春風秋雨

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【孝太郎×香穂編】

6.親密(後編)

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 ベッドにもたれかかって、テレビを見ていた。
 ちらちらと隣の香穂を盗み見ながら、さりげなく手を重ね、思い切って手をつないだ。
 彼女は拒否をすることもなく、孝太郎の手につながれてくれた。
 そして、手をつないだまましばらくテレビを見ていたが、香穂がうとうとし始めた。
「疲れただろ? 寝ようか」
「う……ん……」
 香穂の目は虚ろだった。
 日付が変わる頃だったし、日々勤めをしている彼女は眠くなってもいい時間なのかもしれない。
 香穂はベッドにのそりと上がった。
 壁側に香穂、外側に孝太郎が乗った。
 自然と向かい合って横になった。
「おやすみ、香穂さん」
 孝太郎の腕の中で香穂は目を閉じた。
 ドキドキしている。
 もしかしたら、このまま……。
 孝太郎はとても幸せだった。
(こんな風に好きな人と眠れるなんて、幸せ……)
 香穂を見やると、すーすーと寝息を立てていた。
(寝るの早っ)
 彼女は、優しい寝顔をしていた。
 孝太郎の腕のなかで、安心しているのだろう。
 こんな何でもないことなのに、彼女は怯えることもなく、眠ってくれた。
 本当は、孝太郎は何か進展があるかも、と期待したのだったが……香穂はやはり疲れているらしい。
(不純ですみません……)
 そんなやましい気持ちを持つ自分が情けなかった。
 こうやって抱き合って眠れるだけで幸せで、充分満足だった。
 手をつなぐことが出来たし、一緒に眠るなんて、すごい進展だ。
 かなり前向きな孝太郎だった。
 香穂の寝顔を見ているうちに、いつの間にか自分も眠りについてしまうのだった。



 朝、孝太郎が目覚めると、腕の中に香穂はいなかった。
 焦る孝太郎だったが、香穂は朝食の支度をしていた。
 香穂がいなかったので夢だったのかと思ったのだった。
「おはよう」
 と香穂は孝太郎の頬をつついた。
 目が覚めた。
 孝太郎は歯磨きをし、顔を洗う。
(香穂さんがいる、夢じゃない)
 すっかり目が覚めた。
 ……やはり二人の間に何も起こらなかったが。
 朝食の支度をしている香穂の後姿に、孝太郎は胸がきゅんきゅんした。
 孝太郎は香穂に背後から抱きつく。
 いちかばちかだった。
 拒否されるかされないか。
 ……されたら仕方ないが、されなかったら……少しはアプローチしてもいいかな、という実験だった。
「包丁持ってるから危ないよ」
 と笑いながら咎められる。
「でも、こうしたいんだよね」
 香穂の腰に手をまわし、頭一つ背の高い孝太郎は、少し首を屈めて彼女の首筋に顔をうずめた。
「だめだよー」
 と香穂は笑った。
「はい、口開けて」
 そう言われて自然と口が開いた。
  香穂は口の中に、生の人参を放り込んできた。
「うえっ」
 俺人参嫌いなんだよ、と孝太郎は吐き出した。
 そして、ようやく離れた。
「知ってる。人参は蒸したら甘くて美味しいのになあ」
 と香穂は苦笑いしながら、孝太郎をちらりと見上げた。
「えー、でもこれ生じゃない? 硬いし、苦い。じゃあさ……人参食べたらチューしてくれる?」
「んー……いいよ」
 じゃあ頑張って食べる、と膨れながら孝太郎は言った。
「嫌いなのに無理して食べなくていいよ」
 香穂はまた苦笑した。


 朝ごはんはシンプルに、ごはんと味噌汁、野菜サラダ。
 サラダの中にあった、孝太郎の嫌いな人参は蒸して小さく切ってあった。
 ドレッシングかけたら味が消えるかもね、と香穂は言うが、そうは思えなかった。
 頑張って食べようとする孝太郎だが、
「無理しないでいいから」
 と諭す香穂だった。
「だって香穂さんにチューしてもらいたい」
 と膨れっ面になり、人参を口に運ぶ。
「ん?」
 思い切って食べると、意外に人参が甘いことを知った。
「意外にいけるかも」
「よかった」
 今度はにっこりと香穂は笑ってくれた。


