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9.再会
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夏期休暇に入った。
同級生の多くは、実家に帰ると言っていた。
一年生の間は、研究室に所属しているわけではないし、自由を謳歌すると言った同級生も多かった。
実家の手伝いをする、実家に帰ってバイトをする、車の免許を取る…友達の殆どは長い夏休みなので帰省するという。
祐輔は、バイトに精を出し、星見を続ける予定だった。
あの日から…春名には会っていなかった。
連絡すらない。
連絡が途絶えたのに急にやってきて、泣き喚いて姿を消して。
(なんなんだ……)
だからと言って、こちらから連絡する度胸も……やはり、ない。
どうして泣いていたのか、その後元気なのか、気にはかかるが自分が首を突っ込むことでもないと思ったのだ。
《もう実家に帰っちゃいましたか? 花火大会があるらしいですよ》
メッセージを打っては消し、また打っては消し……。
うっかり送信しそうになるが、すぐに消した。
《その後、いかがお過ごしですか。夏休みはバイトのためお盆にしか帰省しません。春名さんはどうですか?》
やっぱり消してしまう。
「こんなの、遠く離れた友達への手紙だよ」
気楽なメッセージが送れない。
《プラネタリウムの鑑賞チケットもらったんですけど、一緒に行きませんか》
「だめだ……」
消して、スマホをポケットにしまった。
もてあました二枚のチケットを、ぽんとテレビの横に置いた。
(一人で行くか……)
祐輔のアパートの駐車場も予想通り、がら空きだった。
殆どが同じ大学の学生ばかりのせいか、帰省している様子で車が少ない。
友人たちも帰省しているし、サークル活動も毎日あるわけではないし、バイトがない日は時間がある。
はっきり言って、暇だった。
恋人がいればまた違うんだろうな、とぼんやり思う。
(彼女……)
今までそんなに「彼女が欲しい」なんて思ったこともなかったけど。
(受験勉強と、星に夢中だったし)
大学に入って初めて彼女ができた、という友達が、今は心底羨ましく思えた。
別に暇つぶしのために、というわけじゃなくて、こんなふうに暇だと思っている時間でも、好きな子のことを考えて幸せに浸れるんだろうなと思うのだ。
(実際はどうなのかはわからないけどさ)
夏休みで帰省する間は会えないのが寂しいと惚気られた。
「彼女、かあ……」
祐輔の脳裏には、ぼんやりと春名の顔が浮かんだ。
初対面でいきなり頬を引っ叩かれ、望遠鏡を奪われ、かと思えば謝ったり、でも素直に謝らないし。眼鏡も直してくれたし、星にも興味を持っていたようだし。強引で我儘で、でも瞳をくるくるさせて話に聞き入っていた。怖い人かと思ったら、子供みたいに大泣きして……。とんでもなく気が強くて、負けん気が強くて、意地っ張りで、でも本当は素直な子。
ほんと、変な子だと思う。
春名、という名前しかわからない人。
「会いたいな……」
おっと、と祐輔は慌てて口に手を当てた。
(なんでこんなこと言ったんだ……)
よかった一人で、と思う。
それが自分の正直な気持ちだと気づいていないが、うっかり言葉に出してしまい、ぶんぶんと首を横に振った。
「得体の知れん人なんだけどな、なんかほっとけない」
胸の奥が疼いた。
***
夏期休暇を終え、ぼんやりとしながら後期が始まった。
相変わらず春名からの連絡はない。
(別にいいんだけどね……)
ほんの何回かしか会っていないというのに、どうして彼女のことが気になるんだろう。その理由に思い当たることはなかった。
「なあ鈴木、彼女欲しくない?」
親しい友人の宮川が唐突に言った。
「……別に」
「寂しいこと言うなよ」
「寂しいことかな」
「まさか彼女出来た?」
「出来てないよ」
「そうなの? なんか休み前くらいから雰囲気変わったし、彼女出来たのかなーと思ったりもした」
「気のせいだよ。コンタクトにしただけだ」
そっかそっか、と宮川は言う。
恋人が出来た別の友人のことを、羨ましいとしきりに言っている男子学生だ。
「だったらさ、合コン行こ」
「……は?」
「鈴木と知り合いになりたいって言う子もいるんだ」
どういうこと、と祐輔は首を傾げた。
かくして、祐輔は合コンという名の飲み会に参加していた。
二十歳になっていない祐輔は飲酒はしない。友人も同様だが、メンバーのなかには酒を飲んでいる者もいる。
同じ一年生なのだから、十八か十九だろうけれど、浪人しての入学なら二十歳の可能性もある。祐輔は敢えて黙っていた。
