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【第4部】浩輔編
6.出会い(前編)
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勤め先を衝動的に退職した浩輔は、翌日から職探しを始めた。すぐにでも働かねばならない現実がある。一年未満では退職金もないし、自主退職になるため、何かと不都合だ。
(できれば、整備士の仕事したいよな……)
まだ一人前にもなっていないのに、と内心ため息ばかりだ。
以前、専門学校時代の友人に連絡を取って仕事の状況を訊いたことがある。浩輔と違って、町の自動車整備場に就職した友人達が多く、訊いてみると、仕事の環境はいいと答えるものばかりだった。
「給料はさ、三原のところのほうが絶対いいと思うけど。まあ、俺は今のところで修行させてもらえて毎日充実してるよ。怒られてばっかだけどさ。でもみんな人がいいからさ」
人がいい、それは重要だと感じている。
待遇面を優先して就職を決めたことを、今は少しだけ後悔した。
いや、こんな閉鎖的な職場はごく稀だろう。
(はあ……)
いろんなものを我慢したり、節約をしてきたが、仕事が見つかるまでは、暫くは切り詰めないといけない。奨学金の返済もある。生活もしないといけないし、頼る人間もいない。
(仕事、整備士が難しいなら、何か……)
贅沢は言ってられない。
背に腹は代えられない。
浩輔は贅沢を言うつもりはなかった。どんな仕事でも出来る自信はあったからだ。
ハローワークで求職登録はしたものの、昨日までの職場から離職票が届かない限り、失業保険の手続きはできない。
(健康保険はどうするか……)
早く就職をしないと健康保険もない。国民健康保険にすべきか、任意継続健康保険にするか……考えないといけないことがたくさんありすぎた。
(とりあえず、アパートに帰るか。……っと、その前にスーパー寄るか……)
節約しないといけないな、と食費を抑えることも考えた。
(車も……どうしようか)
入社してから、中古の乗用車を手に入れた。自社の車だ。かなり中古なので価格は抑えられたが、それでも十二ヶ月ローンを組んでいる。あと二回、残っている。
(家賃は……辛うじて安アパートだから助かったな……)
最低限の設備のアパートなので、市街地より家賃はかなり安い。
車を運転しながらも、これから先の不安が過り、ついあれこれと考えてしまうのだった。
「……ん?」
スーパーに向かう途中、ふいに前の車が減速し、ブレーキランプを踏みながら走るようになった。
(事故かな)
のろのろと走りる前の車たちに気をつけながら、浩輔も走った。
(ん……?)
事故ではなかった。
コンビニの前の道路で、一台の乗用車がハザードを点灯させ道の端に停車している。浩輔が昨日まで務めていたディーラーの系列の車種だ。浩輔にはとても手が届かない。
運転手だろうか、男性が歩道上で電話で話しており、もう一人の男性も同じように電話をしていた。
(故障かな……)
ボンネットを開けるわけでも、何か作業をする様子もない。
片方の男性が運転席に乗り、キーを回す様子が見えた。
(バッテリー上がりか……何か出来ないかな)
浩輔はコンビニの駐車場に入り、その車の持ち主たちの元へ駆け寄った。
「あのう、何かお困りですか? 何かお手伝いしましょうか」
二十代後半と見える男性二人で、一人は人の良さそうな、いわゆる「イケメン」で、もう一人は無精髭の強面が少し浩輔を怯ませた。強面のほうが不審そうに浩輔を見たが、イケメンのほうが、人懐っこい顔で見返してきた。
「あー、バッテリーが上がったのかわかんないけど、信号待ちの時にエンジンが止まって……」
「エンスト、ですかね……。オルタネーターの調子が悪いのか……バッテリー上がりか……。見てみましょうか。あっ、今、どなたか呼んだりされましたか?」
「一応、ディーラーに電話はしてみたんだけど、すぐは来れないって言われて。ちょっと困ってる」
正規店だろう、すぐに来られないというのはおそらく。
浩輔もこの車種の作業の補助は何度もしているので、少しは助けになるかもしれない、そう思った。
「わかりました。……じゃあ、取り急ぎ、ここはお二人も危険なので、そこのコンビニの駐車場に入ったほうが良さそうですね」
どうやって、と二人の男性は怪訝な顔をした。
「どちらか運転席に座っていただけますか?」
「あ、うん、俺が座るね」
「一応エンジンかけてもらえますか」
従来からあるキーをまわすタイプの車なので、動かしやすいだろうと浩輔はふんだ。
キュルキュル、と車は悲しい音を出した。
「うーん、やはりかかりませんね。バッテリー上がりで間違いないでしょう。今ギアはPですね。じゃあ、ギアをN、ニュートラルにしていただけますか。で、サイドブレーキも解除で」
「うん」
「では、もうお一方と自分は人力で押しましょう」
「わかった」
ちょっと失礼、と言って浩輔はハンドルに手をかける。
「ハンドルにロックはかかっていないようですね。すみませんが小刻みな感じで結構ですので、ハンドル操作をお願いします」
「うん」
「じゃあ、人力で申し訳ないですが、そのこコンビニに入りましょう。いきますよ、はいっ」
浩輔の指示に、二人の男性は従ってくれた。
「おお……」
二人の人力もあって、コンビニの駐車場にはすんなり入ることができた。広いコンビニではあるが、端を陣取らせてもらった。
「ちょっと店の方に、しばらく駐車させてほしいって頼んできます」
「お、おう……?」
二人の男性はきょとんとしながらも、浩輔の言うとおりにしてくれた。
「とりあえず、ディーラー担当者が来るのが遅いなら、持ち込んだ方がいいかもしれませんね。応急処置なら、自分もなんとかできそうなんで」
「え!?」
「え!?」
ちょっと待ってくださいね、と浩輔は自分の車を彼らの車の隣に移動させた。本当は向かい合わせにしたいが、難しいので仕方がない。向かい合わせにするほうが作業はしやすいが、店舗に向かって彼らの車を停車させたので仕方が無い。作業がしやすいよう自分の車の場所を調節した。
自分の車の中から工具やツールを取りだし、準備をする。
「え……君、何者……」
イケメンの呟きには反応せず、浩輔は彼らに承諾を得て、車内を確認する。キーを回すと室内灯が点いたがすぐに暗くなり出した。
「うーん、バッテリー……」
車内から出た後はボンネットを開け、バッテリーを取り出した。
「あ、残量があまりないですね」
「そうなの!?」
「はい、これ見ていただけますか」
バッテリーをゆらゆら揺らすと、液が動くのが見えた。
新品だと当然この液はフルであるが、これは揺らして辛うじて見える程度であると説明した。
「バッテリー液を補充すればとりあえず大丈夫そうですが」
「換えるんじゃないの?」
「換えてもいいですが、ディーラーで見てもらうおつもりであれば、その場凌ぎでもいいのかなと思いまして。自分が余計なことするのもなんですし。バッテリー液って硫酸ですし」
「そうなんだ。俺、全然詳しくなくて、ごめん」
「いえいえ、そういうものですよ」
ちょっと待ってくださいね、と浩輔は自分の車の後部座席を覗く。
昨日、退職した勤め先から引きあげてきた荷物がそのままだ。その中に、精製水やウォッシャー液、あとはバッテリー液がちょっとあったはずだ。
(あった……使い差しが)
バッテリー液を取り出したあと、手袋も取り出し、それを手にすると開けっぱなしのボンネットの元へ行き、覗き込んだ。
(できれば、整備士の仕事したいよな……)
まだ一人前にもなっていないのに、と内心ため息ばかりだ。
以前、専門学校時代の友人に連絡を取って仕事の状況を訊いたことがある。浩輔と違って、町の自動車整備場に就職した友人達が多く、訊いてみると、仕事の環境はいいと答えるものばかりだった。
「給料はさ、三原のところのほうが絶対いいと思うけど。まあ、俺は今のところで修行させてもらえて毎日充実してるよ。怒られてばっかだけどさ。でもみんな人がいいからさ」
人がいい、それは重要だと感じている。
待遇面を優先して就職を決めたことを、今は少しだけ後悔した。
いや、こんな閉鎖的な職場はごく稀だろう。
(はあ……)
いろんなものを我慢したり、節約をしてきたが、仕事が見つかるまでは、暫くは切り詰めないといけない。奨学金の返済もある。生活もしないといけないし、頼る人間もいない。
(仕事、整備士が難しいなら、何か……)
贅沢は言ってられない。
背に腹は代えられない。
浩輔は贅沢を言うつもりはなかった。どんな仕事でも出来る自信はあったからだ。
ハローワークで求職登録はしたものの、昨日までの職場から離職票が届かない限り、失業保険の手続きはできない。
(健康保険はどうするか……)
早く就職をしないと健康保険もない。国民健康保険にすべきか、任意継続健康保険にするか……考えないといけないことがたくさんありすぎた。
(とりあえず、アパートに帰るか。……っと、その前にスーパー寄るか……)
節約しないといけないな、と食費を抑えることも考えた。
(車も……どうしようか)
入社してから、中古の乗用車を手に入れた。自社の車だ。かなり中古なので価格は抑えられたが、それでも十二ヶ月ローンを組んでいる。あと二回、残っている。
(家賃は……辛うじて安アパートだから助かったな……)
最低限の設備のアパートなので、市街地より家賃はかなり安い。
車を運転しながらも、これから先の不安が過り、ついあれこれと考えてしまうのだった。
「……ん?」
スーパーに向かう途中、ふいに前の車が減速し、ブレーキランプを踏みながら走るようになった。
(事故かな)
のろのろと走りる前の車たちに気をつけながら、浩輔も走った。
(ん……?)
