと思ったのだ。
「詫びにもなんなくて悪いな」
じゃあな、と二人は夜の街に消えていった。
ハンカチを持ったまま、聡子は困惑するしかなかった。
「だって、これ高そうなハンカチ……もったいないし……」
高級ブランドには詳しくはないが、百貨店の一階で売っていそうな横文字ブランドのハンカチだ。もしかしたら誰かからのプレゼントかもしれないし、恨まれても困る。
(めんどくさいな……もう)
またポケットに押し込んで、踵を返した。
結局、聡子はハンカチを捨てずに持っていた。
また店に来ることがあったら返そう、そう思ったのだ。しかし、ヤクザが店に来ることはないと思われた。寧ろ来てほしくない。頭がそこまで悪くないなら「反社会勢力の方の入店をお断りしております」の意味を理解してもう来ないだろう。
「やっぱ捨てるしかないか」
せっかくだし雑巾にしてやろうかしら、でも雑巾にしては薄すぎよね、巾着袋にしてやろうか、などと考えていた聡子は、鞄に閉まって忘れてしまうのだった。
(やっと帰ってくれる)
「お会計は──円でございます。──円お預かり致します」
聡子は淡々と会計を終わらせた。
無でやるんだ無でやるんだ、としきりに言い聞かせる。
「連れが申し訳ないことしたな」
茶髪が申し訳なさそうに言う。聡子には、ほんの少しだけ、にしか見えなかったのだが。
「いえ……確かに、お連れ様は非常識を超越したマナー皆無の方でしたが、お客様がおっしゃったように、あくまでも『お客様』であったことには変わりありませんので」
できる限りの皮肉を込めて言った。
「そうかそうか。悪かったな」
茶髪は苦笑しながら言う。
「こんなおっかねえ店員さん、はじめてだわ」
「そうですか、それは大変失礼いたしました。ですが誰にでも『おっかない』わけではありません」
怒りがふつふつと沸いてくる。
「あははは」
何がおかしい、と笑う茶髪男に顔が引きつってしまう。
ごちそうさん、と二人はやっと店を出て行ってくれた。
もう二度とお越しくださいませんよう、と言いたかったのをぐっと堪えた。
副店長・吉田も出てきて、ヤクザに頭を下げていた。
金髪男のほうは、聡子にわざわざ顔を近づけて睨んで去っていった。
「……キッ、モッ」
やっと帰った、と聡子はぼそりと呟いた。ドアの向こうに消えたのを見届けた従業員一同がほっとしているのがわかった。
「あっ!」
聡子はポケットの中身を思い出し、ドアを開け、茶髪男を追いかけた。
「あの!」
「あ?」
茶髪男と金髪男が振り向く。金髪のほうが肩をいからせて聡子に近づいてきたが、茶髪がそれを制した。
「あの、ハンカチをお返ししていません」
「あー、安モンだし、捨ててくれていいよ」
「捨てろって言われても……」
困るんですけど、と聡子はそのハンカチを差し出した。結局使っていないのだし、返しても問題ないだろうと思ったのだ。
「詫びにもなんなくて悪いな」
じゃあな、と二人は夜の街に消えていった。
ハンカチを持ったまま、聡子は困惑するしかなかった。
「だって、これ高そうなハンカチ……もったいないし……」
高級ブランドには詳しくはないが、百貨店の一階で売っていそうな横文字ブランドのハンカチだ。もしかしたら誰かからのプレゼントかもしれないし、恨まれても困る。
(めんどくさいな……もう)
またポケットに押し込んで、踵を返した。
結局、聡子はハンカチを捨てずに持っていた。
また店に来ることがあったら返そう、そう思ったのだ。しかし、ヤクザが店に来ることはないと思われた。寧ろ来てほしくない。頭がそこまで悪くないなら「反社会勢力の方の入店をお断りしております」の意味を理解してもう来ないだろう。
「やっぱ捨てるしかないか」
せっかくだし雑巾にしてやろうかしら、でも雑巾にしては薄すぎよね、巾着袋にしてやろうか、などと考えていた聡子は、鞄に閉まって忘れてしまうのだった。
1
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる