伝えたい、伝えられない。

文字の大きさ
4 / 65

2.苛立ち

しおりを挟む
 夕方、いつもよりは少し早く二人が事務所に戻って来ると、青葉建設の男性が小夜子と真緒と話をしていた。届けものに来たついでに、女性陣と話をしている、といったところのようだ。
 青葉建設は、今取りかかっているメイン現場の工事の元請会社だ。先日、真緒が失態をおかした現場の元請会社である。
 営業社員なのか、若い男性で、背が高く「青葉建設」と自社名の刺繍が入った上着を着ている。現場監督もこの作業着を着ていたことを思い出した。
「ただいま戻りました-」
「戻りました-」
 戻りを知らせながら入ると、心なしか困惑していた真緒の顔が、ほっとした顔になった。いつもなら創平に怯える彼女が、なぜか安堵している様子だ。
「お疲れさま」
 小夜子が言うと、真緒も頭を下げた。
 青葉建設の男性にも頭を下げると、彼も会釈をした。
「古川さん、すみませんが、そろそろ社員が戻ってくる頃ですので」
「あ、はい。長居してすみませんでした」
 彼はそそくさと事務所を出て行った。


「あれ誰」
「青葉建設の次期社長じゃなかったっけ。今の社長のご子息かな。初めて見たけど、さわやかイケメンだったな。古川一真、独身、二十八歳。営業だけど、一応一級建築士の資格有り」
「よく知ってるな」
「前に社長が言ってた」
「つーか同い年かよ」
「そうだな」
 スーツに、上着は作業服ではあるがカッターシャツにネクタイの、青葉建設の御曹司。
 自分たちは泥や砂まみれの作業着だ。
 山岡も爽やかなほうだが、先程の彼とは種類が違うだろう。況してや自分とは世界が違いそうだ。
 更衣室に行き、今日使用したヘルメットや安全靴を置きに行く二人は、御曹司のことを話題にした。
「御曹司のお目当ては倉橋さんなんだと思うけど」
「は!? マジで!?」
 創平は露骨に嫌悪感を含めて言った。
「たぶんだけど」
「物好きだな」
「そう? 倉橋さん、可愛いし気が利くし、青葉の御曹司は見初めたのかな」
 先日も山岡は、真緒に対してそう言っていた。
 可愛いし気が利く、創平には理解が出来なかったが。
「ふーん。まあ俺には関係ないけど。あ、てことは玉の輿じゃん」
「相思相愛だったらだよ? 倉橋さんは人気あるし、御曹司の思い通りにはいかないよ」
「マジで」
 初耳だ。
 人気があるとか、どこの世界での話だろうか。
「彼女に彼氏がいないと思ってんのかなあ」
「えっ、あの子にいるの!?」
「いや知らんけど」
 山岡はそうは言ったが、いるような口ぶりだ。
(男、いるのか……)
 考えたこともなかったが、山岡が言う「可愛くて気が利く」なら、いてもおかしくはないのかもしれない。
「ま、俺には関係ないけど」
「関係ない、ってなんで二回言った?」
「言ったか?」
「うん、言った」
 気のせいだろ、と創平は肩を竦めた。


「おまえさ、なんでそんな倉橋さんを下に見るわけ」
 山岡が突然声を荒らげた。
 現場から事務所に戻る車中での出来事だった。
 創平は驚き、山岡を見返して口を噤んだ。
 真緒のことを悪く言い続けている創平に、山岡の我慢の限界に達したらしい。男前の顔が歪み、創平を強く睨んでいる。
 いわゆる「キレた」状態のようだと、つきあいの長い創平でもわかった。
「別にそんなつもりはねえけど」
「あのな、黙ってきいてるこっちの身にもなれよな」
「じゃあ聞かなきゃいいだろ」
「は? だったら倉橋さんの悪口毎日毎日毎日……うぜえんだよ」
 確かに、山岡に毎日彼女への不満を口にしている。彼は、真緒の評価が高いと知りながらだ。
「……昔から思ってたけど、おまえマジで性格悪いな」
 ルームミラー越しに、山岡は忌々しい顔で吐き捨てた。
「は? おまえに言われたかねえわ」
 自分の性格が良くないのはわかっている。
「おまえほど性格悪くないわ」
 確かに、山岡の性格はさほど悪くない。顔も性格もいいという男ではないが、見た目は爽やかで、性格は柔和だし、むしろ性格はいいだろう。少なくとも人の悪口を執拗に言うことはない。
「関係ねえだろ」
 負けじと創平も言う。
「おまえのそういう所が、和を乱すんだよ」
「はあああ?」
 創平にとっては痛恨の一撃だった。
 和を乱す……否定は出来なかった。
 高校時代に知り合った山岡だが、協調性がないのは自分で、いつも山岡がフォローしてくれていた。
 こんな自分とよく友達で、長い間付き合ってくれているなと、常々思っている程だ。
 まさか、山岡も本音ではそう思っていたとは。
 ショックがないわけではないが、僅かにでも生まれたその感情を悟られまいと、創平は口をきゅっと結んだ。
「マジでムカつく」
 山岡が言ったその言葉を最後に、二人の会話はなくなった。
 車中は気まずい空気しかなかった。
 腹が立て、口をきく気にもならなくなった創平だ。
(なんだよ、あの女に毒されやがって……)


