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第一章
10 古傷
しおりを挟む『儂の話は終わりじゃ。さて、お主さんのお話を聞かせてもらえんかのぅ』
うっ…とうとう来てしまったか。ついに来てしまった僕の話の番。フサフサの毛に覆われているのに、背中が冷たく指先が冷えてくる。
ちらっと村長さんを見れば、村長さんは目をキラキラしたまま、中々話さない僕を不思議に思って少し顔を傾げている。
その姿はモロに心へ直撃する可愛さだけど、それに楽しんでいる心の余裕が今の僕には無かった。
『え、えっと…』
何か言わなきゃいけない状況、取り敢えず口を開くけど言葉はやはり続かない。
僕の思考は高速で回転してるけど、状況打開策は全く思いつかない。
村長さんのお話しは面白かった。仲間との冒険の話、動物達との様々なスカウト手段。それに仲間からの聞いた物語。恐らく村長さんはそういう面白い話を望んでいる。
まずは村長さんに僕の話を楽しんで貰えるように、聞いて損だと思われない話を前提に、それじゃあ……
仕方ない、取り敢えず得意な作り話でも。
そう考えかけて、自分の浅はかさに気付いて自分を叱責する。なんて僕は馬鹿なんだ。学習能力が無いのか。
でも…魔物だってバレたらどうなるか分からない。
ここまで優しくして貰った村長さんやイテスに嫌われたくない。騙したなんて思われたくない。
実際アルラモルモに成りすまして騙していたことに変わりないし、自分の事すら危険かどうかも分かってないくせに彼等の陣地に足を踏み入れて彼等を危険な目に遭わせている事に変わりない。
人に嫌われる事が何よりも怖くて恐ろしい。
それは僕の心の弱さだってことは分かってる。
だけど、怖い。
どうしようもなく怖い。
村長さんとイテス、アルラモルモや動物達の愛らしい姿が、今は僕を憎む恐ろしいモノに見えてきた。
一度思ってしまったら止まらない。
まただ、また「これ」だ。
自分の都合が悪くなると見える僕の「これ」。
目の前が真っ暗なって、視界が狭くなって、「あの人」が僕の 前に 現れて それで
走馬灯のように 昔の僕の記憶が あの時のように。
ーーーーで、ーーでごめんなさい。
いつもの ように あなた のために ために
言葉を 「つむぐ」 だけ。
黒い、黒い鼠モドキの形をした得体の知れない生き物から、只でさえ暗い瞳から光が消え失せる。
全ては誰かの為に、誰かの望むままに、何もかもをその場に合わせてその人の為の都合の良い話をする為に笑顔で言葉を発しようと口を開き
『ーーーよ、クロよ、どうしたんじゃ、具合が悪いのかの』
村長さんの心配の滲む声が、見失いかけていた僕の意思を優しく起こすように波紋を打ち、何かを言おうとしていた僕の開きかけの口は無意識に閉じた。
その波が心の奥底に広がり、僕は そこ から戻って来た事を自覚した瞬間、ハッと勢いよく顔を上げた。
『すみません。ぼーっとしてました』
『大丈夫じゃよ、長旅で儂らの知らぬ様々な思い出があるのじゃろぉ。話の内容をゆっくり考えて、教えておくれのぅ』
『あはは、すみません…』
慌てて謝って少し後悔した。このまま具合が悪いって事にしといて話をしないで済むことも出来たのに…。
でも村長さんのお陰で目が覚めた事に深く感謝する。
はは、と思わず自嘲的な笑みが表情に出そうになって抑えた。
異世界に来て人間じゃなくなったけど、それでも僕の本質は変わって無いなぁと思った。変わりたいってずっと思っていたのに。
言いたい事も言えないまま、都合の良い嘘を吐いて、隠して、苦しくなって、そして自分を見失って行く。
変わりたくて、変われなくて、既に遅い所まで来てしまって、そして…
あれ?それで 「あの時」 どうしたんだっけ? 「あの時」からの記憶が無い気がする…。やっぱり異世界に来る少し前が思い出せない。
だけど今はそんな事考えている時じゃ無い、と頭を振って村長さんと目を合わす。
村長さんは心配そうな顔で見つめくれた。
そうだよね、急に頭を振り出したらびっくりするもんね…。
『…僕は、僕は、村長さんに話せるような旅も、そして自分の事すらも言えないんです』
漸く覚悟を決めて振り絞った言葉は、村長さんからの期待を真っ向から否定し、疑心を呼ぶ言葉だった。
それでも嘘偽り無い、僕の素直な言葉だった。
出来るなら僕の事を聞かないで欲しいと思う。
『……』
村長さんは僕の告白にポカンとした後、ふむむぅと言って考え込んだ。
それを見て、何を言われても良いように覚悟をして目を伏せる。
村長さんは見ての通り優しいから、怪しい僕に対しても怪しいから出てけなんて言えないかもしれない。けど、疑われたまま此処で過ごすなんて図々しい事はしたくないし、優しくしてくれた村長さんに不安な思いを抱かせなくないからどちらにしろこの村には居られない。
そんな気持ちで俯く僕を、村長さんはちらちら見た後、顔を傾げて不思議そうに問う。
『…ふむ。じゃがのぅ、お主さんはどう見てもアルラモルモじゃろう?』
『?』
村長さんの問いの意図が分からなくて僕も首を傾げた後、
確かに今の時点ではステータスもアルラモルモそのものだけど…と取り敢えず頷く。
『儂らと同じ種族な時点で仲間じゃしの、自分の事を隠す必要もないはずじゃ。それにお主さんを見てる限り、悪事を働くようには思えんしのぅ。しかしお主さんは自分の事が言えんと言う』
村長さんの考察を聞いて、僕も再び考え込む。
村長さんや他のアルラモルモのステータスは殆どに差がなかった。攻撃スキルもないし、性格的にも臆病だけど働き者で賢く優しい人畜無害な種族。そして、僕も村長さん達には同じようなアルラモルモに見えている。
人畜無害…アルラモルモだと分かりにくいからモルモットに例えて考えよう。多分モルモットに一番近いだろうし。
もし僕が村長さんの立場とする。どう見ても自分と同じモルモットが目の前に現れて、「自分の事が言えない」と言ってきたら。
種族が人間だったら、何か犯罪歴とか秘密が…とか、聞いちゃいけない事があるのかなと思うはずだ。
だけどモルモットだ。
その子はモルモットだし、気弱で大人しい。そして同じモルモットだから秘密も能力も何も、高が知れている。それに、自分よりもずっと強い動物の仲間がそこには居るわけで。
考えて、あれ?と思った。つい人間感覚で話してしまったけど、そんなんだったら自分の事が言えないなんてわざわざ言う必要がないはずだ。
この場合、僕が思う事…いや村長さんが思う事は、と考えたところで村長さんが確信したように言った。
『つまりお主さんは言いたくても言えない、つまり記憶喪失か自分の素性を言えない呪いに掛かってるかのどっちかじゃのぅ』
んー、確かにと僕は納得すると同時にほっとした。
実際僕には異世界に来るまでの記憶が無いし、異世界の事なんて知りもしないから記憶喪失同然だ。
呪い、というのはよく分からないけど、魔法やら魔物があるこの世界だからあってもおかしくないとそれも納得する。
『お主さんはこの世界の常識的な事を知らぬようだから、素性を言えない呪いに掛かってるわけではないのじゃろう。それか恐らく記憶を奪う魔物か、忘却の魔法を喰らったか…どちらにしろ災難だったのぅ』
そう言って村長さんが僕に近づき、頭を優しくポンポンとする。
『ここに居ればもう安心じゃ。魔物に襲われることもないしのぅ』
村長さんのその言葉に、頭をポンポンするその優し過ぎるいたわり方に、僕の真っ黒くて大きな目から涙がポロリと溢れ落ちた。
ちょっと恥ずかしいけど、思ってた以上に異世界に来てから心細かったのかもしれない。
なんだか漸く安心出来た気がして。
本当に良かった。村長さんの頭ポンポンがやけに心地良くて身体の力を抜くと、そのまま気を失うように僕は寝てしまった。
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