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第一章
44話 魔女裁判
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アーティファクトは魔力を使い、この地に満ちた神聖魔力をエネルギー源として神聖魔法を発動する事ができる神具。元々の神聖魔力への適性が高い者でないと、アーティファクトは起動せず、所有者にはなれない。
そんなアーティファクトで発動された丸いボール型の封印の結界は、神聖魔力に満ち、僕の黒魔力を少しずつ浄化していく。
息も絶え絶えする極寒とも灼熱ともつかない地獄のような苦しさの中、自分と言うモノの認識があやふやになって意識が遠のいていく。
深く暗い水の中に沈む感覚に、苦しさもいつの間にか感じなくなっていく。
真っ暗なこの深海の底で、心地良さの感覚に永遠と浸っていたい。
……………もう、眠たいよ……。
『***起きて』
水面の向こう側で、声が聞こえた。酷く懐かしく、いつだって安心する声。
その声に甘えたくなる自分が嫌だった事を思い出す。
***が手を差し伸べてくれている気がして、感覚を澄ました。
『ほぅ、**の魔*は***創造し使*する***********実*悍***悪な***だ』
聞こえるのは朧げな話し声。
その話し声に、沈みかけていた意識が刺激され、少しずつ浮上していく。
『ええ、非****危**能*に違い**ま*ん。*介なの**魔*封印の*壁に閉じ込めら*たのにも関わ*ず、使い魔の*喚が可能だった点で御座いま*ょう』
水の音のようなノイズに言葉が掻き消されるが、集中すればする程、その声は鮮明に聞こえるようになった。
『…確か*厄介だが、問題ないな。召喚主である魔女が眠りにつけば問題無か*う。正体不明の使い魔だが、姿形だけは巨大なだけの、知力皆無な下等な魔物であった。例え邪悪な力を封印出来なくとも、神聖力に富んだこの地の前では魔女も大した抵抗も出来なかろう』
魔女…と言う単語を聞き、不安に掻き立てられ心が騒めく。
僕は何者…?
いや、そんな事どうだっていい。何か今すぐに思い起こさなければならない事があった。
死んでも死に切れない深い、深い懺悔の慟哭が、今でも胸の内に響いている。
その感情の波に意識を合わせれば、曇りが一層されるように記憶が蘇える。
黒魔力の神経の裏側で、真っ先に思い出したのはナーシアの笑顔だった。
そうだ、大事な事を忘れかけていた。
最悪だ、こんな所で消え掛かっている訳にはいかない。
『この先起こる厄災の種を見つけ、事前に摘む我らの行動こそ女神の使いとして相応しい。聖女様も御喜びになるでしょう』
なんとか気力を持ち直し、半透明にななっていた黒魔力なら身体がこれ以上無くならないよう結界の神聖魔力に抗う。
厄災の種とは、何のことだろうか。
取り敢えず今は、結界と魔法壁のアーティファクトからの脱出方法を考えなければ。
この国ではワープが出来ない。影裂界にいる分身とのコンタクトが上手く取れないのも不安だ。
影裂界の中にいる分身の僕の黒魔力が復活するまで時間を待ち、オルシヴィオンで飛んで神聖皇国に入ると言う手段でナーシアを助けると言う作戦もある。だけど、それでは遅過ぎる。
ナーシアが魔女だって言う誤解を一刻も早く解かなければ。
先ほどから黒魔力が集まるように念じているが、黒魔力は少しも増えない。神聖皇国には全くと言っていいほど黒魔力が存在しないようだ。
結界の中では、黒魔力で練られたどのスキルも打ち消されてしまう。どの道使えるスキルはない。スキルを使うごとに、身体の質量がどっと消えていく事に気付いたからだ。
詰み、という考えを振り切って、ひたすらチャンスを待つつもりで自分が消えないように粘り続ける。
ナーシアとゼフィルスさん達を助けるんだ、みんなで無事に帰ってきて、ビュラさん達を安心させるんだ。
その時僕は、苦しみに負けない希望の灯火を、確かに宿していたんだ。
『ほっほ、間違いない。我らの威信もこれで高まる。明日、教皇様の前で魔女が神聖なる蒼い業火に焼かれる姿は教徒達の良き実物となるだろう』
この言葉を聞くまでは。
***
巨大な広大さを誇るメイサール宮殿内。その宮殿内は今や神聖皇国エメストリアの国中の信徒達が集まり、二階席から五階席まである傍聴席も埋め尽くされていた。
傍聴席の向かいにあるのは、ぽっかりと大きく開いた六角柱の空間。キュエイム大聖堂とは規模が規格外の巨大で強度が高いクリスタルが扱われた天窓から、真っ白な陽の光がシルバーバイオレットの髪の幼い一人の少女を照らす。
厄災の呪い子、ナーシア・ミュラ・クローゼル の魔女裁判は、告発された次の日の朝に行われた。
傍聴席三階に届く大きさの磔柱は、遥か昔に先代聖女が神聖魔力を込め魔鉱石で作ったと言われている。
スリープト(睡眠魔法)で眠らされたナーシアは、手足首をアーティファクトである魔力封印の枷を嵌められ、磔柱の高くに吊り下げられるような形で固定されていた。
魔女裁判は神判が下されると、速やかに断罪される。魔女裁判は普通の裁判ではない。告発者が訴え、教皇が神判を降すというその過程は、魔物を神の名に置いて存在そのものを浄化させる為の恒例儀式の一環であり、神聖皇国において魔女裁判での無罪判決は決して下される事はない。
つまり、裁判が始まったこの時点で、ナーシアの処刑は決まっていた。
ナーシアの父であるゼフィルスや、護衛騎士達は、睡眠魔法で意識を奪われ、神聖皇国の聖天断罪監獄と呼ばれる牢の中に一時的に身柄を拘束されている。彼等は、今のところ魔女に操られている哀れなレネイアの貴族という扱いだった。聖花騎士曰く「魔女が断罪されれば、きっと目を覚ますだろう」と、親切心で彼等を拘束したらしい。
「静粛に!これより教皇様がお越しになる」
聖女神教最高権力者であるプトレマイオス教皇が、聖花神官達に支えられながら目の前の磔柱に固定されたナーシアと対面するような形で、三階席の豪奢な玉座に席をつく。
「この娘が、本当に魔女なのか」
恐ろしい魔女と呼ばれるには、余りにも白く折れそうな程、華奢な身体、成長盛りの幼いその姿に、プトレマイオス教皇が瞑目しながら問う。
「ええ、間違いありませんわ」
その問いにいち早く答えたのは、『月鏡所属』の聖女直属神官、メオデリン・ウラ・ファタシオ。通称『銀蝶』のメオデリン。
「愚かにも、この矮小で卑しい魔女が我が女神の地に足を踏み入れた瞬間、包み隠す事も出来なかった滲み出る穢れを振りまき、私どもを含めた多くの神官達が察知致しましたのです」
メオデリンの言葉に深く唸った教皇は、確かにと頷く。
「あの娘は非常に濃い癪気と邪気、穢れを纏っているようだ」
教皇が聖花所属の聖女直属神官達に目をやれば、彼女等は酷い悪臭を感じているかのように顔を顰め、顔に手を当てていた。
「教皇、この場は危険で御座います!お下がりしましょう、悪鬼と見紛うこの強烈な穢れはお身体に障りますッ」
彼女等は聖花所属の聖女直属神官、国中の女性神官の中で
一番神聖魔力に適性が高く優秀な者達で、そのせいか邪気である穢れを酷く嫌悪し、驚くほど敏感な者が多かった。
聖女神教に従順な信徒達もそれなにり神聖魔力への適性値が高い者が多く、呪いによる邪気を感じた信徒達が叫ぶ。
「このような濃度の高い穢れを纏う人間など、人間ではありますまいッ!」
「魔物だ!アレは娘の形をした魔物に違いない!」
「神台の時代に滅却された筈の悪しき魔女が再びこの地に現れた!おぉアルティニア様!天使に代わって我らに神聖なる裁きを!」
宮殿の銀の巨鐘が神聖魔力によって大地を震わすが如く鳴り響く。
「女神が愛する我が偉大なる神聖皇国エメストリアに永遠の栄光を」
喚いていた熱狂的な信徒達は途端に口を閉じ、胸に手を添え祈り始める。
「これより神判の時が来た!魔女告発者、ディオーエン枢機卿、前へ!」
舞台に上がるように輝かしい陽の光を浴びながら壇上に昇るディオーエン枢機卿。拡声魔法を展開し、大仰に話し始める。
「皆さま、感じられましたでしょうかッ!嘗て我々の大陸で血を浴びるように大虐殺を行った厄災魔女を彷彿させる、この圧倒的な邪術の跡、この悍しいオーラを!!