 二人が険悪なことに気づいたのは真緒だったようだ。
「戻りましたー」
「戻りました……」
「お疲れ様」
「さっき、病院工事班版が戻ってきたわ。今日はみんな早く上がれてよかったわね」
 小夜子が、ニコニコと出迎えてくれ、その隣の席で真緒が立ち上がり、会釈をして出迎えてくれた。
 その時には二人が会話をしていないことを察してはいないだろうが、創平が帰宅のために事務所を出た時には感づいたようだった。
 先に帰社のために駐車場に行った山岡と、自転車の真緒が立ち止まって会話をしていたのだ。
「……違う違う、真緒ちゃんのせいじゃないから。あいつが真緒ちゃんのこと悪く言うからムカついて、ずっと聞き流してたけど今日はもう我慢ならなかったんだだけ」
 山岡の声が聞こえた。
(真緒ちゃん? あいつ名前で呼んでんのかよ)
 最近気づいたが、同僚のオジサンたちも彼女のことを名前で呼ぶ者もいる。
(はあ? なんだそれ)
 自分の前では「倉橋さん」と言うくせに。
 真緒が、二人の間の異変に気づいたようで、山岡に尋ねたのだと思われた。
 社用トラックの陰に身を潜め、聞き耳を立てる。
「真緒ちゃんのせいだって? ううん、だから、それはないから。俺らはさ、小夜子さんと真緒ちゃんに助けてもらってるんだから。特に真緒ちゃんにはさ、小夜子さんの手が回らない分フォローしてるじゃない? えっ微力だって? そんなことないって。もっと自信持ちなよ。社長も小夜子さんだって、助かってるっていつも言うでしょ。それと同じ、俺ら作業員もだよ。まあ、あのクソヤローは認めないけどな」
(クソヤローって俺のことかよ)
 真緒が何か言うのか、同意するのか否定するのか、その声は聞こえなかった。
「でもあいつは違う。自分中心の考え方ばっかり。自分が気に入らないからって平気で人を悪く言うヤツなんだよ」
(そこまで言うか……!?)
 だが外れていないのが悔しい。
「あんな性格悪いヤツ、付き合いたいって言う女がいたら、マジで性格悪いからやめときなって忠告して全力で止めるわ。真緒ちゃんにも同じこと言うし」
 と山岡はぼろかすに言ってくれた。
(……これが山岡の本音か……)
 言われても仕方がないが、自分のいない所で真緒に言っているのは腹立たしい。
「ま、いいよ別に。心配しなくても、俺も大人だから仕事はちゃんとするよ、ペアだしね。あっちはどうか知らないけど」
 真緒が心配しているのかどうかはわからないが、気にかけて山岡に声をかけたということは間違いないようだ。
(こっちだって大人だし)
 しかし胸のなかがざわざわして、苛立ちは収まらないのだが。
「心配してくれてありがと。じゃ、真緒ちゃんも気をつけて帰ってね。うん、またね」
 山岡が車に乗り、真緒が自転車で走り去っていく音が聞こえた。
 二人の姿がないことを確認し、創平も自分の車に乗り込む。
(なんだよ……)
 本当に腹が立つ。だが、自分の性格が悪いことも自覚している。
(けど俺だけが悪いみたいに……)
 真緒の欠点について文句ばかり言っていたのは事実だ。温厚な山岡が看過できないほどのことを自分が言ったのだろう、それについては自分を省みないといけない。
(鈍くさくて迷惑かけてんのはあいつだろ……)
 俺だけ責めやがって、と悪態をつく創平はエンジンをかけた。
(あの子って……山岡のこと好きなのかな)
 自分が彼女にきつく当たれば当たるほど、山岡が彼女をかばっていたのかもしれない。
(けど山岡は……既婚者だけどな)


 性格が悪いと言われた創平は、自分でもわかってはいても、面と向かって言われたことはあまりなかった。山岡に言われたのは初めてだ。
 女性に言われたことはあった。
 これまでつきあって来た女たちには「いつも自分勝手だ」「そっちが悪くても絶対に謝らないよね」と言われてきた。自分ではそんなつもりはなかったが、どうやら我が儘で自己中心的らしい。
 気に入らないことがあると、どうでもよくなる。売り言葉に買い言葉で行動することもあったようだ。
「こっちがお願いしても気が乗らない時はガン無視するくせに」
 遊びに誘われても気が乗らないと、すっぽかしたこともあった。そのくせ、
「ヤるだけヤって、自分がすっきりしたら『早く帰れば』ってひどくない!?」
 何人かの女に言われたことがあった。
 その後山岡に愚痴ると、
「おまえが悪いと思うけどなあ」
 そう言われたので、もう彼には意見を求めなくなっていた。
 既婚者の山岡に言っても、宥められるだけだったからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...