大人の恋愛の始め方

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【第2部】21.嵐の前

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 食事を済ませ、会計をしようと聡子がやってきた。
「お会計をお願いします。伝票が見つからなかったのですが」
 沢村が会計に立ち、
「今日は招待しているので、お会計はお気になさらず」
 と伝えてくれた。
「そんな。ごちそうになるわけにはいきません」
 沢村と聡子が押し問答していた。
 沢村の近くにいたトモは一歩前に出ると、
「いいから」
 と窘めた。
「先日のお詫びだとトモがお伝えしたかと」
「そうなんですけど……」
 彼女は口ごもった。
「気になるなら俺が会計しておく」
「でも……」
「オーナーと俺に恥かかすな、華持たせろ」
 ハッとしたように聡子は、財布をしまった。
「……わかりました。では、今日はありがたくごちそうになりますね」
 聡子は申し訳なさそうだが、嬉しそうに笑った。
「大変ごちそうになりました」
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしておりますよ」
 バイト男子たちも出てきた。
 聡子はトモに視線を送って、そのまま見送られて帰って行った。
「トモさんの彼女、めちゃ熱い視線送ってましたね」
「ラブラブですねー」
 予想外の聡子の美人度に、ざわついたのだった。


 いつもようのに、帰りに聡子の部屋に寄った。
 会うなり、聡子はまた丁重に礼を伝えてきた。
「いいよ、聡子が喜んでくれたなら」
 トモは自覚はないが「ツンデレ」というらしい。沢村やバイト男子たちに言われたのだ。
「トモさん絶対ツンデレですよ」
「確かにトモはツンデレだな」
 人の前では笑わないが、聡子の前だと甘く笑う。今日、聡子の前でにやけてしまったのを見られてしまったのかもしれない。
「智幸さんが働いている所も見られたし、今日は大満足です」
「そうか。ならよかった」
「ほかの店員さんに何か言われてたみたいですけど、大丈夫でしたか? 嫌味とか言われてないですか」
 なぜそうなる、と思ったがトモは首を振った。
「ねえよ」
 聡子はトモを見上げ、不安そうな顔をしている。
「みんな羨ましがってたよ」
「羨まし……がって? なぜですか?」
「ああ。おまえのこと可愛いって。可愛い彼女で羨ましいって」
「えええ……」
「俺の自慢の彼女だしな、羨ましがればいい」
 聡子を抱き締めた。聡子もぎゅうっと抱きしめ返してくる。
「可愛いなんて、智幸さんが言ってくれるだけで充分ですから」
 聡子はそういう女だった。
 本心なのか謙虚なだけなのか、と思ったが、そのどちらもだというのは今ではよくわかる。
「さあ、上がってくださいね」
 聡子に促され、部屋に上がった。
「邪魔するよ」
 トモはいつもの位置に座った。
 聡子が褒められるのが嬉しくてたまらない。
 昔の自分なら考えられないことだった。
「わたしが可愛いって言われて、智幸さんは嬉しいんです?」
「まあな」
「……そうなんですね」
 ふふっ、と聡子は笑う。
「そりゃ、自分が自慢しなくても勝手に褒めてくるんだ。まあ、当然だけどな」
「そんなことないと思いますけどね。でも、悪い気はしないですね」
 お茶入れますね、といつものように聡子は寛ぐ準備をしてくれた。
「もっとうまいもん食わせてやりてえけどさ」
「ええっ!? 智幸さんのオムライス、すごく美味しかったし、わたしは大好きですよ?」
「そうか? まだまだだけどなあ」
「わたしのオムライスに比べたら全然……。あんなふわとろオムライス、作れないですもん。わたしは、智幸さんの料理を食べられて幸せですよ」
 おまえは恥ずかしいことを平気で言うよな、と聡子の顔を見て照れるトモだった。

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