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第一章
ファニラ・マッドルニカ 閑話
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ファニラは、グローファントムを倒した後、グローファントムなどの精神干渉系のスキルを持つ魔物の新たな対策として、動物を使った研究を進めていた。
精神魔法を得意とする魔術師を雇い、《マインドブレイク》と似た系統の効果を与えると言われる、精神魔法《リメンバーグラッジ》を実験用動物達に掛けさせる。
《マインドブレイク》は、自身の憎悪を対象と同調させ感情を暴走させる魔法だが、術者自身の憎悪が深くなければ魔法は発動しても効果は与えられない。
《リメンバーグラッジ》は、対象の恨みの感情を一時的に極端に増幅させる事によって、対象に混乱と人格歪曲などの効果を与える魔法だ。この魔法は、対象者自身の過去感じた『憎しみ』や『怨恨』、『悪意』を増幅させた状態で思い起こさせるものなので、対象者の生い立ちによって効果は様々だ。だが、最低でも一時的に正常な判断力を失い、狂人化をもたらす。
人間の限界値を超える強制的な憎悪を植え付ける《マインドブレイク》と違い、《リメンバーグラッジ》はあくまでも対象者の記憶にある感情を一時的に増幅させるもの。その為、《マインドブレイク》より精神魔法レベルは低級だ。
「だけど、おかしいわ。あの黒猫は《マインドブレイク》を耐え切ったと言うのに…全滅じゃない」
力なくそう言い放つファニラ。
ガラスの向こうにいるあらゆる種類の猫や犬、馬、羊、それらの実験用動物達は狂ったように凶暴性を増して暴れ回っている。
「はぁ…せっかく新しい発見をしたと思ったのに…。実験は失敗か。…あの黒猫だけが精神耐性か何かを持っていたのかしら。まぁいいわ、次の実験を始めるわよ」
ファニラが指示を出すと、新しい実験用動物達がいるガラスケースの中に、一つのオルゴールが置かれた。
そのオルゴールのメロディを聴けば深い睡魔と共に深い悪夢へと導く効果があると言われる、通称《呪いのオルゴール》。呪われたアイテムの一つである。
オルゴールを聴いて眠った者に、トラウマという悪夢を延々と見せ続け、時間の経過と共に精神にダメージを蓄積させていくという代物で、悪夢から覚めるにはトラウマを克服して自力で目覚めるか、他人に起こしてもらうしかない。
グローファントムの《幻影の悪夢》と効果は似ているが、あくまでも睡眠時にしか現れない《悪夢》なので、その解除方法の容易さから見ても危険度は桁違いに低い。
オルゴールからメロディが鳴り始めると、途端にガラスケース内の全ての動物達は全身の力が抜けて死んだように眠る。
その様子を見て、ファニラは思わず顔を顰めた。
(なんだか殺処分の安楽死の実験をしているような光景ね。やってる事は安楽とは反対のものだけと)
すぐに気を取り直して、隣にいる《精神鑑定》のスキルを持つ研究員に動物達の事を聞く。
「どうですか?《マインドドレイン》の餌食にされないような精神が安定した実験体っています?」
「いえ。メロディを流してからそれ程経っていないのですが、既にどの個体もステージ4は超えています。ですが…それ以上、上がる様子もありません!」
その答えにファニラは多少ショックを受けつつ、オルゴールをすぐさま止めるよう指示した。
ちなみに、ここで言うステージとは、精神異常から精神崩壊までに至るまでの精神ダメージ度を段階的にレベル分けしたものである。
研究達は、口々に言い合う。
「この結果は意外です!メロディが流れても、私達人間なら通常、ステージ1から徐々に進行度が上がっていくのですが、動物だと一気にステージ4まで進行してから、あとは停滞しているかのように非常に進行が緩やかになっていくのですね」
「知能が低い動物などは、我々人間と違って本能に忠実な生き物、というのが関係しているのでしょうかな。動物の、感情と本能の関係は非常に複雑に結びつき合っているのでしょう。人間以外の動物や魔物心理学にも研究に力を入れるべきですね」
「ええ、そうですね。古来より、動物は本能に忠実だからこそ、我々よりも精神耐性があり、感情が少ない思われていました。ええ、しかしですが、《リメンバーグラッジ》の実験からしても、実は人間より自分の感情にとても素直なのかと思われます、ええ」
「ステージ4という、悪夢という形で心的外傷を呼び起こされ一定の精神ダメージを追いつつも、人間と違ってそれ以上進行度が加速しないのは、恐らく知能が低いということに帰結しますでしょう。人間は精神崩壊の手前に防衛機制が働きますが、動物は単に理解が追いつかないだけでしょう」
協力していた研究員達が「素晴らしい、新しい発見だ!」と実験結果を書き込み、論争して意見が白熱する中、ファニラはどうしても浮かない顔をしていた。