我々の神聖なる土地と違い、邪気に満ち溢れ魔物が我が物顔で闊歩するレネイア。神聖皇国エメストリアの隣国でありながら、恩恵にあずからなかったレネイアが何故このように差が出来てしまったのか。それは、このような悪しき魔女の生き残りが未だ存在しているからなのです!
なんと、この女子を模った魔女は、呪術を用いて厄災を起こし、黒き異形の魔物を幾度も召喚する力を持っておるのです」
そらから枢機卿は告発に至るまでの流れを話し出す。
「私はキュエイム大聖堂で日頃から行なっている祈りをしていた所、メオデリン殿から怪しき邪術の空気を纏った者が大聖堂に向かっていると言う連絡を頂きました。
魔女は、我々に紛れるように我が国の祭服を着ておりました。
余りにも強い邪気を私自身も感じ、咄嗟に信徒達を避難させ、なんとか魔女を引き留め聖歌隊達と浄化を試みましたが、しかし魔女は強力な呪いの力によって私達を吹き飛ばし、キュエイム大聖堂の天窓は魔女によって粉々に割れ、聖歌隊達の多くが怪我を負うたのです。
私は聖歌隊を結界で守り、命からがらで聖騎士達に要請をしました…!我々に危害を加える魔女を捕らえるよう願いましたのです。
そして聖花騎士達の大変頼もしい活躍によって魔女に操られたレネイアの民を捕らえ、魔女を封印する事に成功しました…。
しかし、なんと封印されている筈の魔女は何処からともなく地獄の門を開き、恐ろしい魔物を召喚して次々と聖花騎士を襲ったのですッ!
ですが流石日頃から魔物狩りに遠征に行かれる聖花騎士、見た事がない異形の魔物相手に見事怪我を追う事なく速やかに討伐なされました」
騒めき青ざめる信徒達。この地では名のある召喚士ですら動物を召喚する事が出来ない。それは神聖魔力に満ちるこの地では、召喚門が発動しないからだ。ましてや魔物が存在する事など出来ない筈だった。
「ディオーエン枢機卿、それは誠の話であるか」
「ええ、では証人として、その場で実際に黒き魔物を倒した聖花騎士をお連れしました」
懐疑的な視線で枢機卿を眺める教皇だが、壇上に現れた聖花騎士がNo.3の『鋼剣』のアジャックだった事に目を見開く。
「俺はしかとこの目で見ましたッ、ドス黒い中型のドラゴン、同じく真っ黒なデケェ狼にちょこちょこ動き回る黒猫をな!!」
アジャックに続いて、他の聖花騎士達も声を上げる。
「私も見ました!」
「その黒いドラゴンと狼は何度も何度も現れました。しかしアーティファクトの前では呆気なく浄化されましたね」
「ええ、しかし一般的な神聖魔力を持たない民には脅威の魔物だったでしょう。我々もまだ未熟な魔物で良かったものの」
騎士の証言に信徒達の騒めきが益々増し、魔女を罵倒する声が上がるようになった。
「魔女を殺せーーーッ」「殺せーーーッ」
「聖なる鉄槌をッッ」「邪に連なる者への粛清をッ」
「静粛に!!!我が偉大なる女神の地、神聖皇国エメストリアによる天使代行の断罪執行を!!!」
ゴーーンと地を揺るがす鐘が鳴る。
「静まれッ!これにより神聖なる裁きを行う」
裁判官の役を務める司祭の言葉に、しんと静まるメイサール宮殿内。誰もが分かりきった判決だが、信徒達は教皇が口にするその瞬間を固唾を飲んで待つ。
「天上の我らが女神アルティニア様と八天使に代行して、我プトレマイオス・オッド・テュシコールが神判を降す」
魔女と呼ばれる少女は、磔柱に吊るされた今も全く起きる気配がない。既に死んでいるかのように、その肌は透き通るように青白くなっていた。
誰も少女の生死など気にする者などいない。
彼等は、聖女と勇者の力も借りず自分たち聖職者だけで千年ぶりに現れた邪悪な魔女を、神聖なる蒼い業火(聖炎)によって御霊諸共浄化するその歴史的快挙と名誉の瞬間を見るのを何よりも待ちわびていた。
