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16.告白
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ホワイトデー当日。
会社で、ほかの男性陣と同じように「義理」に対して、表向きのお返しは渡した。
しかし、特別なもののほうのお返しは、ここで渡すわけにはいかなかった。帰りに自分のアパートに呼び出すのも警戒されるかもしれないし、と考えた結果だ。
《付き合ってくれないかな、食事に》
金曜日の帰りに食事に誘うと真緒は承諾してくれた。食事と言っても、気の利いた店ではなく、庶民の洋食店だ。二人とも酒は飲まないし、真緒を遅くまで連れ回すわけにはいかないので、晩ご飯を食べる、程度だ。
食事をしながら、いつ切り出そうか、どう言おうかとあれこれ考えてしまう。一方的に自分の話をして、真緒が時折手話や電子メモで返してくる、というキャッチボールを続けた。
『手話、だいぶ覚えられたんですね』
メモを見せられ、
「え、そうかな?」
きょとんとしてしまった。自分ではまだまだだと思っている。以前よりは使えるようにはなったとは思うが、スムーズな会話は全然だと思っている。指文字を覚えたおかげで、わからない単語は、文字を一つずつ並べた会話をしている。
だが、真緒はそれを「上達」と思ってくれているのだろう。
「倉橋さんのおかげ……っていうか、倉橋さんと話したいし」
『えっ……』
「あ、ほら、みんな積極的に話してるのに、俺だけ遅れを取ってたからさ、追いつきたいっていうか……その」
身体が熱かった。
なんでこんなに必死になってるんだ、と思うが、必死にならざるを得ないのだ。
『ありがとうございます』
「いや、礼を言われるようなことは……ないんだけど」
邪な気持ちや罪滅ぼしの感情で、自分も手話を学び始めたのだから。
食事を終え、車で真緒を送っていく時間になってしまった。
(結局なんも言えてない……)
助手席に真緒が乗り込んだあと、ルームライトを点け、創平は後部座席に置いていた紙袋を取り出して、彼女に渡した。
「これ、バレンタインのお返し」
『えっ、十四日にいただきましたよ?』
「あ、うん、それは表向き。これは、倉橋さんが別にくれた分に対してのお返し」
真緒はそっとそれを受け取り、
『そんな……ありがとうございます』
はにかみながら礼を伝えてきた。
山岡の妻・里佳子の見立てで「マカロン」を贈ることにした。カラフルで可愛いマカロンのセットだ。気に入ってくれるといいが、不安でもあった。
『わ、マカロンですか』
「う、うん、マカロン」
紙袋を覗き込み、それがマカロンだとすぐわかったようだ。それもそのはずだ、ラッピングで覆われているわけではなく、透明で中身がわかるラッピングになっていたからだ。
『可愛い。嬉しいです』
「嬉しい? そう言ってもらえて、よかった……』
社交辞令ではないだろう、真緒の顔を見てそう感じた。
(言うか……言わないでおくか……)
創平はルームライトを消した。
「あの、さ。帰る前に一つ、いいか?」
『はい』
真緒は頷いた。
(言え、言え、言うぞ……)
告白をしようと思ったが、勇気が出なかった。
静寂に包まれ、自分の心音がやけに響いた。
(今までどうやって伝えてたっけ……どうやって、つきあい始めたっけ)
恋愛の仕方がわからなかった。
(そもそも告白したこと、なかった)
すう、と息を吸い、口を開く。
「倉橋さん……付き合って」
暗がりの中でも、真緒の瞳がどこなのかはわかる。まっすぐに見つめ、そう伝えた。
しばらく沈黙は続いた。
『はい、いいですよ。どこへ行きたいんでしょうか? でも今日は帰らないといけないので、日を改めてに……』
真緒はにこりと笑ったあと、申し訳なさそうな表情になった。
「……」
あっさりとした返事に、創平は一瞬言葉に詰まり、真緒が自分の意図した質問を理解していないことに気づいた。
