96 / 222
【第2部】22.絶望
4
しおりを挟む
***
トモは立ち上がり、一緒にいたカズに聡子を任せ、転がっている広田の前に立った。
「テメェ……俺の女に……傷つけやがって……」
広田は下半身を晒したまま、トモに胸ぐらを掴まれ、ふっ飛ばされた。
昔取った杵柄といえるほど良いものではないが、腕っ節を買われた頃もあったトモだ。男一人を飛ばすのは造作もないことだった。
「その汚ねえモンを俺の女の前でよくも出しやがったな。傷つけやがって……許さねえ、殺してやる!」
「まだ挿れてねえよ!」
広田は吐き捨てた。
「まだ挿れてねえ、だと?」
トモは広田の胸ぐらを掴み上げ、顔を何度も殴りつけた。コンクリートの地に叩きつけ、鼻からも口からも、あちこちから血が吹き出してもトモは殴ること蹴ることを止めなかった。広田は晒している股間を蹴られまいとかばっているため、顔面も上半身もほぼ無防備な状態だった。
トモは力いっぱい広田を痛めつけた。これでもか、これでもかと、暴力的に攻撃した。口から血を吐いた。広田は内臓のどこかを損傷したのだろう。
「てんめぇ……何しやがった……! 絶対許さねえ! 殺してやるわ!」
怒りに震えたトモはまだ足りない、と広田の暴行に及んでいる。
「待って……。と……智幸さん……やめてください、その人死んじゃう……」
背後から聡子の声が聞こえた。よろよろと立ち上がろうとして、聡子はカズに抱えられていた。
「こいつには死んでもらうんだよ、おまえを、おまえの身体を傷つけたんだ、殺しても許さねえ。殺されて当然だ!」
トモの咆哮が響き渡る。
「智幸さんが、手を汚しちゃ……ダメです……そんなことしたら……智幸さんが悪くなっちゃいます……。警察に……そんなの嫌だから……お願いします……」
力なく聡子が訴えた。
「おまえがこんな目に遭わされて黙ってられるか! これが許せるか!」
「でも……死なせちゃだめです……お願い……」
聡子は啜り泣いた。
「トモさん、言うとおりです! もうやめましょう……」
カズも聡子の意見に賛同した。
「……ちっ」
二人に言われ、トモは舌打ちをした。
まだ足りないのに、とでもいうように。
トモは転がる広田の脇腹に大きく蹴りを入れた。聡子の側に転がっていたスタンガンを見つけ、広田に投げつけた。
「カハッ…………」
広田は何かを吐き出した。血か胃液かよくわからないが、かなり痛め付けられたようだった。
トモは徐にスマホを取り出すと、広田の下半身を晒した醜態を写真に収めた。
「カズ、おまえも写真撮っといてくれ」
「は……はいっ」
カズは聡子をそっと座らせ、広田の側まで来ると、トモと同じように写真を撮った。
「と、撮りました……!」
「広田、二人のおかげで命拾いしたな」
「……おまえこそ、せっかく殺人犯になれたのに、女に救われるとはな」
トモはもう一発蹴り飛ばした。
「命拾いしたのはおまえのほうだ。彼女の慈悲のおかげだ。感謝しろ。……で、誰の差し金だ」
「…………」
「言わなくてもわかるけどな。どうせリカだろ」
びくり、とした広田にトモは嫌悪感を表した。
「いくらもらったんだ」
「……言うかよ」
「なんだ、マジで金もらったのか。おまえにお似合いの女だな。……とっと消えろ!」
広田がのろのろと立ち上がると、トモはさらにもう一発蹴りを食らわせた。広田は前につんのめり、その拍子に自分の股間を痛めたのか、押さえて蹲った。広田はズボンと下着を慌てて拾ったが、トモはまだそれで解放せず、広田の腕をつかんだ。
「ちょっと待て。おまえのスマホ、出せ」
広田は大人しくスマホを胸ポケットから出した。
トモはそれを奪う。
「割ってほしいか」
「……好きにしろ」
