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第一章
45話 昂る感情
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『明日、教皇様の前で魔女が神聖なる蒼い業火に焼かれる姿は教徒達の良き見物となるだろう』
誰も居なくなった聖協会地下研究所で、薄れていた意識を取り戻す。
あの時、覚悟も無く迂闊に飛び出すべきではなかった。ナーシアが魔女だと断定されたのは完全に…僕のせいだ。
自分のせいでナーシアが殺される未来なんてあってはならない。
渦巻くのは後悔と焦燥か。残り少ない身体の黒魔力が、ゆっくりと胎動し始める。
許せない。あの時ナーシアを守りきれない自分自身も、ナーシアを殺そうとする奴も。
バチッと散る放電音のような何か。
暗い感情に呼応するように、身体は不穏な低い音を響かせながら重さを増す。
今度こそ守り通さなければ。これでは足りない。早く、間に合わなくなる前に。
そう心の内で焦る声とは裏腹に、何故だか暗く澱んだ感情が思考を埋め尽くす。それが言葉になった時、現れたのは疑問だった。
どうして。
何故、罪も無いナーシアが殺されなければならないんだ?
マヌグエル司祭は、ナーシアが魔女ではない事を知っていた筈なのに。
次第に激しさを増す放電音。黒いプラズマに当たり続けた球状の結界は徐々に神聖魔力の威力が落ちていく。
僕が現れる前に、ナーシアは既に魔女として拘束され、ゼフィルスさんと護衛騎士も捕まっていた。ナーシアが捕まっていたあの時、司祭の身の回りを補佐していた神官達があの場に居た。
黒魔力が膨れ上がって球状の結界を弾き飛ばす。
そうか。僕が居てもいなくても、ナーシアは魔女にされていたんだ。
殺意に似た衝動に身を任せた瞬間、全身から闇色の無数の太い針が伸び、自身を捉えていた周囲の魔法壁を突き破る。魔法壁の存在が薄まるのを感じた僕は、本能のままにオルシヴィオンに変化した。
「グルルルルルル」
自然と漏れ出る唸り声。
その身体はいつものオルシヴィオンの身体と違って、違和感を感じた。体格が二倍程大きい。
だけど深くそれを考えている余裕などなく、目の前の壊れかけの魔法壁を頭突き一つで砕く。
なんで今更こんな簡単に砕けるんだよッ!?
苛立ちに任せ羽を一気に羽ばたかせ跳躍し、研究所の天井と聖教会を突破する。そして、空中で静止し周りを見回した。
鐘の音が鳴り響く場所に一際感じる神聖魔力、そして多くの人間が犇く気配。メイサール大宮殿か。
あそこにナーシアがいるに違いない。そう直感した。黒煙の残像を残しながら飛翔し、メイサール宮殿に辿り着く。
メイサール宮殿の天窓から一瞬見えたのは、巨大な鉱石に縛りつけられ気を失っている少女の姿。
(ッナーシア!?)
そのすぐ側で、青い火を片手に持つ枢機卿。
あの火で燃やそうとしてるのか、そう思うより速く身体は真下に向かって急降下する。
陽の光を届けていたクリスタル状の天窓は甲高い共鳴を鳴らして砕け散り、目を眩ませる光の粒と化した破片が空中を舞う。
自身の絶叫する声は、現実では幾つもの不協和音が重なり合った聞き苦しい咆哮と化し、それを聞いた眼下の信者達は突然の異常事態に慌てふためく。
建物が崩れ落ちようが人が叫ぼうかそんな事はどうだって良い。ナーシアを助けたい。生きていて欲しい。その想いだけ。
火を片手に持つ枢機卿を阻止する為に、迷わず突進した。
だが、透明な壁に当たって弾き飛ばされる。
枢機卿の周りには多重神聖結界が展開されていた。
神官達が守っているのか。
「アレは魔女の使い魔だ!!魔女を今すぐ焼き殺せ!!」
誰かがそう叫ぶ。
観客席のような場所に打ち付けられた身体を猫のように捻り、降り立った地面を抉りながら蹴る。
クソッ、神聖魔力を扱う聖職者達には分が悪過ぎる。
ナーシアを連れて早く逃げるべきだ。
もう二度と失敗は許されない。
しかしこの国は何度も奇跡を許す程、甘くはなかった。
「神聖な鎖」「裁きの杭」
突如地面から伸びてきた銀の鎖が絡みつくように巻きつく。続けて拘束された無防備な動体と羽と尾に、空中から出現した複数の白い杭が深々と突き立てられる。
「ッギィァ゛ァァ゛ァァァァッ‼︎」
(いだいいだいいたい痛い痛い痛い痛いあ゛ァ゛ァ゛あ゛ーーーーー)
その激痛は意識を飛ぶ事も許さない。
この痛みから解放されたくて、死を願った。
「…ーーッ!!」
…でも、聞こえた。
「コロセ」
「殺せ殺せ!!」
「殺せーーーーーー!!!!!!!
コロシアムのように怒号を浴びせる人々の、声。声。声。
その声は今受けてる壮絶な痛みを忘れさせるほど、僕の感情を昂らせた。
「グrrルルァ゛ァァアアア゛ア゛ア゛ア゛ーーー」
爪で床を裂き、全身に力を入れ抵抗する。地面が裂け亀裂が生まれた。
…それでも、自分の身体ごと地面に深く突き刺さった白杭は抜けない。
踠いても、足掻いても。地面に深く硬く縫い付けられた身体は、びくともしない。
どうして。
あの子は何もしていない。魔女でもない、何の罪もない。勉強熱心で、呪いに立ち向かう、強くて優しい女の子なんだ。こんな奴らに殺される未来なんて、あってはならないんだッ!
