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ペットボトルの境界線
1.ペットボトルの境界線
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放課後の教室。オレンジ色の西日が、埃をキラキラと躍らせながら机に並んでいる。
数学のテスト直しのために居残っているのは、学年1位の秀才・蓮と、おっとりした性格の真衣の二人きりだった。
「……ここ、公式が逆」
「あ、本当だ。ありがとう、蓮くん」
蓮はいつも通りクールな表情で、真衣のノートを指差す。真衣は「うう、難しい……」と頭を抱えながら、喉の渇きを覚えて、机の端に置いていたペットボトルのお茶を手にとった。
数口飲んで、それを二人の机の境界線あたりに置く。
すると、問題を解く手が止まっていた蓮が、ふと顔を上げた。
「……真衣。それ、一口もらっていいか?」
「えっ」
真衣は固まった。
蓮は普段、他人の持ち物にあまり関心を示さないタイプだ。そんな彼が、よりによって「飲み物」を欲しがるなんて。
「あ、うん……いいけど(あ、でもこれ、私が今さっき飲んだばっかり……!)」
真衣の頭の中で『間接キス』という四文字が爆発する。顔が急激に熱くなり、視線が泳ぐ。
その一瞬の「間」を、蓮は別の意味で捉えてしまった。
「……悪い。嫌だったよな。気にしないでくれ」
蓮の眉間がわずかに動く。彼はサッと視線をノートに戻したが、ペンを握る手に少しだけ力が入っている。
彼は真衣に拒絶されたと思い、ひどくショックを受けていた。でも、クールな優等生のプライドがそれを隠そうとする。
「あ、違うの、そうじゃなくて!」
「いい。……これで飲むから」
蓮は無表情を装ったままペットボトルを手に取ると、キャップを外し、そこへトクトクとお茶を注ぎ始めた。
直接口をつけない。それは、彼なりの「配慮」であり、傷ついた心の「壁」だった。
(……そんなの、余計に距離を感じちゃう!)
キャップに注がれたお茶を見つめながら、真衣の胸が締め付けられる。彼に「潔癖症だと思われた」とか「嫌っていると思われた」なんて耐えられなかった。
「……待って!」
真衣は立ち上がり、思わず蓮の手首を掴んでいた。
「キャップじゃなくて、……直(じか)でいいよ! 全然、汚くないし!」
静かな教室に、真衣の叫びが響いた。
言った瞬間、真衣は自分の言葉の意味を理解して、真っ白になった。
自分から「直接口をつけて」と言い放つ。それは、実質的に「私と間接キスしてもいいよ」と許可を出したようなものだ。
「……っ、あ、今の、変な意味じゃなくて! その、」
顔を真っ赤にして、茹で上がったタコのように俯く真衣。
そんな彼女を、蓮は呆気に取られたように見つめていた。やがて、彼は外していたキャップをゆっくりと机に置く。
「……真衣」
「は、はい」
「おまえがそう言うなら、遠慮しないけど。……後で『やっぱり嫌だった』とか、絶対言うなよ」
そう言う蓮の声は、さっきまでのクールなものとは違い、どこか熱を含んで低く震えていた。
彼は真衣から視線を外さぬまま、彼女が口をつけていた場所をなぞるようにして、ゆっくりとボトルを傾けた。
喉が動く。真衣は、自分の心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うほど、激しく脈打つのを感じていた。
飲み終えた蓮が、少しだけ濡れた唇を指で拭う。
「……真衣」
「ひゃい!」
「これ……お茶の味、全然しないんだけど。……どうしてくれる」
蓮の視線は、真衣の真っ赤な唇に固定されていた。
境界線は、もうとっくに消えていた。
数学のテスト直しのために居残っているのは、学年1位の秀才・蓮と、おっとりした性格の真衣の二人きりだった。
「……ここ、公式が逆」
「あ、本当だ。ありがとう、蓮くん」
蓮はいつも通りクールな表情で、真衣のノートを指差す。真衣は「うう、難しい……」と頭を抱えながら、喉の渇きを覚えて、机の端に置いていたペットボトルのお茶を手にとった。
数口飲んで、それを二人の机の境界線あたりに置く。
すると、問題を解く手が止まっていた蓮が、ふと顔を上げた。
「……真衣。それ、一口もらっていいか?」
「えっ」
真衣は固まった。
蓮は普段、他人の持ち物にあまり関心を示さないタイプだ。そんな彼が、よりによって「飲み物」を欲しがるなんて。
「あ、うん……いいけど(あ、でもこれ、私が今さっき飲んだばっかり……!)」
真衣の頭の中で『間接キス』という四文字が爆発する。顔が急激に熱くなり、視線が泳ぐ。
その一瞬の「間」を、蓮は別の意味で捉えてしまった。
「……悪い。嫌だったよな。気にしないでくれ」
蓮の眉間がわずかに動く。彼はサッと視線をノートに戻したが、ペンを握る手に少しだけ力が入っている。
彼は真衣に拒絶されたと思い、ひどくショックを受けていた。でも、クールな優等生のプライドがそれを隠そうとする。
「あ、違うの、そうじゃなくて!」
「いい。……これで飲むから」
蓮は無表情を装ったままペットボトルを手に取ると、キャップを外し、そこへトクトクとお茶を注ぎ始めた。
直接口をつけない。それは、彼なりの「配慮」であり、傷ついた心の「壁」だった。
(……そんなの、余計に距離を感じちゃう!)
キャップに注がれたお茶を見つめながら、真衣の胸が締め付けられる。彼に「潔癖症だと思われた」とか「嫌っていると思われた」なんて耐えられなかった。
「……待って!」
真衣は立ち上がり、思わず蓮の手首を掴んでいた。
「キャップじゃなくて、……直(じか)でいいよ! 全然、汚くないし!」
静かな教室に、真衣の叫びが響いた。
言った瞬間、真衣は自分の言葉の意味を理解して、真っ白になった。
自分から「直接口をつけて」と言い放つ。それは、実質的に「私と間接キスしてもいいよ」と許可を出したようなものだ。
「……っ、あ、今の、変な意味じゃなくて! その、」
顔を真っ赤にして、茹で上がったタコのように俯く真衣。
そんな彼女を、蓮は呆気に取られたように見つめていた。やがて、彼は外していたキャップをゆっくりと机に置く。
「……真衣」
「は、はい」
「おまえがそう言うなら、遠慮しないけど。……後で『やっぱり嫌だった』とか、絶対言うなよ」
そう言う蓮の声は、さっきまでのクールなものとは違い、どこか熱を含んで低く震えていた。
彼は真衣から視線を外さぬまま、彼女が口をつけていた場所をなぞるようにして、ゆっくりとボトルを傾けた。
喉が動く。真衣は、自分の心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うほど、激しく脈打つのを感じていた。
飲み終えた蓮が、少しだけ濡れた唇を指で拭う。
「……真衣」
「ひゃい!」
「これ……お茶の味、全然しないんだけど。……どうしてくれる」
蓮の視線は、真衣の真っ赤な唇に固定されていた。
境界線は、もうとっくに消えていた。
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