伝えたい、伝えられない。

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3.不可抗力

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 相変わらず、その山岡とは必要最低限しか口を利いていない。現場への往来の車中はさながら通夜のようだ。
 今日は二往復、車に乗らねばならなかった。
 一旦昼は事務所に戻ってきたため、午後また別の現場へ出かけるのが二度目だ。
 朝行って夕方に戻るなら、一往復で済むのだが。
 仕事なので仕方がないと割り切っている。
「おい、出るぞ」
 昼休みが終わりそうな時間になり、創平は山岡に声をかけた。
 会社の二階に休憩室がある。
 一階は事務所や倉庫や給湯室、そして浴室がある。二階は男性更衣室や休憩室があり、ここで食事をしたり、昼寝をしたりしているのだ。元々住宅だったものを改装したと、以前社長夫妻からは聞いていた。
「……おう」
 声をかけるとすぐに休憩室を出る。
 一緒に出たくはないからだ。
 休憩室を出てすぐ右に階段がある。
 創平は何も考えずいつものように階段にさしかかった。
「!?」
 突然目の前に現れた人物に創平は驚いた。
 相手も創平を見て一瞬驚いたが、意図せず持っていた何かを手放し、段から足を踏み外したその身体はふわりと後方へと倒れて行った。
 それからはスローモーションのような感覚だったが、一瞬の出来事だった。
 慌てて手を伸ばし、左手で手すりを掴み、右手で相手の身体のどこかを掴んだ。しかし掴んだのは相手のブラウスの袖で、わずかに落下を遅らせるだけで、身体を支えることや落下を防ぐことは間に合わなかった。
 創平の左手も手摺りを離れ、相手と共に階段から転げ落ちることとなった。救いだったのは落下を遅らせたほんの一瞬の相手を身体を抱き寄せることができたことだ。自分の身体のほうが重いことで、落下は同時でも、相手が叩きつけられることは少しだけ免れることができたらしかった。
「松浦!?」
 上のほうから声が降ってきた。山岡の声だ。
「真緒ちゃん!?」
 創平と一緒にいるのが真緒だと気づいて、彼女の名を呼んだ。
 彼女が手放したと思われる書類や箱が階段に散らばっているらしい。
「何の音……えっ……大丈夫!?」
 大きな音に驚いた小夜子が事務室から顔を出し、階段の下付近に転がっている二人を見て驚いていた。
「い……ってぇ……」
 真緒は創平の腕のなかでがくがくと震えていた。
「ちょ……! 二人とも、大丈夫!?」
 小夜子が駆けより、二人を覗き込んだ。
「俺は大丈夫ですけど……倉橋さんが……」
 創平にしがみつき、身体を震わせている。
「倉橋さん……大丈夫か?」
 自分は身体を打ったが、とりあえずは大丈夫だと自覚している。
 真緒はどうだろうか。
 全身を打ち付けることはなかったように思えるが、同じように身体は打ち付けたはずだし、頭を打っていかないと心配になった。
 震えている真緒と一緒にそっと身体を起こすと、彼女ははっとしたように創平から飛び退いた。
 慌てて立ち上がろうとしたが、足首を痛めたのか、一瞬よろめいたのを見逃さなかった。
 倒れそうになった真緒を抱き止め、
「大丈夫か?」
 もう一度尋ねる。
「あ……う……」
 大丈夫です、と言うように口を動かし、真緒は何度も頷いた。
 膝を付き、創平に向かって、目を見ずに何度も頭を下げた。
「頭大丈夫か?」
 尋ねると、真緒は頷く。
「おい松浦、言い方!」
 山岡に言われ、創平はしまったと思った。
 変な意味じゃない、と否定したが聞き方はまずかったなと反省はしたのだった。
 いつの間にか泣いていた真緒は、何度も何度も頷くだけだ。
(……ん?)
 その様子に創平は違和感を覚えた。
「松浦君、大丈夫なの? 頭は? 足腰は?」
「あー、大丈夫だと思いますけど。別に足挫いたりもないし、頭も打ってないんで」
「病院、一応行こうか? 救急車呼ぼうか」
 小夜子は心配し、ポケットからスマホを出した。
「いや、大丈夫です。これくらいで救急車は呼べないですよ」
「気分悪くなったりしたらすぐに言いなさいよ。でもやっぱり病院行ったほうがいいかしら」
「いや、大丈夫と思います。身体を打ったは打ったけど、ほんとに平気です。何気に頑丈だし」
 創平はそう言ったが、小夜子は不安そうだ。
 真緒も、ちらりちらりと創平を見ているが、やはり目を合わそうとはしない。
 申し訳ない、と何度も頭を下げ続ける。
「俺より、倉橋さんのほうが……足、捻ったりしてんじゃないかと」
 その場にいる者たちが、真緒の足首に視線をやった。
「真緒ちゃん、足捻った?」
 彼女は頷いた。
「病院、行こう」
 ふるふると真緒は首を振った。
「あっ、すみません、ついて行きたいですけど、俺ら現場に行かせてもらたら……穴開けられないですし。なので、あと、お願いしていいですか」
「う、うん、そうね。あとはいいから。松浦君も、不調が出たらすぐにお医者さんに行くのよ」
「はい」
 それじゃすみません、と創平は頭を下げてその場を立ち去ることにした。山岡が後ろからついてきた。
 怯えているのか、震えているのに彼女が自分に謝る姿を見ていたくはなかった。
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