「悪しき魔女を、これより聖炎の刑に処する!」
プトレマイオス教皇の判決に、信徒達が歓喜の声を上げる。
既に少女を同じ人間として見る者は、この場に誰一人に居ない。
一人の罪無き少女が、大勢の民によって焼き殺されそうになるという異様な雰囲気に、誰もおかしいなどと思う者はいない。
少女が魔法によって深い眠りについていたのが幸が不幸か。このまま何も知らずに、目覚めぬ方が良いのだろう。
悪魔狩りや魔女狩りに置いて、古来から大変名誉とされてきた断罪執行人の役割。それに命名されたのは、当然だがディオーエン枢機卿だった。
断罪執行場であるこの場では、磔柱自体が執行台のアーティファクトであり、神聖魔力で生み出した聖炎のトーチを磔柱に移す事によって、例え水でも実体の無いモノでも、どんな物でも燃え上がる神炎が発生する仕組みとなっている。
ディオーエン枢機卿が自身のアーティファクトに魔力を注ぎ込むと、起動したアーティファクトが神聖魔力を取り込む。アーティファクトに取り込まれた神聖魔力を使って【神聖魔法:ホーリーフレア】を儀式用トーチに灯す。
見るものの目を奪う神秘の青い炎が灯るトーチ。枢機卿はそれを信徒達に見せるように尊大に掲げる。湧き立つ宮殿内。
聖炎はこの時点では魔物以外には無害な炎である。後は、聖炎を磔柱に燃え移すだけの工程。
ディオーエン枢機卿は一歩一歩非常にゆっくりとした足取りで磔柱に向かう。
そして、今、磔柱に聖炎が磔柱に移ろうとした時––––––––––––
異変に気付いた神官達が、一瞬の内に教皇や枢機卿の周囲に魔法障壁や結界を展開させた。
カタカタと宮殿内が揺れ出す。それはすぐに大きな鳴動となると共に、遠くから不安を誘う低く異様な『音』が轟く。
「な、何事かッ」
「グウォォオオォォォオォオォォォォオオオッッッ」
信徒達が不審に思い始めて束の間、メイサール宮殿内の強固なクリスタルの天窓が盛大な音を立てて割れる。
天窓を突き破って現れたのは、漆黒の身体を持つ一匹の黒い竜だった。
そんなアーティファクトで発動された丸いボール型の封印の結界は、神聖魔力に満ち、僕の黒魔力を少しずつ浄化していく。
息も絶え絶えする極寒とも灼熱ともつかない地獄のような苦しさの中、自分と言うモノの認識があやふやになって意識が遠のいていく。
深く暗い水の中に沈む感覚に、苦しさもいつの間にか感じなくなっていく。
真っ暗なこの深海の底で、心地良さの感覚に永遠と浸っていたい。
……………もう、眠たいよ……。
『***起きて』
水面の向こう側で、声が聞こえた。酷く懐かしく、いつだって安心する声。
その声に甘えたくなる自分が嫌だった事を思い出す。
***が手を差し伸べてくれている気がして、感覚を澄ました。
『ほぅ、**の魔*は***創造し使*する***********実*悍***悪な***だ』
聞こえるのは朧げな話し声。
その話し声に、沈みかけていた意識が刺激され、少しずつ浮上していく。
『ええ、非****危**能*に違い**ま*ん。*介なの**魔*封印の*壁に閉じ込めら*たのにも関わ*ず、使い魔の*喚が可能だった点で御座いま*ょう』
水の音のようなノイズに言葉が掻き消されるが、集中すればする程、その声は鮮明に聞こえるようになった。
『…確か*厄介だが、問題ないな。召喚主である魔女が眠りにつけば問題無か*う。正体不明の使い魔だが、姿形だけは巨大なだけの、知力皆無な下等な魔物であった。例え邪悪な力を封印出来なくとも、神聖力に富んだこの地の前では魔女も大した抵抗も出来なかろう』
魔女…と言う単語を聞き、不安に掻き立てられ心が騒めく。
僕は何者…?
