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第一章
50話 別れの時
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ただ殺されるのを待つ訳には行かない。だから、聖女が詠唱を始めた時から、この宮殿を出ようと何度も…試していた。何度も何度も。
それらは悉く失敗している。影裂界は開かないし、紫電化も出来ない。
周りを見たら、広がっていた黒魔力は消えていた。新しく手に入った【紫電化】は、黒霧が広がった中でしか移動出来ない。
代わりに、宮殿全体を囲うように現れた結界が黒竜の体力とも言える黒魔力を弱らせていく。
あれは勇者が張った神聖結界だ。あれのせいで、黒魔力が上手く操れなくない。本体から離れた黒魔力は、すぐに薄くなって消えていく。
「いけいけ~リリちゃん!」
「おいこら、集中してるんだから静かにしろよ」
はしゃぐマノンを、ヴィグルが優しく諭す。
黒い魔竜に自分の国の民を殺され、怒り心頭の聖女。一緒に闘う勇者達。悪役の僕は、このまま殺されるのが筋書きか?
あぁ、馬鹿みたいだ。良い訳がない。
聖女。君を信仰する人間達が、君の父親である教皇が罪のない少女を殺そうとしたのが始まりだ。
悪役のドラゴンを倒したと、この国の人達は聖女を持ち上げ、自分達がしでかした事を忘れるだろう。そしてまた、同じ過ちを繰り返すだろう。
救済者なんて名乗るなら、自分の国の過ちに気付けよッ!
勢いのまま、詠唱中の聖女に向かって絶刃断を同時に幾つか飛ばす。
「君は大人しくしていろ。【アクセルソード】」
黒竜の攻撃は、白い剣筋を振って飛んできた似たような勇者の攻撃で相殺された。
間髪容れずに黒魔力を地面から伸ばし、無数の鋭く尖った棘を勇者達に突き刺す。
勇者達に攻撃している間に、結界を突破しようと天窓に向かった。皇国で閉じ込められていた結界とは比にならない、勇者の結界。近づくだけで大きく反発し、跳ね飛ばされた。
「無駄だッ」
勇者が輝く剣を地面に向かって突き立てる。地面を伝う衝撃波が黒魔力の黒棘を一撃で掻き消す。
一撃で呆気なく散る黒棘を見て焦りが募る。
ほんとに、成す術無しか…ッ!?
迫り来る魔力の気配。翼に力を込めて身体をずらす。魔力で巨大化された斧が目の前を通り過ぎる。
ぐッあ、ッ。
だけど、同時に飛んできた複数の矢は避け切れず、胴体と尾に一本ずつ刺さった。
魔力で出来た細い弓の筈なのに、内臓を抉るような痛みに唸り声が漏れる。
「【発動】」
その声が聞こえた瞬間、刺さった矢が体内で爆発した。
「ーーッグアァァアァァァアアア」
爆発によって、胴体の下腹部が消し飛び、尾が弾け飛ぶ。黒竜の抉れた黒い傷口から、ドロドロとした墨のような液が溢れる。
精神的にも満身創痍な中、聖女の長い詠唱がついに止まった。
聖女の身体の内で、スキルを発動する直前の、黒竜一匹に対しては過剰殺傷力の神聖魔力が渦巻く。
ーークソッ、開けッ、開けよッ!?
特殊魔法である影裂界が発動しない。ワープでの離脱が出来ない。もう嫌だ、痛いのは、もう嫌だよ。
危機頻拍した状況に焦燥と恐怖が込み上げる。
神聖魔力が広がるこの国では、影裂界が開かない時もあったけど…最終的に開けるようになった。結界だって、ナーシアを助ける時に突破する事が出来たんだ。
もう駄目だと思っていた時に、なんとかやって来れたじゃないか。
今が…今が、その時だろッ!?