「それでも、ステージ4なら十分《マインドブレイク》の餌食にされてしまいますよね」
「そうですねぇ。グローファントムなどの精神攻撃系の魔物は、ターゲットを絞る標的型が多いですからねぇ。動物を囮にできるなら良いのですが、やはり精神耐性か付与アイテムがなければこの動物達を使う囮は難しいと思います」
「そうですか…」
「そうですねぇ。それも無しで素で《マインドブレイク》を受けて平然としている者は、『憎しみ』の感情が欠けているか、そもそも人格が破綻しているのでしょう」
「感情が欠けている…ですか。では《幻影の悪夢》に耐え切れる者は?」
「《幻影の悪夢》なら耐え切れる者は多いですね。あれは過去の負の記憶を掘り起こされるものですから、その負の記憶自体がなければなんてことないのですよ。赤ん坊とか記憶喪失の人とか、箱庭の御令嬢とかですね。本人にとって呼び起こされた記憶を反射的にどう感じるか次第ですね」
「そうなんですね…ありがとうございます」
「いえいえ、マッドルニカ教諭。こちらも実に興味深い実験でしたよ」
実験が終わったが、ファニラは結局あの黒猫が何故無事だったかを知ることが出来なかったのが心残りだった。
(大体…ただの猫じゃなくて黒い猫だものね。あの猫を魔物として、魔物で実験すべきだったのかしら。…いや、魔物は人間がいるのに魔物を優先して狙う筈がないし…囮として使えないのだから実験も無意味だわ。
あの黒猫が魔物だとしたら、何故私達より先に囮に?…そう言えば、グローファントムが現れた瞬間変なことが起きてたわね)
グローファントムが現れた場所は、ファニラとナーシアが丁度居た場所だった。その筈なのに、何故かファニラとナーシアは瞬間的にその場所から離れていたのだ。
そして、グローファントムが現れたと同時にいつの間にか鎖に捕まっている黒猫。
(ええ、そうね。今考えれば有り得ない状況だわ)
魔物が人間より魔物を優先して狙うことなど本来あり得ない。黒猫が魔物じゃないにしても、猫などの動物より人間を狙う確立の方が圧倒的に高い。魔物が好んで人間を襲うのは、人間の方が魔力が高く、レベルが上がるのに必要な経験値が豊富に手に入るからであった。魔物は魔物同士では経験値を手に入れる事ができない為、知能の高い魔物程、人間を好んで襲うという理由がある。
(あの黒猫はそもそも、グローファントムに捕まるような位置には居なかったはずなのに…
まさか、グローファントムが現れることを予知して私達を庇った?…なんて、そんな話、有り得ない)
ファニラは、あの黒猫には私の想像に及ばない何か力があるような気がした。
(しかしナーシア様の飼い猫…。ゼフィルス卿に一先ずお伝えしましょう…)
精神魔法を得意とする魔術師を雇い、《マインドブレイク》と似た系統の効果を与えると言われる、精神魔法《リメンバーグラッジ》を実験用動物達に掛けさせる。
《マインドブレイク》は、自身の憎悪を対象と同調させ感情を暴走させる魔法だが、術者自身の憎悪が深くなければ魔法は発動しても効果は与えられない。
《リメンバーグラッジ》は、対象の恨みの感情を一時的に極端に増幅させる事によって、対象に混乱と人格歪曲などの効果を与える魔法だ。この魔法は、対象者自身の過去感じた『憎しみ』や『怨恨』、『悪意』を増幅させた状態で思い起こさせるものなので、対象者の生い立ちによって効果は様々だ。だが、最低でも一時的に正常な判断力を失い、狂人化をもたらす。
人間の限界値を超える強制的な憎悪を植え付ける《マインドブレイク》と違い、《リメンバーグラッジ》はあくまでも対象者の記憶にある感情を一時的に増幅させるもの。その為、《マインドブレイク》より精神魔法レベルは低級だ。
「だけど、おかしいわ。あの黒猫は《マインドブレイク》を耐え切ったと言うのに…全滅じゃない」
力なくそう言い放つファニラ。
ガラスの向こうにいるあらゆる種類の猫や犬、馬、羊、それらの実験用動物達は狂ったように凶暴性を増して暴れ回っている。
「はぁ…せっかく新しい発見をしたと思ったのに…。実験は失敗か。…あの黒猫だけが精神耐性か何かを持っていたのかしら。まぁいいわ、次の実験を始めるわよ」
ファニラが指示を出すと、新しい実験用動物達がいるガラスケースの中に、一つのオルゴールが置かれた。
そのオルゴールのメロディを聴けば深い睡魔と共に深い悪夢へと導く効果があると言われる、通称《呪いのオルゴール》。呪われたアイテムの一つである。
オルゴールを聴いて眠った者に、トラウマという悪夢を延々と見せ続け、時間の経過と共に精神にダメージを蓄積させていくという代物で、悪夢から覚めるにはトラウマを克服して自力で目覚めるか、他人に起こしてもらうしかない。
グローファントムの《幻影の悪夢》と効果は似ているが、あくまでも睡眠時にしか現れない《悪夢》なので、その解除方法の容易さから見ても危険度は桁違いに低い。