その声は通じない。あの時と同じように、身体は動かない。魂が引き裂かれそうな激痛の中、死んだように眠るナーシアの顔を瞳に映す。
その近くで枢機卿が、魔法で青い炎をナーシアに向かって飛ばす瞬間が見えた。
(やめッ)
叫ぶ間もなく、無慈悲に、残酷に。
純白の輝かしい炎が、磔柱から天使の大翼のように現れる。その炎の形は荘厳で、皮肉な程、酷く美しい。
純白の炎の翼は、磔柱台と共にナーシアをゆっくりと包み込む。
目の前の最悪な現実を、その様を、僕はまた、見ることしか出来ないのか。
願うことは最も意味が無いということを知っている。それでも、もう、僕が出来ることは、もう。
声が、騒めきが、音が、思考を圧迫する。
(なんでどうしていつも゛ぅ゛あ゛ア゛あ゛あ゛ァ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァ゛あ゛アあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛ァ゛あ゛アあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ–––––––––––––––––––––––––––––––)
–––––––––––––––––プツリと訪れる急な静寂。
反響するのは脆弱な精神が粉々に破壊される音。
今まで忘れていた記憶が鮮明に思い浮かんだ。
(何度、絶望を味わえば良いのだろう。理不尽な事ばかりだ)
自分の存在がいつも足手纏いで、大事な人に迷惑を掛けるから、自分を消してきた。何度も何度も何度も、
そして…。
こんな世界でもうまく行かない。
––––––何故か腹の底からこみ上げて来たのは、笑ってしまう程の可笑しさだった。
でも、もう良いか。もう良いよな。
だって…此処には、迷惑を掛けちゃいけない人なんて、
もう、いない。
【黒神術のレベルが上がりました】
【黒神術: 《形質変化:紫電化》を獲得しました】
誰も居なくなった聖協会地下研究所で、薄れていた意識を取り戻す。
あの時、覚悟も無く迂闊に飛び出すべきではなかった。ナーシアが魔女だと断定されたのは完全に…僕のせいだ。
自分のせいでナーシアが殺される未来なんてあってはならない。
渦巻くのは後悔と焦燥か。残り少ない身体の黒魔力が、ゆっくりと胎動し始める。
許せない。あの時ナーシアを守りきれない自分自身も、ナーシアを殺そうとする奴も。
バチッと散る放電音のような何か。
暗い感情に呼応するように、身体は不穏な低い音を響かせながら重さを増す。
今度こそ守り通さなければ。これでは足りない。早く、間に合わなくなる前に。
そう心の内で焦る声とは裏腹に、何故だか暗く澱んだ感情が思考を埋め尽くす。それが言葉になった時、現れたのは疑問だった。
どうして。
何故、罪も無いナーシアが殺されなければならないんだ?
マヌグエル司祭は、ナーシアが魔女ではない事を知っていた筈なのに。
次第に激しさを増す放電音。黒いプラズマに当たり続けた球状の結界は徐々に神聖魔力の威力が落ちていく。
僕が現れる前に、ナーシアは既に魔女として拘束され、ゼフィルスさんと護衛騎士も捕まっていた。ナーシアが捕まっていたあの時、司祭の身の回りを補佐していた神官達があの場に居た。
黒魔力が膨れ上がって球状の結界を弾き飛ばす。
そうか。僕が居てもいなくても、ナーシアは魔女にされていたんだ。
殺意に似た衝動に身を任せた瞬間、全身から闇色の無数の太い針が伸び、自身を捉えていた周囲の魔法壁を突き破る。魔法壁の存在が薄まるのを感じた僕は、本能のままにオルシヴィオンに変化した。
「グルルルルルル」
自然と漏れ出る唸り声。
その身体はいつものオルシヴィオンの身体と違って、違和感を感じた。体格が二倍程大きい。
だけど深くそれを考えている余裕などなく、目の前の壊れかけの魔法壁を頭突き一つで砕く。
なんで今更こんな簡単に砕けるんだよッ!?
苛立ちに任せ羽を一気に羽ばたかせ跳躍し、研究所の天井と聖教会を突破する。そして、空中で静止し周りを見回した。
鐘の音が鳴り響く場所に一際感じる神聖魔力、そして多くの人間が犇く気配。メイサール大宮殿か。
あそこにナーシアがいるに違いない。そう直感した。黒煙の残像を残しながら飛翔し、メイサール宮殿に辿り着く。
メイサール宮殿の天窓から一瞬見えたのは、巨大な鉱石に縛りつけられ気を失っている少女の姿。
(ッナーシア!?)
そのすぐ側で、青い火を片手に持つ枢機卿。
あの火で燃やそうとしてるのか、そう思うより速く身体は真下に向かって急降下する。
陽の光を届けていたクリスタル状の天窓は甲高い共鳴を鳴らして砕け散り、目を眩ませる光の粒と化した破片が空中を舞う。
自身の絶叫する声は、現実では幾つもの不協和音が重なり合った聞き苦しい咆哮と化し、それを聞いた眼下の信者達は突然の異常事態に慌てふためく。
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だが、透明な壁に当たって弾き飛ばされる。
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あの子は何もしていない。魔女でもない、何の罪もない。勉強熱心で、呪いに立ち向かう、強くて優しい女の子なんだ。こんな奴らに殺される未来なんて、あってはならないんだッ!
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その近くで枢機卿が、魔法で青い炎をナーシアに向かって飛ばす瞬間が見えた。
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そして…。
こんな世界でもうまく行かない。
––––––何故か腹の底からこみ上げて来たのは、笑ってしまう程の可笑しさだった。
でも、もう良いか。もう良いよな。
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