スマホを開き、聡子の写真がないか確認する。カメラロールに何もないことを確認できると、今度は電話帳を開いた。電話帳の一括消去をタップしたのだった。
「おら、消えろ」
スマホを押しつけると、広田を強く押した。
広田は下半身裸のままその場から逃げていった。
広田がいなくなると、トモは聡子に駆け寄り、カズから聡子をそっと受け取った。
「聡子……っ」
「……智、幸さん……」
「大丈夫か、って……大丈夫じゃないよな!?」
「……はは、智、幸さん……」
彼女は力なく笑っているようだが、顔が腫れている。もう見るのも耐えられないくら暴行されている。痣にならないだろうか? と聡子の痛々しい顔を見て思う。
「ごめんな、ほんとにごめんな……」
震える聡子を抱きしめて、トモはしきりに謝った。
「どうして、智幸さんが、謝る、んですか……?」
「どうしてって……」
「わたしのほうこそ、ごめんなさい……」
「なんで謝るんだよ」
彼女の謝罪の理由がわからなかった。
「こんな汚い女になっちゃった……」
絶句した。
そんなことを口にするとは。
「汚くなんか、ねえよ」
「汚いですよ……智幸さんじゃない人に触られたんですよ……」
ショックを受けている。
当然だ。
知らない男に、いきなり汚いものを見せられ、それで、陵辱されているのだ。
「……おまえは悪くないよ」
「……っ」
「助けてやれなくてごめんな」
「ううん、ううん」
聡子は首を振り、トモにすがった。
ごうごうと泣きじゃくった。
がたがたと震える聡子をトモはしっかりと抱きしめ、背中を撫でる。
「顔もこんなに怪我させられて……可愛い顔が台無しじゃねえかよ」
「そんなこと言うの、智幸さんだけですよ……」
「バカ、んなわけねえだろ。おまえは可愛いんだよ。目は? 見えるか? 殴られたんだな? 頬も切れてる……口も切れてるな……。頭もか? 傷が残ったらどうすんだよ」
「わかんないです……」
「まあ俺が責任取るけどよ……」
「ほんと……ですか……?」
「ああ、本当だ。だから自分を責めるのはやめろ」
聡子の顔を見つめ、そっと頬を撫でる。
「じゃあ、智幸さんの、こめかみの傷、わたしのせいだから、わたしが責任、取りますね」
「馬鹿! 今はそんなことどうでもいい!」
トモは強く彼女を抱き締め、泣きやむまで優しく背中を抱いた。
彼女の震えが収まるまでに時間を要した。
ふと、外から悲鳴が聞こえた。
「トモさん、さっきの人、あのまま外に出てったみたいで、通行人に通報されてるかもしれません」
「え?」
広田はおそらく、下半身を晒したまま外に出て行き、通行人が悲鳴をあげたのだろう。顔も身体も血塗れで、露出狂でしかない状態なのだ、変質者の扱いを受けているに違いない。
「俺たちも早くここを出ましょう」
「ああ」
(強姦……? 未遂、になるのか? 性的暴行、だよな……? 強制性交等罪か? 未遂だったとしても、それでも聡子には相当なダメージがある……)
一瞬でいろいろなことを考えた。
「警察……行くか?」
その言葉に、聡子はぶんぶんと首を振る。
「……今すぐじゃなくても、落ち着いてからでもいい。誰の差し金かはわかってる。あいつと……黒幕はあいつの女だ。裁きを受けさせねえとな。本当は俺が殺してやりたかったけど」
聡子はさらに首をぶんぶんと振る。
「わかってる。罪は犯さねえよ。おまえが大事だからな」
「トモさん、行きましょう、早く」
「わかった」
カズに促され、トモは聡子を負ぶった。
その頃、広田は下半身をさらしたまま表の通りに出て、通報されて現行犯逮捕されたことは、大方カズが予測した通りだった。
しかし、そのことがトモにも影響するなど、その時の三人にはわからなかった。
