大人の恋愛の始め方

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【第4部】浩輔編

27.元彼

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 浩輔は舞衣の部屋に上げてもらえる程度には親しくなった。
 正直、下心がないわけではない。やましい気持ちがないわけではないが、舞衣には信頼されているのだろうと思うことにした。
 ミサと会わなくなり、言葉を交わす異性と言えば、職場の事務員と舞衣だけだ。事務員は既婚者で、なんの感情もない。
 申し訳ないくらい、舞衣は自分の妄想の世界に登場する。自分のよく知っている中学時代までの舞衣ではなく、今の姿の舞衣だ。同時にほぼ想像の舞衣なのだ。
(ごめん)
 こんなに舞衣の部屋に何度も上がっているのに、何にも起こっていない。
 時折平日に邪魔をするが、週末は舞衣の所に行くことが多くなった。
 ただ晩御飯を一緒に食べるだけなのだ。
 高虎の呼び出しも減り、最近はとても平和だった。時々飲みに連れて行ってはくれるが、ミサやマユカのような「そういう」対象の女性はいなかった。
(はあ……)
 彼女もいないしな、と思いながら舞衣を見る。
 今舞衣は、もうすぐ晩御飯が出来るから、と仕上げにかかっている。浩輔も少しは手伝いをするし、食材費も負担しているが、舞衣の部屋に来ると、ただごろごろさせてもらっているだけだった。
(こうしてみると、舞衣って可愛い部類だよな)
 小柄で幼児体型に見えるが、顔立ちは昔から可愛い。自分以外にも彼女に好意を持った男子生徒がいたくらいだ。
 その時舞衣の部屋のインターホンが鳴った。
「三原君、ごめん、ちょっとお願いしてもいいかな」
「おう、いいよー」
 立ち上がって、ドアホンの受話器を取り、
「はい」
 と浩輔は返事をした。
『あの……舞衣、さんいますか』
「どちら様でしょうか」
『坂本です』
「お待ちください……舞衣」
 通話口に手を当て、
「坂本さんっていう男性だけど」
 と声をかけた。
 彼女はびくりとしたあと、
「手が離せない、って伝えてもらえるかな」
「わかった。……お待たせしましたー。今、手が離せないってことなんですけど」
『わかりました、また出直します』
 受話器を置いて、浩輔は舞衣を見た。
「これでよかった?」
「うん、ありがとう。もう出来たからね、ちょっと待ってね」
「おう」
 舞衣の顔が曇っていることに気づいた。
(今の男のせいか……?)
 何者だろうなと考え、思ったのはひとつだ。
(元彼、か)
 前に少し聞いた車の運転の荒いという男だろうか。
(つーか大学生で車持ってんのか? 親の脛かじってるヤツか)
 別れた男が、のこのこ訪ねてきたのだろうかと思うと、モヤモヤしてしまう。
(ミサさんもそうだったけど、元彼ってそんな別れた女の所に来るもんなのか?)
 俺なら行きたくない、と思った。
 高校一年の春、舞衣から別の男とつきあい始めたと聞いて、それっきりだったことを思い出す。すっと気持ちが冷めていったあの瞬間から、もう舞衣に会いたいと思わなくなった。未練もなかった。
(今は……よくわからないけど)
 今舞衣に誰か彼氏が出来たと言われれば、こうして二人で会うことはしなくなるだろうし、もし自分と付き合いたいと言われれば……迷う気はしている。
(舞衣を好きかって言われると、どうなんだろうな)
 ミサやマユカのようなセフレがいない今は、好きという感情より「したい」だけで付き合ってしまいそうな気もする。舞衣のことは嫌いではないし、寧ろ好きではある。昔よりも可愛いと思うし、彼女だったら……と想像することもある。最近では舞衣の身体を想像して一人で性欲を発散することも少なくない。舞衣を取られるくらいなら自分のものにしたいとも思うし、彼女に対する感情はよくわからない。
(舞衣は……俺が好きなんだろうか)
 何言ってんだと人は言われそうだが、舞衣の言動からはそんな気がしている。
 舞衣は、はっきり言って、優柔不断だ。流されやすい。ミサとマユカの誘惑に負けた浩輔も人のことは言えないが、それは誰かを裏切ったわけではないし、考え方はどうかと思うが、双方損はしてなかった。割り切っていたことだし、と思っている。
(けど、フッた男をまた好きになることなんてあるのかな)
 反対に、冷めた相手をまた好きになることがあるのか、と今のちゅうぶらりんな自分の気持ちを疑問に思ってしまう。
(舞衣は二度俺をフッたから、自分からは言ってこないだろうな……)
『次にもし会うことがあったら……その時舞衣がフリーだったら俺とつきあってよ』
 まさか、と思った。
 高校を卒業して、園を出た日、もう二度と会うことはないと、適当にそう言ったことを今思い出した。
(まさか……な)
 あの時舞衣は返事をしなかったが。
 料理が出来たと、並べ始めた舞衣の顔を見やる。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない」
「そう? お待たせしました」
 にこにこと舞衣が言った。
(仕掛けてみるか……)
 向かい合わせに座り、食事を始めた。


「そういえば、さっきの坂本さんって人、いいの?」
 食器を洗いながら、浩輔は尋ねた。作ってもらっているので、調理器具や食器の片付けは浩輔がしている。
「え、あ、うん、いいよ全然」
 一瞬困惑したようだが、舞衣は軽く頷いた。
「もしかして、元彼?」
 舞衣の動きが止まった。
 図星だ。
 相手は、浩輔が出たことであっさり引き下がったのだろう。もし舞衣が出たなら、引き下がることはしなかったかもしれない。ミサの元彼を思い出した。
「うん、まあ……」
「ふうん」
 気のないそぶりを見せたが、本当は気になっていた。
 舞衣にだってつきあった男くらいいるだろう。自分はいないが。 
「運転が荒っぽいって言ってた……?」
 彼女はこくりと頷いた。
「そんなに長くは付き合ってはなくて……」
 三年生の時から四年生になったくらいまで半年くらい、と言った。
(短いのかな)
「そんなに好きじゃなかったのか?」
 舞衣は言いたくないわけではなさそうではなく、浩輔に訊かれれば答えてくれた。
 最初は友達のような関係だったが、告白をされてOKをしたという。
 やはり舞衣からではなかった。引っ込み思案で流されやすい舞衣のことだ、想像はつく。
「他にも付き合ってる人がいたみたいで……」
 わたしより後みたいだったけど、と舞衣は困ったように笑った。
 高校一年生の時と同じだ。
「まあ、わたしがいけなかったんだろけど……」
「何かしたのか?」
「うーん……それはまた、機会があったら話すね」
 きっかけがあったらしいが、それについては舞衣は濁した。
「わかった・言いたくないなら無理に言わなくていいよ。友達だから何でも話さなきゃいけないってわけじゃないだろ」
「友達……」
 舞衣は反芻した。
 相手の素性を予め話してくれたことで、浩輔は記憶する事が出来た。何かで使うことがあるかもしれない。
(まあ、使わないことが多いけどな)
 高虎の仕事を手伝うようになってから、妙に、情報を蓄積するクセがついていたのだ。
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