『闇属性黒猫の異世界救出物語』〜魔物転生!?いや人間になりたい!

藤村ゆんた

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第一章 

43話 囚われた黒猫

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エメストリアではよく見かけるごく普通の小さな聖教会。だが、その聖教会にはアーティファクトで隠された地下へ続く通路があり、その向こうには研究施設のような魔導機械が立ち並ぶ空間が広がっていた。

光る小さな文様が泡のように浮かんでは消える球状の結界。その中に閉じ込められた猫種の魔物は抵抗の仕様もなかった。身動き一つ取れず、死んだように眠っている。丸い結界に閉じ込められているだけでなく、周りには円柱状の魔法壁が幾重も囲まれていた。

「魔力測定器には反応ゼロ。鑑定魔法は…レジストされたか。実に奇怪だ」

魔法壁の向こう側で、輪郭が揺らぐ小型の魔物をエメストリアの研究者達が冷たく見下ろす。


《魔物とは、穢れと共に生まれる本能的悪の生き物であり、その存在自体がこの世の穢れの現れである》

《女神はこの世界の大地から、自身に似せた人族という存在を生み出した。女神は、その存在を守る為に、自身の血肉から分身である八人の天使を作り出した》

この言葉は、神聖皇国エメストリアの国教である聖女神教の教典のそれぞれ一節である。神聖皇国エメストリアは教典により、どの国々の中でも圧倒的な退魔物絶対主義を貫いており、国民もとい信徒達の殆どが人族至上主義を掲げている。
聖女神教では、女神アルティニアを第一に信仰する他、それぞれの八人の天使、聖女、聖獣などを崇めていた。
教皇の娘である聖女と言う存在は、亜人や獣人、人族などの人類の域を超え、寧ろ生き神のように人々に直接救済を齎す格別な存在として、勇者以上に信仰対象として崇拝されている。

聖職者の装いをした研究者が黒猫の姿を金属質の眼鏡でスキャンし、魔物のデータを照合し始めた。

「この猫の姿をした魔物ですが、どの書物にも載っていない未確認の個体だそうです。あの黒いドラゴンや巨狼も同様」

その言葉に目を顰めるのは、キュエイム神殿の神殿長。彼は三大枢機卿の一人。今現在、教皇の次に地位が高いと言われるディオーエン枢機卿である。

胸元まで伸びた長い白髭を撫でつけ、ディオーエン枢機卿は深い憂いを込めた瞳を伏せる。

「ほぅ、今代の魔女は魔物を創造し使役する能力を持っているのか。実に悍しく邪悪な能力だ」

「ええ、非常に危険な能力に違いありません。厄介なのは、魔力封印の障壁に閉じ込められたのにも関わらず、使い魔の召喚が可能だった点で御座いましょう」

「…確かに厄介だが、問題ないな。召喚主である魔女が眠りにつけば問題無かろう。正体不明の使い魔だが、姿形だけは巨大なだけの、知力皆無な下等な魔物であった。例え邪悪な力を封印出来なくとも、神聖力に富んだこの地の前では魔女も大した抵抗も出来なかろう」

ディオーエン枢機卿の言葉に、研究者達含め枢機卿に仕える神官達が口々に賛意を表明する。

「えぇ、ディオーエン枢機卿。仰る通りで御座いますわ」

その中でも、一際妖艶を纏い、艶のある声で優雅に答える神官の女性。彼女の名前はメオデリン・ウラ・ファタシオ。

彼女は『月鏡所属』の聖女直属神官。聖女直属神官は、家柄と容姿共に高い基準を超えた女性神官で構成されている。総合的に能力が高い者で構成されてているのが『聖花』所属神官であり、エメストリアの花形と呼ばれる大変名誉な女性神官の憧れの存在である。聖女不在の今、教皇の身の回りの世話や、秘書として補佐する役目を持つ。

次に位の高いのは『月鏡』であり、『聖花』の神官達を補佐したり主に補欠のような存在である。他に『緑香』『陽炎』『美泉』の三班は均衡を取れるよう中立に分けられ、聖女が不在の今は三大枢機卿をそれぞれの班が補佐する役目にある。最後に『虹光』という班だが、その役目は聖女に関する雑務をこなしたり、見習い神官に近い。しかし、この国では聖女に関係すること自体が大変名誉な職である事に変わりなかった。

