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【第2部】27.決意
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「それっきり帰ってない」
「えっ……本当ですか!?」
聡子は目を丸くさせて驚いた。
「ああ、十五年くらい前だな」
それからどうなったのか、と聡子が言うので、トモはその後のことは簡潔に話した。
「適当に知り合いのツテでふらふらしてたら、神崎組の目に止まったんだよ。神崎組の縄張りで俺がケンカしたりしてたせいで。自分が強いと思ってたけど、本物のヤクザ相手じゃヤバイなと思ってな、ウチで働くなら見逃してやるって言われて……な」
負け犬だ、と乾いた笑いを洩らした。
「…………」
「まあ、舎弟の一人として衣食住保証された場所で暮らしはじめて……。若の目に止まって、いろいろ教えてもらった今に至る。ってとこだ」
「…………」
「以上」
俺の生い立ちはこんな感じの話だ、と聡子の顔を覗き込んだ。
「ある程度は予想はしてましたけど、なんか……言葉にならないです」
「なんでだ?」
「十五年もご家族に会ってないだなんて……」
想像以上でした、と聡子は言った。
「もう、俺のことなんていなかったもんだと思ってるよ」
「そう、なんでしょうか……」
「俺がいたせいで母親は苦労してただろうし、再婚してからは俺さえいなかったら理想の家族だっただろうし。もしかしたらもう一人弟妹が出来てるかもしんねえしな」
淡々と言う自分がいた。
「……十五年経つけど、誰かが俺を探してきたっていうこともないからな」
もしかしたら、と淡い期待を抱いたこともあった。警察の世話になったこともあったが、通常なら身元を確認されて実家に連絡が行くだろう。しかし誰も引き受けに来てくれたことはなかった。
聡子はそういう思いに気付いたのかはわからないが、黙り込んでいる。
「……まあ、俺は一人だから。そういうわけで、聡子が挨拶に行かなきゃいけない相手はいないんだよ」
「…………」
聡子はトモの身体に頭を乗せた。
「嫌な話だったか」
「ううん、全然。訊きたいって言ったのはわたしですから。聞けてよかったです」
彼女の肩をぎゅっと抱き寄せる。
「会いたいなって思ったことはないですか?」
「……ないな」
「そうですか」
「今更どうとも思わないよ。俺は、神崎会長やカズや、沢村オーナーや……ほかの慕ってくれる人たちとか、おまえがいればいい。これは本心だ」
わかりました、と彼女は頷いた。
黙って寄り添ってくる聡子の温もりを感じた。
「冷たい男で悪いな」
「全然ですよ」
「……俺が、女と付き合う気がなかったのも母親の影響があるかもしれない」
聡子が身体を離してトモをチラリと見上げた。
「本当の父親がどんな人だったかは知らないし、戸籍謄本見て、あーやっぱ離婚だったんだな、ってわかったんだけど。俺が勝手に記憶から消してただけで、母親はなんだかんだ恋人がいたみたいだな、そういう記憶がある。影山っていう再婚相手とは、子供が出来たから結婚しただけなんだろうなあ、って今なら思うし。あの人はいい人だと思うから……別にいいけど。母親は朝から晩まで働いてたとは思うけど、外で恋人と会ってることもあっただろうし、俺が寝ている間に男を連れ込んでたこともあったんだ。そういうの見てると、結局は男も女も、相手は一人だけじゃなくもいいんだな、っていう気がしてずっと生きてた」
「…………」
「おまえは違ったけどな」
話聞いてくれてありがとな、とトモは笑った。
聡子の笑顔はぎこちなかったが、聞けてよかったという言葉には嘘はないと思えた。
「こんな生き方してきたから、家族を作るとか考えられなかったし、考えたこともなかった。けどおまえとはずっと一緒がいいなって思うし。ただ……結婚するってのはちょっと、まだよくわかんねえから、今すぐは難しいんだけど」
「わかってますよ。一緒に暮らしてみて考えてみたらいいと思いますよ? 一緒に暮らしてみれば、お互いがもっと見えてくると思いますし、これじゃ一緒に暮らせないなって思うところもあるかもしれませんしね」
あったら嫌だな、とトモは呟いた。
「わたしだってあったら嫌だなって思いますけど、ないこともないと思いますよ。そういうところはお互い、改善とか妥協とか……考えていけばいいかなって」
聡子は大人だなあ、とトモは思った。
(考え方がまともだな。俺より遥かに大人だ)
「どうかされましたか?」
「いや……。聡子の言うとおりだなって思っただけだよ」
彼女の髪を撫でて、笑った。
「ほかに、まだ訊きたいことはあるか?」
「うーん……今日のところは、大丈夫です。ちょくちょく尋ねるかもしれませんけど」
「おう、訊いてくれ」
はい、と彼女は大きく頷いた。
「あの……もし、ご家族に会いたくなったりすることがあったら……教えてくださいね」
「なんでだ?」
「わたしもお会いしたいし」
わかった、とトモは笑った。
「でも、会っていいことがあるとは限らないし、会って、会わなきゃよかったって思うかもしれないし。今の俺は、会いたいとも思わないし、会うつもりもない。それは言っとく」
「はい……」
「それよりさ、住むところも決めたいしな。チラシ、見てみるか」
話題を変えようとトモは思い出したように言う。
「あっ、これですね」