現実は、必死に奇跡に縋り付くことしか出来ない死にかけの黒竜が宙に浮くだけ。
息が苦しい。空間中の神聖な魔力は既に濃度を増し、精神力と体力である黒魔力を削る。それに当てられた黒竜の鱗は幾つも亀裂が入っていた。
あぁ、この人達が来るまでに、逃げていれば良かった。この結界さえなければ、逃げられたのに。
そんな後悔も、この状況では今更だった。
「あんなの、わざわざりりちゃんが大技叩き込まなくてもぉ一発で殺せちゃうのにぃ!それよりもぉ、痛めつけて殺した方が良いんじゃないのぅ?」
「俺だったらそうするけどよ。魔物なんかにも聖女っつうーもんは体裁を気にするんだから、そこんとこは気の毒だよな。なぁ、リーダー」
「…体裁ではないんだよね。僕らは、常に正義に根ざした行いをしなければならないだけだよ」
何が正義だ。気持ちに余裕があれば、鼻で笑ってただろう。
「はー、何つーか、難儀なもんだな」
勝利を初めから確信している余裕のある勇者達は、聖女が詠唱を完了するまで悠長に会話をしていた。
死にたくない。本当は、まだ生きていたいんだ…ッ。
狂ったように硬質化した黒魔力で結界を攻撃する。
「あははははッ!なにしてるのぅ~あの黒竜」
「結界を壊そうとしているみたいだね。まぁ、そう簡単に壊される訳には行かないし…念のため」
無慈悲にも勇者が再び結界を発動させ、神聖結界はさらに強度が増す。
う、あ。
絶望と同時に、黒魔力が底をついたことを気付く。
影裂界の中にある黒魔力が引き出せない。そのせいで、黒竜の身体を構成している黒魔力しか使えるものはない。
二重になった神聖結界は、濃度が更に増して黒竜の身体を蝕むように消していく。
分離…無理だ。今、分離したら消失度が加速するだけだ。黒魔力で防御も意味がない。呪術魔法…も神聖属性には効かない。
…駄目だ。闇属性の僕は、神聖属性の前では全て意味を成さないんだ。
どうすれば、せっかく、…生きてきたのに。
聖女が、閉じていた目をゆっくり開ける。
そこに浮かぶ色に、怒りも憎しみの感情もない。
青紫の透き通ったアメジストの様な瞳が、狙い澄ますように黒竜である僕を真っ直ぐ射抜く。
全身が、空間に磔にされたように、動かなくなった。
その瞳から目が離せない。あぁ、これが聖女か。
脳裏には、ナーシアやビュラさん、屋敷の人達と過ごした日々が流れる。ナーシアは勇者に運ばれて、この場所にはいない。
生まれて、初めて、心から守りたいと思った子。僕は…守り切れたのかな。さよならって、言いたかった。
聖女が、口を開く。澄んだ声が、最後の詠唱一節を唱える。
渦巻く潤沢な白い魔力の奔流が、一つの美しい魔法へと形を変えた。
そうか、消えるんだ。ここで終わりなんだ。何か、大事な事を忘れていたまま…。結局何も、思い出せなかったな。
真っ白に埋め尽くされる光。
痛みを感じるより早く、光の中に溶け消える。
どこか諦めに似た感情の中、願う。
ナーシアとみんなが、無事でいますように。
それらは悉く失敗している。影裂界は開かないし、紫電化も出来ない。
周りを見たら、広がっていた黒魔力は消えていた。新しく手に入った【紫電化】は、黒霧が広がった中でしか移動出来ない。
代わりに、宮殿全体を囲うように現れた結界が黒竜の体力とも言える黒魔力を弱らせていく。
あれは勇者が張った神聖結界だ。あれのせいで、黒魔力が上手く操れなくない。本体から離れた黒魔力は、すぐに薄くなって消えていく。
「いけいけ~リリちゃん!」
「おいこら、集中してるんだから静かにしろよ」
はしゃぐマノンを、ヴィグルが優しく諭す。
黒い魔竜に自分の国の民を殺され、怒り心頭の聖女。一緒に闘う勇者達。悪役の僕は、このまま殺されるのが筋書きか?
あぁ、馬鹿みたいだ。良い訳がない。
聖女。君を信仰する人間達が、君の父親である教皇が罪のない少女を殺そうとしたのが始まりだ。
悪役のドラゴンを倒したと、この国の人達は聖女を持ち上げ、自分達がしでかした事を忘れるだろう。そしてまた、同じ過ちを繰り返すだろう。
救済者なんて名乗るなら、自分の国の過ちに気付けよッ!
勢いのまま、詠唱中の聖女に向かって絶刃断を同時に幾つか飛ばす。
「君は大人しくしていろ。【アクセルソード】」
黒竜の攻撃は、白い剣筋を振って飛んできた似たような勇者の攻撃で相殺された。
間髪容れずに黒魔力を地面から伸ばし、無数の鋭く尖った棘を勇者達に突き刺す。
勇者達に攻撃している間に、結界を突破しようと天窓に向かった。皇国で閉じ込められていた結界とは比にならない、勇者の結界。近づくだけで大きく反発し、跳ね飛ばされた。
「無駄だッ」
勇者が輝く剣を地面に向かって突き立てる。地面を伝う衝撃波が黒魔力の黒棘を一撃で掻き消す。
一撃で呆気なく散る黒棘を見て焦りが募る。
ほんとに、成す術無しか…ッ!?