「今日はこれで送る。……そうじゃなくて、あ、いや、うん、また食事に付き合ってほしいとは思ってるけど、そういうことじゃなくて……」
焦る自分に、真緒は首を傾げている。
「付き合って、っていうのは……俺の、彼女になってほしい、ってこと、なんだけど……」
『……!?』
真緒は目を丸くさせ、まじまじを創平を見返してきた。
「どの口が言うんだって思ってると思う。倉橋さんに散々ひどいこと言ってきたのに、こんなこと言える人間じゃないって、自分でもわかってる」
もう、ストレートに気持ちを打ち明けるしかないと思った。
「俺、倉橋さんのことが好きになってたみたいで」
『…………』
「考えてから、返事、ください……」
尻すぼみに伝え、前に向き直った。
『あの……』
真緒が何か言おうとするのも気づかず、創平はエンジンをかけた。
「あ、エンジンかけてないのに寒かったよな!? ごめんな」
自分の身体は熱く火照っているので気づいていなかったが、三月の半ばでもまだまだ寒いのだ。夜ともなれば、暖が欲しくなる。真緒の身体を冷やしてしまったのでは、と不安になり横目で見やった。彼女は俯きながらシートベルトを締めた。
無言の帰り道は気まずかった。
「俺、性格悪いし、頭も悪いし。顔も普通で何の特技もないし。正直、全然いいとこ無しなんだよね」
『そんなこと……ないです……』
真緒が手話で何か言うのが視界に入ったが、前を見ている創平にはわからなかった。
「山岡みたいに、優しくて、顔もいいほうが、女子にはいいんだろうけど」
『そんなこと……』
今言うんじゃなかった、と激しく後悔した。
(気まずい……)
別れ際に言えばよかったな、と運転をしながら思った。
考えてから返事ください、なんて顔を見なくなる前に言うべき台詞だった。今、きっと真緒はどうしようかと考えているに違いない。
真緒を自宅前まで送り、無事に送り届ける使命を果たすと、
「今日はありがとう。それじゃ、また月曜日に……」
気まずさが勝ってしまい、素っ気ない言い方をしてしまった。
『こちらこそ、ありがとうございました』
「じゃあ、これで」
真緒に見送られるの感じながら、創平は車を急いで走らせた。
会社で、ほかの男性陣と同じように「義理」に対して、表向きのお返しは渡した。
しかし、特別なもののほうのお返しは、ここで渡すわけにはいかなかった。帰りに自分のアパートに呼び出すのも警戒されるかもしれないし、と考えた結果だ。
《付き合ってくれないかな、食事に》
金曜日の帰りに食事に誘うと真緒は承諾してくれた。食事と言っても、気の利いた店ではなく、庶民の洋食店だ。二人とも酒は飲まないし、真緒を遅くまで連れ回すわけにはいかないので、晩ご飯を食べる、程度だ。
食事をしながら、いつ切り出そうか、どう言おうかとあれこれ考えてしまう。一方的に自分の話をして、真緒が時折手話や電子メモで返してくる、というキャッチボールを続けた。
『手話、だいぶ覚えられたんですね』
メモを見せられ、
「え、そうかな?」
きょとんとしてしまった。自分ではまだまだだと思っている。以前よりは使えるようにはなったとは思うが、スムーズな会話は全然だと思っている。指文字を覚えたおかげで、わからない単語は、文字を一つずつ並べた会話をしている。
だが、真緒はそれを「上達」と思ってくれているのだろう。
「倉橋さんのおかげ……っていうか、倉橋さんと話したいし」
『えっ……』
「あ、ほら、みんな積極的に話してるのに、俺だけ遅れを取ってたからさ、追いつきたいっていうか……その」
身体が熱かった。
なんでこんなに必死になってるんだ、と思うが、必死にならざるを得ないのだ。
『ありがとうございます』
「いや、礼を言われるようなことは……ないんだけど」
邪な気持ちや罪滅ぼしの感情で、自分も手話を学び始めたのだから。
食事を終え、車で真緒を送っていく時間になってしまった。
(結局なんも言えてない……)
助手席に真緒が乗り込んだあと、ルームライトを点け、創平は後部座席に置いていた紙袋を取り出して、彼女に渡した。