ふと視線を感じ、そちらに目をやると、髪の長い女の子が祐輔を見ていた。
目が合うと、彼女はにっこりと笑った。
祐輔の動きは停止する。
(え……あれって……美幸、さん……? に似てる)
いつだったか、とある人物に似た女性に遭遇するなと感じたことがあった。春名と出会った時、なぜか美幸のことを思い出したのだ。
一人一人自己紹介をし、その彼女が間違いなく「美幸」であることがはっきりしたのだった。
酒の場となると、席も当初と入れ替わり、祐輔はどうしたらいいのかわからなくなった。合コンも飲み会も初めてだったのだ。
「久しぶり」
隣の男子学生がトイレに行くと言って席を立つと、美幸がグラスを持ってそこに座った。
「びっくりした?」
「あ、はい、まさか美幸さんがここにいるなんて……」
「でしょー。あ、なんか鈴木君、雰囲気変わったね」
「そうですか……?」
そういう美幸のほうこそ、高校時代よりずっと綺麗に見えた。
一学年上の美幸は、高校時代も可愛いとは思っていたが、今は大学生らしいといえば大学生らしいし、大人の雰囲気をも醸していた。笑い方は変わらないが、艶めいて、あの頃は何とも思わなかったのに、今日久しぶりに会って少しどぎまぎしている自分がいた。
「眼鏡は?」
「ちょっと前にコンタクトにしました」
「そうなんだ? うん、そうだね、鈴木君はコンタクトのほうがいいと思うよ? 高校時代もさ、眼鏡が真面目な雰囲気出してた気がするし。眼鏡無いときは優しい顔立ちが全面に出るし」
「そうですか……」
「それに、綺麗な顔立ちしてるし」
にこにこと笑う美幸に、
「えっ、そんなこと言われたことないですけど!?」
と、祐輔は顔を歪めた。
お世辞でも言われたことのない言葉に、祐輔は心底驚いた。
美幸がこんなお世辞を言うとは思わなかった。
「そうなの? 随分格好良くなったよね」
「えー……美幸さん、何か企んでます?」
「企んでないよお」
彼女は、艶めかしく笑った。
(もしかして、僕に会ってみたいって言ったのは美幸さんなのかな……)
偶然かな、と祐輔はちらりと美幸を見た。
宮川は「鈴木に会いたいっていう人がいる」と言っていた。それでこの場に引っ張り出してきたのだろうから。
その後は美幸と昔話や他愛のない話をし、花を咲かせた。
「また会おうよ」
「ええ、是非」
祐輔は旧知の間柄の美幸への憧憬が再燃した。
同級生の多くは、実家に帰ると言っていた。
一年生の間は、研究室に所属しているわけではないし、自由を謳歌すると言った同級生も多かった。
実家の手伝いをする、実家に帰ってバイトをする、車の免許を取る…友達の殆どは長い夏休みなので帰省するという。
祐輔は、バイトに精を出し、星見を続ける予定だった。
あの日から…春名には会っていなかった。
連絡すらない。
連絡が途絶えたのに急にやってきて、泣き喚いて姿を消して。
(なんなんだ……)
だからと言って、こちらから連絡する度胸も……やはり、ない。
どうして泣いていたのか、その後元気なのか、気にはかかるが自分が首を突っ込むことでもないと思ったのだ。
《もう実家に帰っちゃいましたか? 花火大会があるらしいですよ》
メッセージを打っては消し、また打っては消し……。
うっかり送信しそうになるが、すぐに消した。
《その後、いかがお過ごしですか。夏休みはバイトのためお盆にしか帰省しません。春名さんはどうですか?》
やっぱり消してしまう。
「こんなの、遠く離れた友達への手紙だよ」
気楽なメッセージが送れない。
《プラネタリウムの鑑賞チケットもらったんですけど、一緒に行きませんか》
「だめだ……」
消して、スマホをポケットにしまった。
もてあました二枚のチケットを、ぽんとテレビの横に置いた。
(一人で行くか……)
祐輔のアパートの駐車場も予想通り、がら空きだった。
殆どが同じ大学の学生ばかりのせいか、帰省している様子で車が少ない。
友人たちも帰省しているし、サークル活動も毎日あるわけではないし、バイトがない日は時間がある。
はっきり言って、暇だった。
恋人がいればまた違うんだろうな、とぼんやり思う。
(彼女……)
今までそんなに「彼女が欲しい」なんて思ったこともなかったけど。
(受験勉強と、星に夢中だったし)
大学に入って初めて彼女ができた、という友達が、今は心底羨ましく思えた。
別に暇つぶしのために、というわけじゃなくて、こんなふうに暇だと思っている時間でも、好きな子のことを考えて幸せに浸れるんだろうなと思うのだ。
(実際はどうなのかはわからないけどさ)
夏休みで帰省する間は会えないのが寂しいと惚気られた。
「彼女、かあ……」
祐輔の脳裏には、ぼんやりと春名の顔が浮かんだ。
初対面でいきなり頬を引っ叩かれ、望遠鏡を奪われ、かと思えば謝ったり、でも素直に謝らないし。眼鏡も直してくれたし、星にも興味を持っていたようだし。強引で我儘で、でも瞳をくるくるさせて話に聞き入っていた。怖い人かと思ったら、子供みたいに大泣きして……。とんでもなく気が強くて、負けん気が強くて、意地っ張りで、でも本当は素直な子。
ほんと、変な子だと思う。
春名、という名前しかわからない人。
「会いたいな……」
おっと、と祐輔は慌てて口に手を当てた。
(なんでこんなこと言ったんだ……)
よかった一人で、と思う。
それが自分の正直な気持ちだと気づいていないが、うっかり言葉に出してしまい、ぶんぶんと首を横に振った。
「得体の知れん人なんだけどな、なんかほっとけない」
胸の奥が疼いた。
***
夏期休暇を終え、ぼんやりとしながら後期が始まった。
相変わらず春名からの連絡はない。
(別にいいんだけどね……)
ほんの何回かしか会っていないというのに、どうして彼女のことが気になるんだろう。その理由に思い当たることはなかった。
「なあ鈴木、彼女欲しくない?」
親しい友人の宮川が唐突に言った。
「……別に」
「寂しいこと言うなよ」
「寂しいことかな」
「まさか彼女出来た?」
「出来てないよ」
「そうなの? なんか休み前くらいから雰囲気変わったし、彼女出来たのかなーと思ったりもした」
「気のせいだよ。コンタクトにしただけだ」
そっかそっか、と宮川は言う。
恋人が出来た別の友人のことを、羨ましいとしきりに言っている男子学生だ。
「だったらさ、合コン行こ」
「……は?」
「鈴木と知り合いになりたいって言う子もいるんだ」
どういうこと、と祐輔は首を傾げた。
かくして、祐輔は合コンという名の飲み会に参加していた。
二十歳になっていない祐輔は飲酒はしない。友人も同様だが、メンバーのなかには酒を飲んでいる者もいる。
同じ一年生なのだから、十八か十九だろうけれど、浪人しての入学なら二十歳の可能性もある。祐輔は敢えて黙っていた。
ふと視線を感じ、そちらに目をやると、髪の長い女の子が祐輔を見ていた。
目が合うと、彼女はにっこりと笑った。
祐輔の動きは停止する。
(え……あれって……美幸、さん……? に似てる)
いつだったか、とある人物に似た女性に遭遇するなと感じたことがあった。春名と出会った時、なぜか美幸のことを思い出したのだ。
一人一人自己紹介をし、その彼女が間違いなく「美幸」であることがはっきりしたのだった。
酒の場となると、席も当初と入れ替わり、祐輔はどうしたらいいのかわからなくなった。合コンも飲み会も初めてだったのだ。
「久しぶり」
隣の男子学生がトイレに行くと言って席を立つと、美幸がグラスを持ってそこに座った。
「びっくりした?」
「あ、はい、まさか美幸さんがここにいるなんて……」
「でしょー。あ、なんか鈴木君、雰囲気変わったね」
「そうですか……?」
そういう美幸のほうこそ、高校時代よりずっと綺麗に見えた。
一学年上の美幸は、高校時代も可愛いとは思っていたが、今は大学生らしいといえば大学生らしいし、大人の雰囲気をも醸していた。笑い方は変わらないが、艶めいて、あの頃は何とも思わなかったのに、今日久しぶりに会って少しどぎまぎしている自分がいた。
「眼鏡は?」
「ちょっと前にコンタクトにしました」
「そうなんだ? うん、そうだね、鈴木君はコンタクトのほうがいいと思うよ? 高校時代もさ、眼鏡が真面目な雰囲気出してた気がするし。眼鏡無いときは優しい顔立ちが全面に出るし」
「そうですか……」
「それに、綺麗な顔立ちしてるし」
にこにこと笑う美幸に、
「えっ、そんなこと言われたことないですけど!?」
と、祐輔は顔を歪めた。
お世辞でも言われたことのない言葉に、祐輔は心底驚いた。
美幸がこんなお世辞を言うとは思わなかった。
「そうなの? 随分格好良くなったよね」
「えー……美幸さん、何か企んでます?」
「企んでないよお」
彼女は、艶めかしく笑った。
(もしかして、僕に会ってみたいって言ったのは美幸さんなのかな……)
偶然かな、と祐輔はちらりと美幸を見た。
宮川は「鈴木に会いたいっていう人がいる」と言っていた。それでこの場に引っ張り出してきたのだろうから。
その後は美幸と昔話や他愛のない話をし、花を咲かせた。
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