迫り来る魔力の気配。翼に力を込めて身体をずらす。魔力で巨大化された斧が目の前を通り過ぎる。
ぐッあ、ッ。
だけど、同時に飛んできた複数の矢は避け切れず、胴体と尾に一本ずつ刺さった。
魔力で出来た細い弓の筈なのに、内臓を抉るような痛みに唸り声が漏れる。
「【発動】」
その声が聞こえた瞬間、刺さった矢が体内で爆発した。
「ーーッグアァァアァァァアアア」
爆発によって、胴体の下腹部が消し飛び、尾が弾け飛ぶ。黒竜の抉れた黒い傷口から、ドロドロとした墨のような液が溢れる。
精神的にも満身創痍な中、聖女の長い詠唱がついに止まった。
聖女の身体の内で、スキルを発動する直前の、黒竜一匹に対しては過剰殺傷力の神聖魔力が渦巻く。
ーークソッ、開けッ、開けよッ!?
特殊魔法である影裂界が発動しない。ワープでの離脱が出来ない。もう嫌だ、痛いのは、もう嫌だよ。
危機頻拍した状況に焦燥と恐怖が込み上げる。
神聖魔力が広がるこの国では、影裂界が開かない時もあったけど…最終的に開けるようになった。結界だって、ナーシアを助ける時に突破する事が出来たんだ。
もう駄目だと思っていた時に、なんとかやって来れたじゃないか。
今が…今が、その時だろッ!?
現実は、必死に奇跡に縋り付くことしか出来ない死にかけの黒竜が宙に浮くだけ。
息が苦しい。空間中の神聖な魔力は既に濃度を増し、精神力と体力である黒魔力を削る。それに当てられた黒竜の鱗は幾つも亀裂が入っていた。
あぁ、この人達が来るまでに、逃げていれば良かった。この結界さえなければ、逃げられたのに。
そんな後悔も、この状況では今更だった。
「あんなの、わざわざりりちゃんが大技叩き込まなくてもぉ一発で殺せちゃうのにぃ!それよりもぉ、痛めつけて殺した方が良いんじゃないのぅ?」
「俺だったらそうするけどよ。魔物なんかにも聖女っつうーもんは体裁を気にするんだから、そこんとこは気の毒だよな。なぁ、リーダー」
「…体裁ではないんだよね。僕らは、常に正義に根ざした行いをしなければならないだけだよ」
何が正義だ。気持ちに余裕があれば、鼻で笑ってただろう。
「はー、何つーか、難儀なもんだな」
勝利を初めから確信している余裕のある勇者達は、聖女が詠唱を完了するまで悠長に会話をしていた。
死にたくない。本当は、まだ生きていたいんだ…ッ。
狂ったように硬質化した黒魔力で結界を攻撃する。
「あははははッ!なにしてるのぅ~あの黒竜」
「結界を壊そうとしているみたいだね。まぁ、そう簡単に壊される訳には行かないし…念のため」
無慈悲にも勇者が再び結界を発動させ、神聖結界はさらに強度が増す。
う、あ。
絶望と同時に、黒魔力が底をついたことを気付く。
影裂界の中にある黒魔力が引き出せない。そのせいで、黒竜の身体を構成している黒魔力しか使えるものはない。
二重になった神聖結界は、濃度が更に増して黒竜の身体を蝕むように消していく。
分離…無理だ。今、分離したら消失度が加速するだけだ。黒魔力で防御も意味がない。呪術魔法…も神聖属性には効かない。
…駄目だ。闇属性の僕は、神聖属性の前では全て意味を成さないんだ。
どうすれば、せっかく、…生きてきたのに。
聖女が、閉じていた目をゆっくり開ける。
そこに浮かぶ色に、怒りも憎しみの感情もない。
青紫の透き通ったアメジストの様な瞳が、狙い澄ますように黒竜である僕を真っ直ぐ射抜く。
全身が、空間に磔にされたように、動かなくなった。
その瞳から目が離せない。あぁ、これが聖女か。
脳裏には、ナーシアやビュラさん、屋敷の人達と過ごした日々が流れる。ナーシアは勇者に運ばれて、この場所にはいない。
生まれて、初めて、心から守りたいと思った子。僕は…守り切れたのかな。さよならって、言いたかった。
聖女が、口を開く。澄んだ声が、最後の詠唱一節を唱える。
渦巻く潤沢な白い魔力の奔流が、一つの美しい魔法へと形を変えた。
そうか、消えるんだ。ここで終わりなんだ。何か、大事な事を忘れていたまま…。結局何も、思い出せなかったな。
真っ白に埋め尽くされる光。
痛みを感じるより早く、光の中に溶け消える。
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ナーシアとみんなが、無事でいますように。
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