「これ、バレンタインのお返し」
『えっ、十四日にいただきましたよ?』
「あ、うん、それは表向き。これは、倉橋さんが別にくれた分に対してのお返し」
真緒はそっとそれを受け取り、
『そんな……ありがとうございます』
はにかみながら礼を伝えてきた。
山岡の妻・里佳子の見立てで「マカロン」を贈ることにした。カラフルで可愛いマカロンのセットだ。気に入ってくれるといいが、不安でもあった。
『わ、マカロンですか』
「う、うん、マカロン」
紙袋を覗き込み、それがマカロンだとすぐわかったようだ。それもそのはずだ、ラッピングで覆われているわけではなく、透明で中身がわかるラッピングになっていたからだ。
『可愛い。嬉しいです』
「嬉しい? そう言ってもらえて、よかった……』
社交辞令ではないだろう、真緒の顔を見てそう感じた。
(言うか……言わないでおくか……)
創平はルームライトを消した。
「あの、さ。帰る前に一つ、いいか?」
『はい』
真緒は頷いた。
(言え、言え、言うぞ……)
告白をしようと思ったが、勇気が出なかった。
静寂に包まれ、自分の心音がやけに響いた。
(今までどうやって伝えてたっけ……どうやって、つきあい始めたっけ)
恋愛の仕方がわからなかった。
(そもそも告白したこと、なかった)
すう、と息を吸い、口を開く。
「倉橋さん……付き合って」
暗がりの中でも、真緒の瞳がどこなのかはわかる。まっすぐに見つめ、そう伝えた。
しばらく沈黙は続いた。
『はい、いいですよ。どこへ行きたいんでしょうか? でも今日は帰らないといけないので、日を改めてに……』
真緒はにこりと笑ったあと、申し訳なさそうな表情になった。
「……」
あっさりとした返事に、創平は一瞬言葉に詰まり、真緒が自分の意図した質問を理解していないことに気づいた。
「今日はこれで送る。……そうじゃなくて、あ、いや、うん、また食事に付き合ってほしいとは思ってるけど、そういうことじゃなくて……」
焦る自分に、真緒は首を傾げている。
「付き合って、っていうのは……俺の、彼女になってほしい、ってこと、なんだけど……」
『……!?』
真緒は目を丸くさせ、まじまじを創平を見返してきた。
「どの口が言うんだって思ってると思う。倉橋さんに散々ひどいこと言ってきたのに、こんなこと言える人間じゃないって、自分でもわかってる」
もう、ストレートに気持ちを打ち明けるしかないと思った。
「俺、倉橋さんのことが好きになってたみたいで」
『…………』
「考えてから、返事、ください……」
尻すぼみに伝え、前に向き直った。
『あの……』
真緒が何か言おうとするのも気づかず、創平はエンジンをかけた。
「あ、エンジンかけてないのに寒かったよな!? ごめんな」
自分の身体は熱く火照っているので気づいていなかったが、三月の半ばでもまだまだ寒いのだ。夜ともなれば、暖が欲しくなる。真緒の身体を冷やしてしまったのでは、と不安になり横目で見やった。彼女は俯きながらシートベルトを締めた。
無言の帰り道は気まずかった。
「俺、性格悪いし、頭も悪いし。顔も普通で何の特技もないし。正直、全然いいとこ無しなんだよね」
『そんなこと……ないです……』
真緒が手話で何か言うのが視界に入ったが、前を見ている創平にはわからなかった。
「山岡みたいに、優しくて、顔もいいほうが、女子にはいいんだろうけど」
『そんなこと……』
今言うんじゃなかった、と激しく後悔した。
(気まずい……)
別れ際に言えばよかったな、と運転をしながら思った。
考えてから返事ください、なんて顔を見なくなる前に言うべき台詞だった。今、きっと真緒はどうしようかと考えているに違いない。
真緒を自宅前まで送り、無事に送り届ける使命を果たすと、
「今日はありがとう。それじゃ、また月曜日に……」
気まずさが勝ってしまい、素っ気ない言い方をしてしまった。
『こちらこそ、ありがとうございました』
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