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【第1部】11.泥酔
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しおりを挟む海の見える公園に連れて来られ、二人は遊歩道を歩いていた。
「ミヅキちゃん、連絡先の交換とかって……大丈夫?」
「すみません、それはちょっと……ママに許可をもらってからでないと……」
うそっぱちだった。
上客には教えているホステスはいる。しかし犯罪防止ために、できる限り回避するように教えられている。川村は、素性もはっきりしているし、きっと信頼できるが、聡子は気が乗らなかった。
「手、つないでもいいかな」
「すみません……ちょっと……」
「ごめん、そうだね……ミヅキちゃんがいいって思うまで、待つって決めたし」
すみません、と聡子。
「あの、わたしは付き合うとは言っていませんよ」
「…………」
川村はまた悲しそうな表情を向けた。
「なら、また、一緒に出かけてくれるかな」
どうしても「ミヅキ」を諦めきれないようだ。聡子には困惑しかない。
「……何もしないって約束していただけるなら」
「ほんと!? やったあ!」
「そんな大げさです……それに、お仕事の延長でということでお願いできますか」
川村は少し残念そうだったが、それでも子供のように喜んだ。
「また、お店に行くよ」
「ご無理はなさらないで下さい。そんなお安い飲食店ではありませんし」
川村は、聡子を待つと言いながらも積極的に攻めてくるようだった。
「川村さん」
「何かな?」
聡子から質問をするのが初めてだからか、彼は驚いたように見た。
「川村さんは、わたしの何が気に入ったんですか」
「えっと」
「見た目ですか」
「え……う、うん、そうだね、容姿にも惹かれたのは事実。話も上手だし、頭の回転も速いし、俺はミヅキちゃんと話してると癒やされてるし……」
「容姿、っていうのは身体ですか」
聡子の声は冷ややかだ。
川村は少し戸惑った様子だが、否定はしなかった。
「……正直に言うよ。ミヅキちゃんが可愛いと思ったのは、スタイルの良さも含めて全部だよ」
「……そうですか」
聡子は無言になり、柵の前に立ち海をじっと見つめる。その隣で、川村も立ち、ミヅキの横顔を見つめた。
「別にわたしは可愛くもないし、性格もねじ曲がっていますよ。気が強いし、無駄に正義感持って生きてます」
「性格はねじ曲がってるのも、気が強いのも……俺は知らないから、そんなミヅキちゃんをもっと知りたいと思ってる」
「……知りたいんですか」
聡子はまっすぐ前を向いたままだ。
「知りたい」
「幻滅しますよ」
「幻滅するかどうかは俺が決めることだ」
「もっといい人がたくさんいると思いますよ」
「ミヅキちゃんがいい」
聡子の手に自分の手を添えてきた。
「なんでわたしなんですか」
「好きになるのに理由なんてないよ」
(好きになるのに理由なんてない……)
トモを好きになったのも理由なんてない。いつの間にか好きなっていたのだから。
川村も自分に対して、そうなのだろうか。
「……この前の続き、しますか」
「続き?」
自分でも驚くくらい、冷ややかな口調だった。
「セックス」
「えっ!?」
「したいんですよね?」
「……えと……」
「いいですよ」
「本気なの?」
川村はごくりと息を飲み、聡子を見下ろした。
「いいの?」
「はい。したくないですか」
「そりゃ、したいけど……」
彼の表情は困惑の色が浮かんでいる。
「でもこの前、嫌だって……。それにさっきも、もう二度としないって約束したばっかりだよ」
「…………」
聡子は川村の胸に身体を預けた。
「えっ、あのっ、ミヅキちゃん!?」
川村は両手を上げ、どこに持って行けばいいのだろうという所在なさげに動かした。
「人がいるけど」
「恥ずかしいですか」
「あー……うん、ちょっとだけ」
嬉しいけど、と川村は小さく笑った。
ドクドクドク……と鼓動が聞こえてくる。
(ドキドキしてるの? わたしは全然なのに)
結局彼は抱きしめ返すことはせず、そっと引き離し、手を繋いできた。
二人は車に戻り、聡子は助手席に乗り込んだ。シートベルトを締めようとすると、その手を川村は掴んだ。
動きを止めた聡子の顔に近づき、唇に触れようとした。
「場所、変えよう?」
「……はい」
顔を背け、手を払ってシートベルトを締める。
「川村さん。セックスしたら、もうお店に来るのはやめてください。もう二度と会わないということなら、あなたとします」
「えっ、嫌だよ」
間髪を容れずに彼は拒否した。
「だったらしない。俺はミヅキちゃんが好きだから、つきあいたいし、したいんだよ。もう会わないって、おかしいよ。だったらしない」
「……そうですか」
「ミヅキちゃんに好きになってもらいたいから」
支離滅裂だよ、と川村は呟いた。
「俺が前に無理矢理しようとしたことに腹を立てて、こんなふうなこと言ってるのかもしれないけど」
「違います」
「だったらどうして。俺を苛立たせたら諦めると思ってる? 俺の本気が伝わらない?」
「…………」
「結婚を前提につきあってほしいんだ。真剣に言ってるよ」
川村の声が大きくなった。
「今は忘れられない人がいるだろうけど」
「わたしの何がいいんですか」
「全部だよ」
「知らないことばかりじゃないですか」
「そうだよ、だからこれから知っていきたいんだよ」
「もっと他にいるじゃないですか。なんでわたしなんですか」
「なんでって……言ったと思うけど、好きになるのに理由なんてないんだよ。好きになってたんだからどうしようもないんだよ」
ミヅキちゃんがいいんだからどうしようもないだろ……、と川村は呟いた。
「水商売の女とつきあったりしたら、川村さんが悪く言われるんですよ。何れ会社を背負って立つ方なんですから」
「言いたいやつには言わせればいいし。どうでもいい」
川村は本当に本気なのだ、というのが伝わってきた。そのうち諦めると思っていたが、真剣度が聡子の思っている以上に高かったようだ。
「俺が言われるのはどうでもいい。仕事で成果を上げればいい。俺は成果を上げて、誰にも文句を言わせたりしない。もしミヅキちゃんが何か嫌な目に遭わされるようなことがあれば、俺がミヅキちゃん守る」
川村は仕事に対しても真摯なのだろう。
「……わかりました」
「えっ」
「川村さんのお気持ちはよくわかりました。諦めてくれるだろうと、わたしが軽く捉えすぎていたみたいです」
「じゃ、じゃあ……」
「考えるお時間をいただけますか」
「うん、もちろん!」
気を良くしたらしい川村は、先程の表情とは一転、嬉々とした顔つきに変わっていた。
(この人は真面目だ……育ちもいい……わたしなんか釣り合わない。なんでわたしなんだろう)
「じゃあ、駅まで送るね」
川村が促した。
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