いや、そんな事どうだっていい。何か今すぐに思い起こさなければならない事があった。
死んでも死に切れない深い、深い懺悔の慟哭が、今でも胸の内に響いている。
その感情の波に意識を合わせれば、曇りが一層されるように記憶が蘇える。
黒魔力の神経の裏側で、真っ先に思い出したのはナーシアの笑顔だった。
そうだ、大事な事を忘れかけていた。
最悪だ、こんな所で消え掛かっている訳にはいかない。
『この先起こる厄災の種を見つけ、事前に摘む我らの行動こそ女神の使いとして相応しい。聖女様も御喜びになるでしょう』
なんとか気力を持ち直し、半透明にななっていた黒魔力なら身体がこれ以上無くならないよう結界の神聖魔力に抗う。
厄災の種とは、何のことだろうか。
取り敢えず今は、結界と魔法壁のアーティファクトからの脱出方法を考えなければ。
この国ではワープが出来ない。影裂界にいる分身とのコンタクトが上手く取れないのも不安だ。
影裂界の中にいる分身の僕の黒魔力が復活するまで時間を待ち、オルシヴィオンで飛んで神聖皇国に入ると言う手段でナーシアを助けると言う作戦もある。だけど、それでは遅過ぎる。
ナーシアが魔女だって言う誤解を一刻も早く解かなければ。
先ほどから黒魔力が集まるように念じているが、黒魔力は少しも増えない。神聖皇国には全くと言っていいほど黒魔力が存在しないようだ。
結界の中では、黒魔力で練られたどのスキルも打ち消されてしまう。どの道使えるスキルはない。スキルを使うごとに、身体の質量がどっと消えていく事に気付いたからだ。
詰み、という考えを振り切って、ひたすらチャンスを待つつもりで自分が消えないように粘り続ける。
ナーシアとゼフィルスさん達を助けるんだ、みんなで無事に帰ってきて、ビュラさん達を安心させるんだ。
その時僕は、苦しみに負けない希望の灯火を、確かに宿していたんだ。
『ほっほ、間違いない。我らの威信もこれで高まる。明日、教皇様の前で魔女が神聖なる蒼い業火に焼かれる姿は教徒達の良き実物となるだろう』
この言葉を聞くまでは。
***
巨大な広大さを誇るメイサール宮殿内。その宮殿内は今や神聖皇国エメストリアの国中の信徒達が集まり、二階席から五階席まである傍聴席も埋め尽くされていた。
傍聴席の向かいにあるのは、ぽっかりと大きく開いた六角柱の空間。キュエイム大聖堂とは規模が規格外の巨大で強度が高いクリスタルが扱われた天窓から、真っ白な陽の光がシルバーバイオレットの髪の幼い一人の少女を照らす。
厄災の呪い子、ナーシア・ミュラ・クローゼル の魔女裁判は、告発された次の日の朝に行われた。
傍聴席三階に届く大きさの磔柱は、遥か昔に先代聖女が神聖魔力を込め魔鉱石で作ったと言われている。
スリープト(睡眠魔法)で眠らされたナーシアは、手足首をアーティファクトである魔力封印の枷を嵌められ、磔柱の高くに吊り下げられるような形で固定されていた。
魔女裁判は神判が下されると、速やかに断罪される。魔女裁判は普通の裁判ではない。告発者が訴え、教皇が神判を降すというその過程は、魔物を神の名に置いて存在そのものを浄化させる為の恒例儀式の一環であり、神聖皇国において魔女裁判での無罪判決は決して下される事はない。
つまり、裁判が始まったこの時点で、ナーシアの処刑は決まっていた。
ナーシアの父であるゼフィルスや、護衛騎士達は、睡眠魔法で意識を奪われ、神聖皇国の聖天断罪監獄と呼ばれる牢の中に一時的に身柄を拘束されている。彼等は、今のところ魔女に操られている哀れなレネイアの貴族という扱いだった。聖花騎士曰く「魔女が断罪されれば、きっと目を覚ますだろう」と、親切心で彼等を拘束したらしい。
