星恋月夜(ほしこいづくよ)

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10.土産

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 夏期休暇中に大学へ行き、図書館で本を漁っている時だった。スマホがふるえ、画面を見ると、そこに「春名」という名前が表示された。
 着信だ。
 久しぶりの名前に、祐輔はドキリとした。
「もしもし、鈴木です」
『春名です。久しぶりだね』
「そうですね……」
『ちょっと、会えないかな』
 春名からの誘いに、祐輔は躊躇したが、
「いいですよ」
 と答えた。
『今日の夕方は?』
「あー……」
『何かあるの?』
「夕方まではバイトが入ってまして」
『家庭教師の?』
「いえ、飲食店の裏方なんですけど、今日のシフトは午後の四時間」
 祐輔はバイトを掛け持ちしていた。夏休みは家庭教師の件数も増えるが、時間はあるので他の短期バイトも始めていた。
 実家に帰らないので、勉強や天体観測をする以外はバイトをするのだ。
『じゃあ、夕方アパートに行くよ』
「わかりました。六時くらいまでには戻れると思います」



 アパートに戻る途中、春名に出会した。
 夕方とはいえ、まだ日が高くて暑い中、彼女は日傘を差して歩いていた。
「春名さん!」
 彼女が振り返り、祐輔の姿を見て立ち止まった。
 嬉しそうに笑ったように見えたが、祐輔の見間違いかもしれないが。
「お疲れさま」
「お、お疲れ様です……」
 久しぶりに会ったのに、何事もなかったかのような挨拶だ。
 胸がチクリと痛んだ気がした。
 二人は祐輔のアパートに行き、部屋に上がった。もわりとする暑い空気に、息苦しくなったが、窓を開けて換気をしながらエアコンを入れた。
「今日は一体……?」
 いつもの麦茶を出しながら、祐輔は尋ねた。
 きちんと事前に連絡をしてくるなんて初めてのことだったからだ。
 今日は何を言われるのだろう、と息をのむ。
「お土産、渡そうと思って」
 春名はバッグから、何やら取り出した。
「お土産?」
 帰省していたのかな、と祐輔は思い、春名の差し出したものを受け取る。
「南十字星、見たいなって思って」
「えっ?」
 南十字星が見える場所のは、国内では沖縄の一部離島だ。また南半球の一部の国で、また主として寒い時期に見える星だ。
(今……見えるところと言ったら……)
「結局見えなかったんだけど」
 沖縄の波照間島に、友人と出かけたらしい。
(うわ……貧乏学生には出来ないよ……)
 と卑屈なことを思ったが、春名が、
「写真撮れたら送ろうと思ったのに、駄目だった」
 と心底残念そうな顔をしていたので、卑屈な台詞を口にすることはできなかった。
 以前星を見た時に、南十字星の話をしたことがあり、いつか見てみたいと言ったのを彼女は覚えていたのだろう。気に留めるようなものでもないと思っていた。
(だから……連絡来なかったのか……)
「友達に誘われて出掛けたけど、天気も良くなくて、星は全然だし、海でも泳げなかったし」
「海……」
 ぽわん、と春名の水着姿を一瞬想像して、すぐにかき消した。
(なんで春名さんの……)
 背が高いわけでも低いわけでもないし、手足が長いとか、特段彼女に対して驚いたことはない。顔は、彼女は他の女子よりはまあいいとは思う祐輔だ。見えないところ……例えば胸が大きいとか腰が細いとか……そういう情報は見ただけではわからないし、見る機会もないし、自分が想像する必要も無いものだ。
(くっ……邪念!)
 一人で百面相をする祐輔を見上げ、
「どうしかした?」
 春名はきょとんとする。
「あ、いえ、何でも」
「あーっ、まさか海で泳ぐって聞いて、わたしの水着姿でも想像した?」
「しっ……してませんよ!」
 まさか的中させられるとは思わず、祐輔は動揺してしまった。
「あれれ? なになに、見たかった?」
「ちちちち違いますよ! 何変なこと言ってるんですかっ」
