大人の恋愛の始め方

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【第2部】26.若

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***

「おっと、そこまでだな」
 トモは聡子の前に立ち塞がった。
 琥珀色の液体が、トモのジャケットの前面に降りかかる。おそらくコーヒーだと思われた。ジャケットがはじいた分は床にぽたりぽたりと落ちていく。
「えっ!?」
 背後で聡子の驚く声が聞こえた。
 身体半分で振り返り、
「大丈夫か?」
 と尋ねる。彼女は、こくりこくりと頷いた。
「怪我はさせられてねえか?」
「大丈夫です」
「ほんとに大丈夫か?」
 聡子の手が震えている。
 きっと無意識だろう。
 強がってはいたが、深層心理では恐怖があったのだろうとトモは思った。広田に襲われたことで何かしら心に傷を負っている。
「大丈夫です、でも、智幸さんが……」
 聡子は自分のことよりトモを心配していた。
「俺は大丈夫だ。コーヒーは温いな。どうせナンパするためにコーヒー一杯で粘ってたんだろうよ」
「えっ」
「前にそういうヤツがいたからな」
 聡子を庇い、男二人を見返した。
「おまえら、ヤクザか」
 トモが一歩踏み出すと、男らは一歩下がった。
(半グレか?)
 のわりには、神崎組、という固有名詞を口にした。
(神崎組とは関係なさそうだな)
「何だよ」
「別に」
「おまえもビビってんのか」
 これ以上踏み込んでこないと思ったのか、金髪はトモを挑発するように言った。
「この店は反社お断りのはずだけどな」
「はあ?」
 いつか聡子が自分たちに言ったことを思い出した。ファミレスで、声高らかに自分と連れに言っていた。
 反社に対して「入店お断り」の札がかかっている店が多い。
 見て見ぬふりをしている者が多いのが事実だが。
「人の女に……」
 そう言いかけたときだ。
「おーっと君たち」
 声のほうを振り向くと、高虎が二人の男の間に立ち、金髪、黒髪、それぞれの肩を抱いている。
「君たち、神崎組の構成員なの?」
「は? だったら何だよ」
「なんだテメェ」
「ふうん、新しい子が入ったなんて聞いてないなあ」
 高虎は二人の顔を見比べながらニヤニヤしている。
「なんだ?」
「なんだこいつ」
「あれ、神崎組なのに俺のことわかんないわけ?」
「え」
「え……」
 眉を八の字にして、高虎は困り顔をしてみせた。
「まあいいや。ちょうど俺、実家に帰るところだったし。君らもどうせ屋敷に帰るんでしょ。だったら一緒に行こう。俺、車回してくるからさ」
「え……」
 男二人は顔を強ばらせ、高虎に目をやる。
「俺のことわかんないかなあ? 元組長の息子なんだけど。まあ俺自身は堅気だけどねー」
 二人の男以外にも、店内にいた客の一部からも悲鳴のような声が聞こえて空気が凍りついた。
 男達は咄嗟に高虎の腕から逃れようとしたが、高虎の力は思いのほか強かった。
「まさか嘘でした、なんてことはないよね? じゃあ行こうかー。あっ、君たちもおいで」
 高虎はトモと聡子にも声をかけた。
 頷いたが、トモははっとした。
「悪い、聡子。床を汚しちまったから、店の人に掃除道具借りて片してもらえないか? 俺は神崎さんについて、行ってくる」
「わかりました」
「ちょっと外野の目が嫌かもしれないけど」
 耳元で小声で言う。
「平気です。ちゃんとお詫びしてから、あとで追いかけます」
「うん、頼む」
 頭を撫でた。
 人前だったが、ついいつものように撫でてしまった。
「あ、智幸さんジャケット脱いでもらえますか。すぐに汚れ落とさないと」
「わかった、頼む。ほんとに悪いな」
 胸ポケットからスマホを出してジャケットを脱ぐと、聡子に手渡した。すぐに高虎についてトモは店を出た。
 あとで聞いた話だが、聡子は店に掃除道具を借りて、床を掃除したという。店員たちは何もしなくていいです、と言ったらしいが聡子はきっちり清掃をしたようだ。ファミレスのバイト時代に清掃を経験しているので、手際よく出来たと話してくれた。
 他の客たちが遠巻きに野次馬根性で見ていたらしいが、特に気にならず、どうでもよかったとも話してくれた。

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