「静粛に!これより教皇様がお越しになる」
聖女神教最高権力者であるプトレマイオス教皇が、聖花神官達に支えられながら目の前の磔柱に固定されたナーシアと対面するような形で、三階席の豪奢な玉座に席をつく。
「この娘が、本当に魔女なのか」
恐ろしい魔女と呼ばれるには、余りにも白く折れそうな程、華奢な身体、成長盛りの幼いその姿に、プトレマイオス教皇が瞑目しながら問う。
「ええ、間違いありませんわ」
その問いにいち早く答えたのは、『月鏡所属』の聖女直属神官、メオデリン・ウラ・ファタシオ。通称『銀蝶』のメオデリン。
「愚かにも、この矮小で卑しい魔女が我が女神の地に足を踏み入れた瞬間、包み隠す事も出来なかった滲み出る穢れを振りまき、私どもを含めた多くの神官達が察知致しましたのです」
メオデリンの言葉に深く唸った教皇は、確かにと頷く。
「あの娘は非常に濃い癪気と邪気、穢れを纏っているようだ」
教皇が聖花所属の聖女直属神官達に目をやれば、彼女等は酷い悪臭を感じているかのように顔を顰め、顔に手を当てていた。
「教皇、この場は危険で御座います!お下がりしましょう、悪鬼と見紛うこの強烈な穢れはお身体に障りますッ」
彼女等は聖花所属の聖女直属神官、国中の女性神官の中で
一番神聖魔力に適性が高く優秀な者達で、そのせいか邪気である穢れを酷く嫌悪し、驚くほど敏感な者が多かった。
聖女神教に従順な信徒達もそれなにり神聖魔力への適性値が高い者が多く、呪いによる邪気を感じた信徒達が叫ぶ。
「このような濃度の高い穢れを纏う人間など、人間ではありますまいッ!」
「魔物だ!アレは娘の形をした魔物に違いない!」
「神台の時代に滅却された筈の悪しき魔女が再びこの地に現れた!おぉアルティニア様!天使に代わって我らに神聖なる裁きを!」
宮殿の銀の巨鐘が神聖魔力によって大地を震わすが如く鳴り響く。
「女神が愛する我が偉大なる神聖皇国エメストリアに永遠の栄光を」
喚いていた熱狂的な信徒達は途端に口を閉じ、胸に手を添え祈り始める。
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舞台に上がるように輝かしい陽の光を浴びながら壇上に昇るディオーエン枢機卿。拡声魔法を展開し、大仰に話し始める。
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なんと、この女子を模った魔女は、呪術を用いて厄災を起こし、黒き異形の魔物を幾度も召喚する力を持っておるのです」
そらから枢機卿は告発に至るまでの流れを話し出す。
「私はキュエイム大聖堂で日頃から行なっている祈りをしていた所、メオデリン殿から怪しき邪術の空気を纏った者が大聖堂に向かっていると言う連絡を頂きました。
魔女は、我々に紛れるように我が国の祭服を着ておりました。
余りにも強い邪気を私自身も感じ、咄嗟に信徒達を避難させ、なんとか魔女を引き留め聖歌隊達と浄化を試みましたが、しかし魔女は強力な呪いの力によって私達を吹き飛ばし、キュエイム大聖堂の天窓は魔女によって粉々に割れ、聖歌隊達の多くが怪我を負うたのです。
私は聖歌隊を結界で守り、命からがらで聖騎士達に要請をしました…!我々に危害を加える魔女を捕らえるよう願いましたのです。
そして聖花騎士達の大変頼もしい活躍によって魔女に操られたレネイアの民を捕らえ、魔女を封印する事に成功しました…。
しかし、なんと封印されている筈の魔女は何処からともなく地獄の門を開き、恐ろしい魔物を召喚して次々と聖花騎士を襲ったのですッ!