聡子はトモに合わせるように話題の変化について行こうとした。二人は聡子のもらってきた不動産の物件チラシを手にした。
「えっ……本当ですか!?」
聡子は目を丸くさせて驚いた。
「ああ、十五年くらい前だな」
それからどうなったのか、と聡子が言うので、トモはその後のことは簡潔に話した。
「適当に知り合いのツテでふらふらしてたら、神崎組の目に止まったんだよ。神崎組の縄張りで俺がケンカしたりしてたせいで。自分が強いと思ってたけど、本物のヤクザ相手じゃヤバイなと思ってな、ウチで働くなら見逃してやるって言われて……な」
負け犬だ、と乾いた笑いを洩らした。
「…………」
「まあ、舎弟の一人として衣食住保証された場所で暮らしはじめて……。若の目に止まって、いろいろ教えてもらった今に至る。ってとこだ」
「…………」
「以上」
俺の生い立ちはこんな感じの話だ、と聡子の顔を覗き込んだ。
「ある程度は予想はしてましたけど、なんか……言葉にならないです」
「なんでだ?」
「十五年もご家族に会ってないだなんて……」
想像以上でした、と聡子は言った。
「もう、俺のことなんていなかったもんだと思ってるよ」
「そう、なんでしょうか……」
「俺がいたせいで母親は苦労してただろうし、再婚してからは俺さえいなかったら理想の家族だっただろうし。もしかしたらもう一人弟妹が出来てるかもしんねえしな」
淡々と言う自分がいた。
「……十五年経つけど、誰かが俺を探してきたっていうこともないからな」
もしかしたら、と淡い期待を抱いたこともあった。警察の世話になったこともあったが、通常なら身元を確認されて実家に連絡が行くだろう。しかし誰も引き受けに来てくれたことはなかった。
聡子はそういう思いに気付いたのかはわからないが、黙り込んでいる。
「……まあ、俺は一人だから。そういうわけで、聡子が挨拶に行かなきゃいけない相手はいないんだよ」
「…………」
聡子はトモの身体に頭を乗せた。
「嫌な話だったか」
「ううん、全然。訊きたいって言ったのはわたしですから。聞けてよかったです」
彼女の肩をぎゅっと抱き寄せる。
「会いたいなって思ったことはないですか?」
「……ないな」
「そうですか」
「今更どうとも思わないよ。俺は、神崎会長やカズや、沢村オーナーや……ほかの慕ってくれる人たちとか、おまえがいればいい。これは本心だ」
わかりました、と彼女は頷いた。
黙って寄り添ってくる聡子の温もりを感じた。
「冷たい男で悪いな」
「全然ですよ」
「……俺が、女と付き合う気がなかったのも母親の影響があるかもしれない」
聡子が身体を離してトモをチラリと見上げた。
「本当の父親がどんな人だったかは知らないし、戸籍謄本見て、あーやっぱ離婚だったんだな、ってわかったんだけど。俺が勝手に記憶から消してただけで、母親はなんだかんだ恋人がいたみたいだな、そういう記憶がある。影山っていう再婚相手とは、子供が出来たから結婚しただけなんだろうなあ、って今なら思うし。あの人はいい人だと思うから……別にいいけど。母親は朝から晩まで働いてたとは思うけど、外で恋人と会ってることもあっただろうし、俺が寝ている間に男を連れ込んでたこともあったんだ。そういうの見てると、結局は男も女も、相手は一人だけじゃなくもいいんだな、っていう気がしてずっと生きてた」
「…………」
「おまえは違ったけどな」
話聞いてくれてありがとな、とトモは笑った。
聡子の笑顔はぎこちなかったが、聞けてよかったという言葉には嘘はないと思えた。
「こんな生き方してきたから、家族を作るとか考えられなかったし、考えたこともなかった。けどおまえとはずっと一緒がいいなって思うし。ただ……結婚するってのはちょっと、まだよくわかんねえから、今すぐは難しいんだけど」
「わかってますよ。一緒に暮らしてみて考えてみたらいいと思いますよ? 一緒に暮らしてみれば、お互いがもっと見えてくると思いますし、これじゃ一緒に暮らせないなって思うところもあるかもしれませんしね」
あったら嫌だな、とトモは呟いた。
「わたしだってあったら嫌だなって思いますけど、ないこともないと思いますよ。そういうところはお互い、改善とか妥協とか……考えていけばいいかなって」
聡子は大人だなあ、とトモは思った。
(考え方がまともだな。俺より遥かに大人だ)
「どうかされましたか?」
「いや……。聡子の言うとおりだなって思っただけだよ」
彼女の髪を撫でて、笑った。
「ほかに、まだ訊きたいことはあるか?」
「うーん……今日のところは、大丈夫です。ちょくちょく尋ねるかもしれませんけど」
「おう、訊いてくれ」
はい、と彼女は大きく頷いた。
「あの……もし、ご家族に会いたくなったりすることがあったら……教えてくださいね」
「なんでだ?」
「わたしもお会いしたいし」
わかった、とトモは笑った。
「でも、会っていいことがあるとは限らないし、会って、会わなきゃよかったって思うかもしれないし。今の俺は、会いたいとも思わないし、会うつもりもない。それは言っとく」
「はい……」
「それよりさ、住むところも決めたいしな。チラシ、見てみるか」
話題を変えようとトモは思い出したように言う。
「あっ、これですね」
聡子はトモに合わせるように話題の変化について行こうとした。二人は聡子のもらってきた不動産の物件チラシを手にした。
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