トモは立ち上がり、一緒にいたカズに聡子を任せ、転がっている広田の前に立った。
「テメェ……俺の女に……傷つけやがって……」
広田は下半身を晒したまま、トモに胸ぐらを掴まれ、ふっ飛ばされた。
昔取った杵柄といえるほど良いものではないが、腕っ節を買われた頃もあったトモだ。男一人を飛ばすのは造作もないことだった。
「その汚ねえモンを俺の女の前でよくも出しやがったな。傷つけやがって……許さねえ、殺してやる!」
「まだ挿れてねえよ!」
広田は吐き捨てた。
「まだ挿れてねえ、だと?」
トモは広田の胸ぐらを掴み上げ、顔を何度も殴りつけた。コンクリートの地に叩きつけ、鼻からも口からも、あちこちから血が吹き出してもトモは殴ること蹴ることを止めなかった。広田は晒している股間を蹴られまいとかばっているため、顔面も上半身もほぼ無防備な状態だった。
トモは力いっぱい広田を痛めつけた。これでもか、これでもかと、暴力的に攻撃した。口から血を吐いた。広田は内臓のどこかを損傷したのだろう。
「てんめぇ……何しやがった……! 絶対許さねえ! 殺してやるわ!」
怒りに震えたトモはまだ足りない、と広田の暴行に及んでいる。
「待って……。と……智幸さん……やめてください、その人死んじゃう……」
背後から聡子の声が聞こえた。よろよろと立ち上がろうとして、聡子はカズに抱えられていた。
「こいつには死んでもらうんだよ、おまえを、おまえの身体を傷つけたんだ、殺しても許さねえ。殺されて当然だ!」
トモの咆哮が響き渡る。
「智幸さんが、手を汚しちゃ……ダメです……そんなことしたら……智幸さんが悪くなっちゃいます……。警察に……そんなの嫌だから……お願いします……」
力なく聡子が訴えた。
「おまえがこんな目に遭わされて黙ってられるか! これが許せるか!」
「でも……死なせちゃだめです……お願い……」
聡子は啜り泣いた。
「トモさん、言うとおりです! もうやめましょう……」
カズも聡子の意見に賛同した。
「……ちっ」
二人に言われ、トモは舌打ちをした。
まだ足りないのに、とでもいうように。
トモは転がる広田の脇腹に大きく蹴りを入れた。聡子の側に転がっていたスタンガンを見つけ、広田に投げつけた。
「カハッ…………」
広田は何かを吐き出した。血か胃液かよくわからないが、かなり痛め付けられたようだった。
トモは徐にスマホを取り出すと、広田の下半身を晒した醜態を写真に収めた。
「カズ、おまえも写真撮っといてくれ」
「は……はいっ」
カズは聡子をそっと座らせ、広田の側まで来ると、トモと同じように写真を撮った。
「と、撮りました……!」
「広田、二人のおかげで命拾いしたな」
「……おまえこそ、せっかく殺人犯になれたのに、女に救われるとはな」
トモはもう一発蹴り飛ばした。
「命拾いしたのはおまえのほうだ。彼女の慈悲のおかげだ。感謝しろ。……で、誰の差し金だ」
「…………」
「言わなくてもわかるけどな。どうせリカだろ」
びくり、とした広田にトモは嫌悪感を表した。
「いくらもらったんだ」
「……言うかよ」
「なんだ、マジで金もらったのか。おまえにお似合いの女だな。……とっと消えろ!」
広田がのろのろと立ち上がると、トモはさらにもう一発蹴りを食らわせた。広田は前につんのめり、その拍子に自分の股間を痛めたのか、押さえて蹲った。広田はズボンと下着を慌てて拾ったが、トモはまだそれで解放せず、広田の腕をつかんだ。
「ちょっと待て。おまえのスマホ、出せ」
広田は大人しくスマホを胸ポケットから出した。
トモはそれを奪う。
「割ってほしいか」
「……好きにしろ」
スマホを開き、聡子の写真がないか確認する。カメラロールに何もないことを確認できると、今度は電話帳を開いた。電話帳の一括消去をタップしたのだった。