「この先起こる厄災の種を見つけ、事前に摘む我らの行動こそ女神の使いとして相応しい。聖女様も御喜びになるでしょう」

メオデリンは『月鏡』所属であり、『聖花』の神官を補佐するという本来の役目があるはずだが、『緑香』が仕えるディオーエン枢機卿に肩入れしていた。
彼女は、『月鏡』の中で一番容姿共に神聖力や実務などの能力が優れた存在である。今期の遠征で聖女が本国へ帰ってくるまでの『聖花』への昇格を目前にしていたが、今一歩と大きな手柄を立てられずにいた。

「ほっほ、間違いない。我らの威信もこれで高まる。教皇様の前で魔女が神聖なる蒼い業火に焼かれる姿は教徒達の良き実物となるだろう」

神聖皇国エメストリアでは、聖女を補佐する目的として、聖女に代わる全ての権限持つのが教皇である。そして、教皇を補佐するのが三大枢機卿であった。現在、三大枢機卿は主席枢機卿の座を巡る権威争いの最中であった。

ディオーエン枢機卿はマヌグエル司祭が連れてきたという隣国レネイアの邪気に満ち溢れる呪いの少女を一目見て、大きなチャンスを得たと内心歓喜した。

聖女神教は、断固とした退魔物絶対主義であり、魔物狩りが大きく推奨されている。
神聖皇国では、世界で唯一濃密な神聖魔力が満ち溢れていて、三千年程前大河エオランテに次元結界が現れたと同時期くらいから魔物が全く現れていないと言われている。
遠征に行き、魔物狩りをする聖騎士は高レベルの魔物や魔物の数で手柄を立てる事が容易だが、神聖皇国内の神官達は聖騎士のようにそう多くは手柄を立てる事は多くない。
そこで、ディオーエン枢機卿は、レネイアから来た呪いの少女を魔女と断定し、聖女神教の中で古来から大変偉業とされた悪魔狩り又は魔女狩りを速やかに執行して手柄を得る事にした。

聖炎に自ら入る魔虫のようだ、とディオーエン枢機卿は静かに低く笑う。

メオデリンは艶やかな笑みを浮かべ、周りをゆるりと飛ぶ銀の蝶を指に止まらせる。
メオデリンのアーティファクトである『銀蝶』は、音を拾う能力と追跡に長けており、その力を使って聖職者達の動向を秘密裏に常に監視している。
今回ディオーエン枢機卿の動向をいち早く察知した『月鏡』所属のメオデリンは、自身も枢機卿に積極的に介入する事によって手柄を肖ろうとしていた。

***

大河エオランテの次元結界が出来た今、魔王が次元結界を突破しない限り、悪魔や魔女と呼ばれる厄災級の魔物はアーフィタリアには現れる事は殆どない。というより、悪魔や魔女と言った危険な存在は、前聖女と前勇者によって一掃されていた。

三千年前に存在した本来の悪魔や魔女を、生きている魔物さえ見た事がない神聖皇国の聖職者達が知る筈がなかった。
ナーシア・ミュラ・クローゼルは、魔女から呪いを受けただけの少女。しかし、その事実を知っても尚、枢機卿は魔女の断罪を決行するだろう。

彼等にとって、神の代行者として神聖なる神判を下し、魔女断罪の名誉を受け賜り、確固たる地位を手に入れる事に大きなる意味があるのだから。


***

バチッ。

ディオーエン枢機卿達が会話する中、結界に閉じ込められる黒い小さな魔物の身体から、小さな黒い火花が散った。

彼等は気付かない。先程までぼやけ消えかかっていた黒い小さな魔物の身体が、徐々に密度を増していると言う事を。

バチ。バチッバチッッ。

始めは線香花火のように静かな音を立てていた黒い火花だだか、徐々にその火花は小さな稲妻となって激しく散り始める。その闇色の身体の内では、雷鳴が轟く黒雲のように低く震える不穏な音が鳴り響いていた。

彼等は気付かない。物理耐性も備えた魔法壁の中の音は外に漏れる事はなく、小さな球状結界の中で収まる黒い塊が小さく弾けていたとしても見える筈がなかった。


バチッバチッ、バチバチバチッバチバチバチッッ……
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