 後片付けをすると、孝太郎は出かける用意を始めた。
 日曜でも部活はある。
 香穂も帰る支度をしていた。
「もう、帰っちゃうのかー……」
「孝太郎君も部活だしね」
(結局二人でゆっくりできなかったな)
 ちょっとくっついたくらいで何もなかったし、香穂の作ったごはん食べて一緒に寝たくらい。
 何かを期待していなかったわけじゃないけど、なくてよかったような寂しいような、そんな複雑な気持ちだ。
「おかずの作り置きしてるから、コンビニで買うくらいなら、冷凍庫のもの、温めてね。ごはんは炊けばいいんだし」
 冷凍庫を開けると、手のこんだおかずの作り置きがいろいろしてあった。
 家でなかなか作らない揚げ物などがあった。
 揚げ物については、香穂は家で作ってきたものを持ってきてくれていたらしい。
 ありがとう、と感謝する孝太郎だ。
「どういたしまして」
 と笑う香穂がまぶしかった。
「なんだか香穂さん、俺のアパートへ疲れにきたみたい」
「そんなことないよ、楽しかったよ」
「俺がいい思いをしただけだろ……香穂さんは、なんか損してるし」
「そんなことないって」
 ごくり、と孝太郎は息を飲んだ。
「俺のほうはたくさんパワーをもらったけど」
 と思い切って香穂を抱き寄せる。
「わっ……」
「ずっとこうしてたいなあ……。香穂さん、いい香りするね」
 くんくんと髪の香りを嗅ぐと、香穂は現実的なことを言ってきた。
「孝太郎君のシャンプー借りたんだけど?」
「そうだけど……」
 目が合うと、二人は笑った。
(よし)
「まだ言ったことなかったと思うけど、俺……」
 孝太郎は意を決した。
「香穂さんが好きだから。一番好きだからね」
(言った! 知ってると思うけど言った!)
 俺頑張った、と心の中で叫んだ。
 心臓はバクバク鳴っている。
 スキンシップをするだけでも、いちかばちかでドキドキしたのに、ついに言った!
「わたしも好きだ」
 香穂もはっきりと返してきた。
「ま、マジで……。うわ……ありがとう……」
「わたしも、ありがと」
 はっきり『好き』という言葉を口にした二人だった。
 お互い、顔が真っ赤になっていた。


 玄関で、二人とも出る用意をした。
 また来てね、と孝太郎は言った。
「今度は俺もちゃんと時間取るから。一日中一緒にいれるように時間取るから。そんで、ここに泊まってね」
「無理しなくていいよ」
「無理する」
 彩織の時は失敗している。
 昨日だって香穂に確認しなかったりで、失敗した。
 これからは、ちゃんと自分の意志を伝え、相手の意見も確認しよう。そう誓った。
「香穂さん、今度は一緒にお風呂入ろう」
 と、孝太郎は調子に乗って言った。
 調子には乗ったが、いたって大真面目だ。
「人参だけじゃなくてブロッコリーも食べられるようになったらね」
 と香穂ははぐらかしてきた。
「わかった、食べる。絶対食べるよ。食べたら……一緒に入ってくれる?」
「子供みたいなこというのね」
 香穂は笑った。
「だってさ……」
「なに?」
 孝太郎は香穂を見た。
 香穂も、孝太郎が何を言うのかと見つめた。
 ……しばらく間があった。
 どちらともなく、顔が近づく。
 そして……自然に唇が重なり、二人は抱き合った。
「そっか、約束だったもんね」
「うん、人参食べただろ? チュウしてもいいよね」
「……そうだね」
 悪戯っぽく笑い、瞳を潤ませる香穂に、孝太郎はドキドキする。
 艶っぽい瞳に惹き込まれてしまう自分がいる。
 ドアに香穂を押し付け、抵抗しないのを感じてそっと両手を押さえた。
「もう一回、してもいい?」
 本当は今からでもキスも、キスの先にも進みたい、どうしてこの度胸が昨日の夜に出なかったんだろう、と自分の意気地のなさにへこむ孝太郎だった。
 もう今日は別れの時間だから、と我慢するしかない。
 香穂は瞳を閉じた。
 しばらく激しくキスを繰り返す二人だった。
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