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天太の正体 十一話
しおりを挟むユリカは小さな頃、鏡をのぞきこむたびお祈りしていた。
明日になったらこの傷がなくなってますように。私もみんなと同じ綺麗なほっぺになれますように。
いつからか諦めてしまったあの頃の祈りをユリカは思い出していた。
『傷などどこにある。俺の目には見えぬ』
天太が叶えてくれたから。
枕元で手ぬぐいをしぼる音がしていた。
「気づいたか、大事ないか?」
そう云って手ぬぐいをぱんぱんして、ユリカのひたいに乗せる男は――天太だった。
「う……? 私……」
「のぼせて溺れかけていた。痴漢に迫られ、さぞかし怖かっただろう」
「痴漢……あ、一豊さんか……」
ここは山小屋、ユリカは自分の布団に寝かされていた。
掛布団の下は裸のまま。天太が谷川から小屋まで運んでくれ、体を拭いてくれたのだと分かり無性に恥ずかしくなった。
「かずとよ……。知り合いだったのか」
「はい……。昔祝言をあげる予定だった人で、今頃になって結婚しようと云ってきたのです。あの人は今どこに?」
それを聞いた天太がずざっと座敷からたちあがる。
「天太さん?」
「ではこの着物はあやつのものだったのか?」
彼は当たり前のように露芝の着物に着替えていた。まるでここに帰ってきたかのように。
「ちがいます、その着物は自分で買いました」
「男物を自分で? なぜだ」
「この着物が似合うような旦那様が……欲しかった……からです」
「何ッ!?」
天太が自分の体を見おろす。ユリカは焦って付け足した。
「でっ、でもそれを知ったら天太さん着てくれないと思ったから人から貰ったと云ってしまいました。それよりなにゆえここにいるのですか?」
「い、いてはいけなかったか」
「ううんっ、そうではなく」
天太を引き留めようと、ユリカのひたいから手ぬぐいがおちる。
「一つ向こうの山へ帰ってしまったのかと」
「一つ向こうの山? なぜだ」
「賊にやられて怪我したと云っていませんでしたか?」
「それは巡回をしていた時にな」
天太は眉をしかめてうなずいてみせた。
「賊がこの山に来てから気づいたのではユリカが危ないから、三つ山を巡回している。それでも今日のような事態が起きるのだな……俺がたまたま村へおりた日に」
ユリカが危ないから。彼はたしかにそう云った。
腕組みをして口をへの字に結ぶ天太を、ユリカは目を丸くして見つめた。
「天太さん、村へ行っていたの?」
「うむ。もっと早く戻るつもりだったのだが村でぎっくり腰の老夫婦につかまって、なぜか畑仕事を手伝わされていた。遅くなってすまなかった」
「ほ、本当? 戻ってきてくれるつもりだったの? この小屋に?」
「? もちろんだ」
華が咲くようにユリカの表情が変わっていく。
しかし天太は自信なげにうつむいていた。
「だが今となっては戻らん方が良かったな。かずとよか。あの色男をここへ連れ戻さねば……」
「なっなななぜ!?」
「祝言をあげるのだろう……?」
ユリカはくらくらするくらい首をふった。
「私一豊さんなんかと結婚しませんっ。あの人、ご両親がぎっくり腰になって自分が働かなくちゃいけなくなったから来ただけなの」
「両親がぎっくり腰?」
「私はあの人の事なんて好きじゃない、っくっしゅん」
ユリカは掛布団で胸元をおさえながらくしゃみをした。
「ユリカ、風邪をひく」
裸の肩と背中に布団をかけようとする天太。彼の胸元をユリカはきゅっとつかんだ。
「天太さんが好きっ」
そう云うと、天太は動揺したように顔をそむけて、ユリカをそっと離した。
「ユリカ……俺の顔が見えていないのか」
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