「おら、消えろ」
スマホを押しつけると、広田を強く押した。
広田は下半身裸のままその場から逃げていった。
広田がいなくなると、トモは聡子に駆け寄り、カズから聡子をそっと受け取った。
「聡子……っ」
「……智、幸さん……」
「大丈夫か、って……大丈夫じゃないよな!?」
「……はは、智、幸さん……」
彼女は力なく笑っているようだが、顔が腫れている。もう見るのも耐えられないくら暴行されている。痣にならないだろうか? と聡子の痛々しい顔を見て思う。
「ごめんな、ほんとにごめんな……」
震える聡子を抱きしめて、トモはしきりに謝った。
「どうして、智幸さんが、謝る、んですか……?」
「どうしてって……」
「わたしのほうこそ、ごめんなさい……」
「なんで謝るんだよ」
彼女の謝罪の理由がわからなかった。
「こんな汚い女になっちゃった……」
絶句した。
そんなことを口にするとは。
「汚くなんか、ねえよ」
「汚いですよ……智幸さんじゃない人に触られたんですよ……」
ショックを受けている。
当然だ。
知らない男に、いきなり汚いものを見せられ、それで、陵辱されているのだ。
「……おまえは悪くないよ」
「……っ」
「助けてやれなくてごめんな」
「ううん、ううん」
聡子は首を振り、トモにすがった。
ごうごうと泣きじゃくった。
がたがたと震える聡子をトモはしっかりと抱きしめ、背中を撫でる。
「顔もこんなに怪我させられて……可愛い顔が台無しじゃねえかよ」
「そんなこと言うの、智幸さんだけですよ……」
「バカ、んなわけねえだろ。おまえは可愛いんだよ。目は? 見えるか? 殴られたんだな? 頬も切れてる……口も切れてるな……。頭もか? 傷が残ったらどうすんだよ」
「わかんないです……」
「まあ俺が責任取るけどよ……」
「ほんと……ですか……?」
「ああ、本当だ。だから自分を責めるのはやめろ」
聡子の顔を見つめ、そっと頬を撫でる。
「じゃあ、智幸さんの、こめかみの傷、わたしのせいだから、わたしが責任、取りますね」
「馬鹿! 今はそんなことどうでもいい!」
トモは強く彼女を抱き締め、泣きやむまで優しく背中を抱いた。
彼女の震えが収まるまでに時間を要した。
ふと、外から悲鳴が聞こえた。
「トモさん、さっきの人、あのまま外に出てったみたいで、通行人に通報されてるかもしれません」
「え?」
広田はおそらく、下半身を晒したまま外に出て行き、通行人が悲鳴をあげたのだろう。顔も身体も血塗れで、露出狂でしかない状態なのだ、変質者の扱いを受けているに違いない。
「俺たちも早くここを出ましょう」
「ああ」
(強姦……? 未遂、になるのか? 性的暴行、だよな……? 強制性交等罪か? 未遂だったとしても、それでも聡子には相当なダメージがある……)
一瞬でいろいろなことを考えた。
「警察……行くか?」
その言葉に、聡子はぶんぶんと首を振る。
「……今すぐじゃなくても、落ち着いてからでもいい。誰の差し金かはわかってる。あいつと……黒幕はあいつの女だ。裁きを受けさせねえとな。本当は俺が殺してやりたかったけど」
聡子はさらに首をぶんぶんと振る。
「わかってる。罪は犯さねえよ。おまえが大事だからな」
「トモさん、行きましょう、早く」
「わかった」
カズに促され、トモは聡子を負ぶった。
その頃、広田は下半身をさらしたまま表の通りに出て、通報されて現行犯逮捕されたことは、大方カズが予測した通りだった。
しかし、そのことがトモにも影響するなど、その時の三人にはわからなかった。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる