『闇属性黒猫の異世界救出物語』〜魔物転生!?いや人間になりたい!

藤村ゆんた

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第一章 

ナーシア・ミュラ・クローゼル②

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記憶の中の景色を頼りに、長い煉瓦の壁のある道沿いを暫く歩いていた時でした。
突然、真っ直ぐ突き当たりの煉瓦の壁の向こうから大きな黒い影のようなモノが煉瓦を飛び越え、私の目の前に着地しました。

血のように真っ赤な瞳、筋肉が隆起するゴツゴツとした黒い体表、ズラリと並ぶ牙が見える恐ろしい形相、そして何より、殺気と狂気を孕んだ魔物特有の気配。

–––黒犬。

本来は、ユミフィトニアの市街地に現れない筈の恐ろしい魔物でした。

『魔犬ヘルハウンドの強化種。ヘルハウンドは通常、赤黒い体色を持つ危険度Fクラスのモンスター。単体では対して能力を持たず弱いが、徒党を組むことで魔力を共有し、危険度はCクラスを上回ることもある魔物。
そして、ヘルハウンドの強化種であるブラックヘルハウンドは、身体が黒く、その危険度は単体でCクラス以上になる。通称『黒犬』と恐れられている。
通常のヘルハウンドの個体にない黒い個体だけが持つ狂化、眷族化、支配化という能力は、恐ろしいことに、黒犬は狂化で周囲の魔物や動物の身体能力と攻撃力と戦意を爆発的に上げ、さらにそれを眷族化で操り、統率を取って襲いかかる驚異の魔物。
魔物の暴走スタンピートを誘発的に起こす魔物として危険度が高く、冒険者ギルドでは見かけたら王国騎士と協力して即刻討伐処分しなければならない––』

以前、授業で魔物の生物図鑑を読んだ時に書いてあった事を思い出し、私は震える足を鞭打つようにその場から駆け出す。

後ろから黒犬の『遠吠え』が聞こえ、『狂化』の作用で目が充血し、筋肉が膨張した近くの野良犬が唸り声とともに私を追いかける。
私はすぐに壁に追い込まれ、行き場をなくした。

黒犬が野良犬を従えて襲い掛かってくるのを、悲鳴とともに唱えたエアシールドでなんとか受け止めましたが、このまま黒犬に噛み殺されるのも時間の内と分かりました。
私の呪いの一つに、魔法スキル制限があるからです。

あれだけ魔法学で魔法を練習したのに、今の私は攻撃系の魔法をいくら唱えても魔法の発動する気配が感じられません。
魔物と戦闘する場合において、その制限は著しく発揮されると神官長様が仰られた事をたった今、身を以て感じました。
唯一発動出来ているエアシールドも、徐々に端から無くななっていく。焦りと恐怖から、私の意識はやがて混濁し始める。

…?私は何故一人で外にいるのでしょうか。いつもなら、お父様や護衛の騎士様が護って下さるのに。

どうしてこんな事態になっているのか、目の前の現実が信じられない。でも漸く今、曇っていた視界が晴れ、何かに気が付こうとしていた。

『お嬢様、お気を付けください。お嬢様は呪いによる因果で、近くにいる強力な魔物を強制的に引き寄せる体質でいらっしゃいます。外出される場合は、必ず護衛の方々の側からお離れにならないようにして下さい。約束できますか?』

忘れたつもりはなかったのに。
神官長様のお言葉を、私は忘れていたのでしょうか。

体当たりをする黒犬達から耐えながらも徐々に霞んでいくエアシールドを前に、私は恐怖で意識が遠のきそうになるのを必死に堪えた。
そしてついに、黒犬の体当たりを跳ね返したのを最後に、バリンッと音がしてエアシールドは消え去った。
消え行く光の粒を瞳に写し、破壊されたエアシールドを構築する時間は無いと悟る。

–––やっと、分かりました。
これも呪いによって導かれた運命なのですね。
私も、魔物も、お互いが引きつけられてしまった。結局、呪いには逆らえない。

お父様、皆様…ごめんなさい。

–––お母様、今そちらへ行きますね

次の瞬間に身に起こる事を想像して身を固した私ですが、黒犬はすぐに襲いかかってきませんでした。

私の目の前には、黒い小さな…猫、がいました。
尻尾がモコモコに膨らみ、毛を逆立てる黒猫。
私を背に、黒犬達と対峙するように向かい合っているようでした。
どうして?いつの間に?混乱したまま、私は小さな猫に向かって叫ぶ。

「逃げて!!」

私が叫ぶと同時に、黒犬が黒猫に向かって襲いかかりました。鋭い牙が幾つも並ぶ大きな口が、カブリと小さな黒猫の肩口に噛み付く。

「いやああああっ」

一噛みで黒猫の肩口から胴体は呆気なく潰され、黒犬の口が黒猫の身体に大きく沈むのを見て、私は悲鳴をあげました。

猫だからか…悲鳴一つあげられずに、黒犬の成すがままになる様子が、余りにも痛々しくて、可哀想で…。今のうちに逃げると言う選択すら考えられずに、黒猫の姿を見ていた。

「どうして私の前に来ちゃったの…私のせいで…」

黒犬が漸く噛み付くのを辞めて、黒猫から口を離して飛び退く。
あれだけ深く噛まれて、致命傷の筈なのに、黒猫はそれでもしっかりと4足で地面に立っていました。

黒猫は私にちらりと顔を向けると、黒犬達に向かってフーッと変わらずに威嚇する。先程噛み付かれたとは思えない勇敢さで、まるで『大丈夫』と言って、私を護ろうとしているように見えました。

何でこの子は逃げないの?どうして立ち向かうの?
一匹の猫が魔物に敵う筈がないのに、私は目の前の小さな騎士に不思議と頼もしさを感じていました。

黒猫は威嚇をしながら、一歩ずつ、ゆっくりと前に進む。

あぁ、駄目、近づいては駄目、と焦った私ですが、何故だか固まったように動かない黒犬達を見て不思議に思いました。

威嚇を強めながら黒犬の目の前に近づいた黒猫ですが、未だに黒犬は微動だにしていません。
そして黒猫がもう一歩進んだ時、黒犬が「キャウンッ」と子犬のように鳴き、野良犬達と共に一斉にその場から逃げ出して行きました。
その様子を見て黒猫は威嚇をやめ、ちょこんと地面に座り、尻尾をゆらゆらと揺らす。

私はたった今起こったことが信じられませんでした。奇跡としか言い得ません。
この小さな黒い猫さんは、お母様が私を守ろうと送ってくれたのでしょうか。
だって、小さなこの子が、大きな魔物を追い払ったなんて、こんなの信じられません。これは、きっとお母様への祈りが届いて起きた奇跡に違いありません。

『大丈夫よ、貴方は私が護るわ』

呪いで怯えていた私を、いつもそう言って安心させてくれたお母様。
私を護ろうとしてくれた目の前の小さな黒い猫が、お母様の面影と重なった。

私は思わず駆け出して、黒猫を抱き締めてしまいました。
はっとして、黒猫の噛まれたところを思われる場所を探しましたが、毛が真っ黒でよく見えません。手で確認しましたが、柔らかくサラサラした触り心地がするばかりで、結局怪我の場所が分かりませんでした。
この子はお母様が遣わした奇跡の子なので、きっと不思議な力で怪我を治してしまったのかもしれません。

(無事で、良かった。私を助けてくれて、ありがとう…ありがとう)

黒猫のフワフワした抱き心地がお母様に抱きしめられていた時のように懐かしく感じられて、私は子供の頃のように声を上げて泣きました。

***

それから私は命の恩人である(猫だから恩猫でしょうか?)黒猫をクローゼル家で一緒に住まう事をお父様にお願いしました。
お父様から反対されるのは承知の上でした。「黒」は魔物の象徴、汚らわしく不吉な色として認識されています。それは、黒い生き物が今まで強い魔物や魔族しか発見されてこなかったからです。

私は魔物や災いを引き寄せてしまう体質なので、お父様やビュラは「この黒猫が、魔物か災いを齎す存在だからこそ、ナーシアへ近づいたに違いない」と思ったようです。
私はお父様とビュラを説得するべく、初めて力強く自分の意見を主張しました。
生まれて初めてお父様の言う事を聞かずに我儘を言った気がします。

『どこからどう見ても、可愛らしい普通の猫に違いないではありませんか。何故、黒いだけで魔物になるのでしょう。それは黒い瞳や暗い肌を持つ方々の差別と変わらないのではありませんか? 私に抱かれて身動ぎ一つせず大人しくしているこの子の何処が危険に見えるのでしょうか』

それでも、お父様とビュラは怖いお顔をして反対します。

『ナーシア、私が外へ勝手に一人で行くなとあれ程に…外でナーシアに近寄る全ての生き物が魔物だったのを覚えていないのか?その中に襲うまでは可愛らしい見た目だったモノもいるだろう。黒い物全てが魔物とは限らないかも知れないが、私はナーシアに近寄る危険要素をなるべく排除したい。世間一般から見て不吉だと思われる物を、わざわざ娘の側に置かせる筈がないじゃないか。ナーシア、君は只でさえ危険を呼び寄せやすいのに…』

『お嬢様、御主人様の言う通りでございます。魔物は擬態して襲う狡猾なモノもおります。失礼ながら申しますが、ソレは今だけ大人しくしている可能性が高いかと』

私はそんなお二人に、この子が体を張って私を助けてくれた事を事細かくお伝えしました。お父様もビュラも、私のお話を信じられないというような表情します。

『やはり危険だ。その猫の形をした黒いモノは、幻や記憶改竄などの類の魔法を持っているのだろう』

『お嬢様、私の鑑定でもその不吉で汚らわしい存在の正体を突き止める事が出来ません。お嬢様の記憶が正しいとして、黒犬を追い払う力がある猫など普通の猫ではありません。危険です、私にお渡しください』

私が幻を見ていたなんて、そんなの有り得ません。
確かにこの子は普通の猫ではありません。何故なら、お母様が私を護るためにこの子を呼んでくれたのだから。

『この子は、お母様が私を護るために呼んでくれた守護獣なのです!証拠に、お母様が展開して下さった結界の中にこの子はなんの抵抗もなく入れたのですから』

『私に危害を与える存在を決して通さない』という制約が込められた結界を構築して下さったのは、私のお母様。私のお母様は、結界魔法に優れていました。屋敷を取り囲むこの結界は、幾度もその効果を発揮して、悪い感情を持った人や危険な存在を阻んで来ました。

お父様とビュラは口を閉ざし、困惑した表情になりました。

『…私はこの子に、お母様の面影を感じました』

ポツリと呟いた私の言葉に、お父様は目を少し大きくしました。
そして、小さく溜息を吐いて、『必ず目を離さず面倒を見なさい。もし部屋の外に一匹でいるのが分かったら、その時は処分させてもらう。他に何か悪さを仕出かしてもだ』と私に言った

私はこの子と一緒に住む事が出来るのがとても嬉しくて、許してもらえたお父様に心の底から感謝しました。
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