ですが流石日頃から魔物狩りに遠征に行かれる聖花騎士、見た事がない異形の魔物相手に見事怪我を追う事なく速やかに討伐なされました」
騒めき青ざめる信徒達。この地では名のある召喚士ですら動物を召喚する事が出来ない。それは神聖魔力に満ちるこの地では、召喚門が発動しないからだ。ましてや魔物が存在する事など出来ない筈だった。
「ディオーエン枢機卿、それは誠の話であるか」
「ええ、では証人として、その場で実際に黒き魔物を倒した聖花騎士をお連れしました」
懐疑的な視線で枢機卿を眺める教皇だが、壇上に現れた聖花騎士がNo.3の『鋼剣』のアジャックだった事に目を見開く。
「俺はしかとこの目で見ましたッ、ドス黒い中型のドラゴン、同じく真っ黒なデケェ狼にちょこちょこ動き回る黒猫をな!!」
アジャックに続いて、他の聖花騎士達も声を上げる。
「私も見ました!」
「その黒いドラゴンと狼は何度も何度も現れました。しかしアーティファクトの前では呆気なく浄化されましたね」
「ええ、しかし一般的な神聖魔力を持たない民には脅威の魔物だったでしょう。我々もまだ未熟な魔物で良かったものの」
騎士の証言に信徒達の騒めきが益々増し、魔女を罵倒する声が上がるようになった。
「魔女を殺せーーーッ」「殺せーーーッ」
「聖なる鉄槌をッッ」「邪に連なる者への粛清をッ」
「静粛に!!!我が偉大なる女神の地、神聖皇国エメストリアによる天使代行の断罪執行を!!!」
ゴーーンと地を揺るがす鐘が鳴る。
「静まれッ!これにより神聖なる裁きを行う」
裁判官の役を務める司祭の言葉に、しんと静まるメイサール宮殿内。誰もが分かりきった判決だが、信徒達は教皇が口にするその瞬間を固唾を飲んで待つ。
「天上の我らが女神アルティニア様と八天使に代行して、我プトレマイオス・オッド・テュシコールが神判を降す」
魔女と呼ばれる少女は、磔柱に吊るされた今も全く起きる気配がない。既に死んでいるかのように、その肌は透き通るように青白くなっていた。
誰も少女の生死など気にする者などいない。
彼等は、聖女と勇者の力も借りず自分たち聖職者だけで千年ぶりに現れた邪悪な魔女を、神聖なる蒼い業火(聖炎)によって御霊諸共浄化するその歴史的快挙と名誉の瞬間を見るのを何よりも待ちわびていた。
「悪しき魔女を、これより聖炎の刑に処する!」
プトレマイオス教皇の判決に、信徒達が歓喜の声を上げる。
既に少女を同じ人間として見る者は、この場に誰一人に居ない。
一人の罪無き少女が、大勢の民によって焼き殺されそうになるという異様な雰囲気に、誰もおかしいなどと思う者はいない。
少女が魔法によって深い眠りについていたのが幸が不幸か。このまま何も知らずに、目覚めぬ方が良いのだろう。
悪魔狩りや魔女狩りに置いて、古来から大変名誉とされてきた断罪執行人の役割。それに命名されたのは、当然だがディオーエン枢機卿だった。
断罪執行場であるこの場では、磔柱自体が執行台のアーティファクトであり、神聖魔力で生み出した聖炎のトーチを磔柱に移す事によって、例え水でも実体の無いモノでも、どんな物でも燃え上がる神炎が発生する仕組みとなっている。
ディオーエン枢機卿が自身のアーティファクトに魔力を注ぎ込むと、起動したアーティファクトが神聖魔力を取り込む。アーティファクトに取り込まれた神聖魔力を使って【神聖魔法:ホーリーフレア】を儀式用トーチに灯す。
見るものの目を奪う神秘の青い炎が灯るトーチ。枢機卿はそれを信徒達に見せるように尊大に掲げる。湧き立つ宮殿内。
聖炎はこの時点では魔物以外には無害な炎である。後は、聖炎を磔柱に燃え移すだけの工程。
ディオーエン枢機卿は一歩一歩非常にゆっくりとした足取りで磔柱に向かう。
そして、今、磔柱に聖炎が磔柱に移ろうとした時––––––––––––
異変に気付いた神官達が、一瞬の内に教皇や枢機卿の周囲に魔法障壁や結界を展開させた。
カタカタと宮殿内が揺れ出す。それはすぐに大きな鳴動となると共に、遠くから不安を誘う低く異様な『音』が轟く。
「な、何事かッ」
「グウォォオオォォォオォオォォォォオオオッッッ」
信徒達が不審に思い始めて束の間、メイサール宮殿内の強固なクリスタルの天窓が盛大な音を立てて割れる。
天窓を突き破って現れたのは、漆黒の身体を持つ一匹の黒い竜だった。
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