オルゴールからメロディが鳴り始めると、途端にガラスケース内の全ての動物達は全身の力が抜けて死んだように眠る。
その様子を見て、ファニラは思わず顔を顰めた。
(なんだか殺処分の安楽死の実験をしているような光景ね。やってる事は安楽とは反対のものだけと)
すぐに気を取り直して、隣にいる《精神鑑定》のスキルを持つ研究員に動物達の事を聞く。
「どうですか?《マインドドレイン》の餌食にされないような精神が安定した実験体っています?」
「いえ。メロディを流してからそれ程経っていないのですが、既にどの個体もステージ4は超えています。ですが…それ以上、上がる様子もありません!」
その答えにファニラは多少ショックを受けつつ、オルゴールをすぐさま止めるよう指示した。
ちなみに、ここで言うステージとは、精神異常から精神崩壊までに至るまでの精神ダメージ度を段階的にレベル分けしたものである。
研究達は、口々に言い合う。
「この結果は意外です!メロディが流れても、私達人間なら通常、ステージ1から徐々に進行度が上がっていくのですが、動物だと一気にステージ4まで進行してから、あとは停滞しているかのように非常に進行が緩やかになっていくのですね」
「知能が低い動物などは、我々人間と違って本能に忠実な生き物、というのが関係しているのでしょうかな。動物の、感情と本能の関係は非常に複雑に結びつき合っているのでしょう。人間以外の動物や魔物心理学にも研究に力を入れるべきですね」
「ええ、そうですね。古来より、動物は本能に忠実だからこそ、我々よりも精神耐性があり、感情が少ない思われていました。ええ、しかしですが、《リメンバーグラッジ》の実験からしても、実は人間より自分の感情にとても素直なのかと思われます、ええ」
「ステージ4という、悪夢という形で心的外傷を呼び起こされ一定の精神ダメージを追いつつも、人間と違ってそれ以上進行度が加速しないのは、恐らく知能が低いということに帰結しますでしょう。人間は精神崩壊の手前に防衛機制が働きますが、動物は単に理解が追いつかないだけでしょう」
協力していた研究員達が「素晴らしい、新しい発見だ!」と実験結果を書き込み、論争して意見が白熱する中、ファニラはどうしても浮かない顔をしていた。
「それでも、ステージ4なら十分《マインドブレイク》の餌食にされてしまいますよね」
「そうですねぇ。グローファントムなどの精神攻撃系の魔物は、ターゲットを絞る標的型が多いですからねぇ。動物を囮にできるなら良いのですが、やはり精神耐性か付与アイテムがなければこの動物達を使う囮は難しいと思います」
「そうですか…」
「そうですねぇ。それも無しで素で《マインドブレイク》を受けて平然としている者は、『憎しみ』の感情が欠けているか、そもそも人格が破綻しているのでしょう」
「感情が欠けている…ですか。では《幻影の悪夢》に耐え切れる者は?」
「《幻影の悪夢》なら耐え切れる者は多いですね。あれは過去の負の記憶を掘り起こされるものですから、その負の記憶自体がなければなんてことないのですよ。赤ん坊とか記憶喪失の人とか、箱庭の御令嬢とかですね。本人にとって呼び起こされた記憶を反射的にどう感じるか次第ですね」
「そうなんですね…ありがとうございます」
「いえいえ、マッドルニカ教諭。こちらも実に興味深い実験でしたよ」
実験が終わったが、ファニラは結局あの黒猫が何故無事だったかを知ることが出来なかったのが心残りだった。
(大体…ただの猫じゃなくて黒い猫だものね。あの猫を魔物として、魔物で実験すべきだったのかしら。…いや、魔物は人間がいるのに魔物を優先して狙う筈がないし…囮として使えないのだから実験も無意味だわ。
あの黒猫が魔物だとしたら、何故私達より先に囮に?…そう言えば、グローファントムが現れた瞬間変なことが起きてたわね)
グローファントムが現れた場所は、ファニラとナーシアが丁度居た場所だった。その筈なのに、何故かファニラとナーシアは瞬間的にその場所から離れていたのだ。
そして、グローファントムが現れたと同時にいつの間にか鎖に捕まっている黒猫。
(ええ、そうね。今考えれば有り得ない状況だわ)
魔物が人間より魔物を優先して狙うことなど本来あり得ない。黒猫が魔物じゃないにしても、猫などの動物より人間を狙う確立の方が圧倒的に高い。魔物が好んで人間を襲うのは、人間の方が魔力が高く、レベルが上がるのに必要な経験値が豊富に手に入るからであった。魔物は魔物同士では経験値を手に入れる事ができない為、知能の高い魔物程、人間を好んで襲うという理由がある。
(あの黒猫はそもそも、グローファントムに捕まるような位置には居なかったはずなのに…
まさか、グローファントムが現れることを予知して私達を庇った?…なんて、そんな話、有り得ない)
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