事故ではなかった。
コンビニの前の道路で、一台の乗用車がハザードを点灯させ道の端に停車している。浩輔が昨日まで務めていたディーラーの系列の車種だ。浩輔にはとても手が届かない。
運転手だろうか、男性が歩道上で電話で話しており、もう一人の男性も同じように電話をしていた。
(故障かな……)
ボンネットを開けるわけでも、何か作業をする様子もない。
片方の男性が運転席に乗り、キーを回す様子が見えた。
(バッテリー上がりか……何か出来ないかな)
浩輔はコンビニの駐車場に入り、その車の持ち主たちの元へ駆け寄った。
「あのう、何かお困りですか? 何かお手伝いしましょうか」
二十代後半と見える男性二人で、一人は人の良さそうな、いわゆる「イケメン」で、もう一人は無精髭の強面が少し浩輔を怯ませた。強面のほうが不審そうに浩輔を見たが、イケメンのほうが、人懐っこい顔で見返してきた。
「あー、バッテリーが上がったのかわかんないけど、信号待ちの時にエンジンが止まって……」
「エンスト、ですかね……。オルタネーターの調子が悪いのか……バッテリー上がりか……。見てみましょうか。あっ、今、どなたか呼んだりされましたか?」
「一応、ディーラーに電話はしてみたんだけど、すぐは来れないって言われて。ちょっと困ってる」
正規店だろう、すぐに来られないというのはおそらく。
浩輔もこの車種の作業の補助は何度もしているので、少しは助けになるかもしれない、そう思った。
「わかりました。……じゃあ、取り急ぎ、ここはお二人も危険なので、そこのコンビニの駐車場に入ったほうが良さそうですね」
どうやって、と二人の男性は怪訝な顔をした。
「どちらか運転席に座っていただけますか?」
「あ、うん、俺が座るね」
「一応エンジンかけてもらえますか」
従来からあるキーをまわすタイプの車なので、動かしやすいだろうと浩輔はふんだ。
キュルキュル、と車は悲しい音を出した。
「うーん、やはりかかりませんね。バッテリー上がりで間違いないでしょう。今ギアはPですね。じゃあ、ギアをN、ニュートラルにしていただけますか。で、サイドブレーキも解除で」
「うん」
「では、もうお一方と自分は人力で押しましょう」
「わかった」
ちょっと失礼、と言って浩輔はハンドルに手をかける。
「ハンドルにロックはかかっていないようですね。すみませんが小刻みな感じで結構ですので、ハンドル操作をお願いします」
「うん」
「じゃあ、人力で申し訳ないですが、そのこコンビニに入りましょう。いきますよ、はいっ」
浩輔の指示に、二人の男性は従ってくれた。
「おお……」
二人の人力もあって、コンビニの駐車場にはすんなり入ることができた。広いコンビニではあるが、端を陣取らせてもらった。
「ちょっと店の方に、しばらく駐車させてほしいって頼んできます」
「お、おう……?」
二人の男性はきょとんとしながらも、浩輔の言うとおりにしてくれた。
「とりあえず、ディーラー担当者が来るのが遅いなら、持ち込んだ方がいいかもしれませんね。応急処置なら、自分もなんとかできそうなんで」
「え!?」
「え!?」
ちょっと待ってくださいね、と浩輔は自分の車を彼らの車の隣に移動させた。本当は向かい合わせにしたいが、難しいので仕方がない。向かい合わせにするほうが作業はしやすいが、店舗に向かって彼らの車を停車させたので仕方が無い。作業がしやすいよう自分の車の場所を調節した。
自分の車の中から工具やツールを取りだし、準備をする。
「え……君、何者……」
イケメンの呟きには反応せず、浩輔は彼らに承諾を得て、車内を確認する。キーを回すと室内灯が点いたがすぐに暗くなり出した。
「うーん、バッテリー……」
車内から出た後はボンネットを開け、バッテリーを取り出した。
「あ、残量があまりないですね」
「そうなの!?」
「はい、これ見ていただけますか」
バッテリーをゆらゆら揺らすと、液が動くのが見えた。
新品だと当然この液はフルであるが、これは揺らして辛うじて見える程度であると説明した。
「バッテリー液を補充すればとりあえず大丈夫そうですが」
「換えるんじゃないの?」
「換えてもいいですが、ディーラーで見てもらうおつもりであれば、その場凌ぎでもいいのかなと思いまして。自分が余計なことするのもなんですし。バッテリー液って硫酸ですし」
「そうなんだ。俺、全然詳しくなくて、ごめん」
「いえいえ、そういうものですよ」
ちょっと待ってくださいね、と浩輔は自分の車の後部座席を覗く。
昨日、退職した勤め先から引きあげてきた荷物がそのままだ。その中に、精製水やウォッシャー液、あとはバッテリー液がちょっとあったはずだ。
(あった……使い差しが)
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