「見たいなら見せてあげようか? 海かプール、一緒に行く?」
「みみみみ見たくありません!」
「見たくないって失礼ね。ほんとに見たくない?」
「友達と行けばいいじゃないですかっ。生憎僕は興味ないんでっ」
「興味ない? 海に? わたしに?」
「……ど、どっちにもです!」
「見たいなら見せてあげるのにな」
「もうっ下品なことはやめてください!」
 下品かなあ、と春名が呟くのが聞こえた。
「わたしだって、水着を見せたくない人と、見せてもいい人見せたい人、いるんだけどな」
「え……?」
 ぼそぼそと言う春名の言葉が、やけにひっかかった。
「あ、それより」
 だが彼女はすぐに祐輔を見上げ、
「はい、おみやげ」
 とバッグのなかからビニール袋を取り出した。
 中にはさほど大きくない箱菓子が入っているらしかった。紫色のパッケージが目に飛び込んでくる。
「沖縄のお土産ね。お菓子なら、食べられるかなって思って」
「あ……ありがとう、ございます……」
「空港で買ったお土産だから、万人受けするものだと思うし。食べられないものなら、誰かにあげてもいいから」
「いえ、僕がいただきます」
「うん、おまかせ」
「あの、ありがとうございます。僕なんかに……」
 春名は眉を顰めた。
「いつもわたしの我が儘に付き合ってもらってるし」
「……自覚あるんですね」
「殴られたい?」
 春名が拳を振り上げるのを見て、思わず顔を背けてしまった。
「……っ」
 祐輔が目を瞑ったのを見て、
「もう……あんなことはしないから」
 彼女は俯いて言った。
「わ、わかってます……ちょっとびっくりしただけで」
 引っぱたかれた時のことを思い出し、少しびっくりしただけだ。
「ごめん、冗談でもやっちゃいけないよね」
「春名さんがそんなこともうしないってわかってますから」
「……うん、ごめん」
 俯いたままの春名に、
「あのっお土産、ありがとうございます。いただきますので」
 その場の空気を払拭するように言った。
「うん、ちょっとだけど」
 彼女が顔を上げた。
「いえ、お気持ちだけでも充分ですよ」
 素直に喜び、礼を述べると、春名も嬉しそうに笑った。
「あ、ねえ」
「はい?」
「眼鏡は?」
 そういえば、コンタクトになってから初めて会った前回は、酔った春名の介抱で忘れていた。
「思い切ってコンタクトに……しまして」
 そのことに触れられるのは初めてだ。
「そうなんだ」
 あなたに言われたからです、とは言わず、祐輔は何て言おうかと言葉を考えた。
 すると、
「やっぱそのほうがいいと思う」
 春名は大きく頷いた。
「前回、言いそびれたけど」
「そ、そうですか?」
「うん、前は髪と眼鏡とかぶってたよね。目のまわりがすっきりしたほうが、印象がすごくよくなったと思う」
 夏なので、髪は少し短めにカットしてもらっている。確かに眼鏡に髪が当たると邪魔ではあった。
「いいと思う」
「……よかったです」
「鈴木君、素材はいいんだし」
「素材……」
「ちょっと印象変わった気がする」
「はあ……」
「カッコ良くなったんじゃない?」
 えっ、と祐輔は素っ頓狂な声を上げた。
「カッコ良く……そんなわけないでしょ、眼鏡を外したくらいで……」
「真面目すぎってとっつきにくい雰囲気もあったけど、そのほうがウケはよさそうだよ」
「べ、別に……ウケを狙ったわけではないですし……」
「もう、鈴木君は自己肯定感低すぎだよ。ちょっとは自信持ちなってば」
「そんなつもりはないですけどね?」
「そう? そんなふうには思えないけど」
 あなたのように思ったまま行動することすら無理なのに、と内心で嘆息する祐輔だ。
 だが、
(春名さんが僕を褒めてる……のかな)
 自分のことを本当に良く言ってくれているのなら、純粋に嬉しいと思った。
「モテるかもねー」
「そんなことありませんから」
 その場でぎゃいぎゃい話をしたのち、春名と別れたのだった。

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