英雄は根に咲く

ぼん

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第一部:冒険の根を張る

第4章:砂に沈む約束 第4話:花の名を

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 遺跡の奥──天井の抜けた広間に、冷たい風が吹き込んでいた。

 砂に埋もれた祭壇、その上に座すのは黒き残骸。甲殻のような硬質な体表に、崩れかけた骨の腕をいくつも持つ異形の魔獣。見た目はアンデッドの変異種のようだが、周囲を漂う気配は異質だった。

「気をつけて。……これ、今までと違う」

 クレアさんが警告する。

 魔獣は目を持たない代わりに、長い舌のような触腕を空間に這わせていた。砂の匂い、足音、呼吸──ありとあらゆる気配に反応し、獲物を絡め取る性質のようだった。

「前に出る。ニコ、後衛の支援を」

 ガルドさんが盾を構え、低く呟く。

「クレアさん、サポートお願いします。リリィは──」

「位置は取った。合図を」

 短く答えたリリィはすでに高台の瓦礫に身を伏せ、弓を番えていた。その姿はもう、疑いなく“共に戦う者”の一員だった。

 僕は小さく息を吸い、集中の精霊と俊敏の精霊に意識を向ける。風が彼の靴先をくすぐり、神経が研ぎ澄まされていく。

「いく!」

 ガルドさんが突撃し、魔獣の舌腕が数本、地を這って襲いかかる。その一本を盾で受け止め、残る二本を僕が切り払う。

 反動で砂が舞い、魔獣が咆哮を上げた。

 瞬間、リリィの矢が一閃し、魔獣の胴に深く突き刺さる。続いてクレアさんの光が拡散し、触腕の感覚器官を撹乱した。

「今だ、右脚の関節!」

 僕の指示にガルドさんが動く。重い一撃が魔獣の足を砕く。しかし魔獣は倒れず、空中に跳ね上がった触腕が再び襲いかかる。

 その動きに、リリィの矢が重なった。一拍早く飛んだその一矢が、僕の背後に迫った舌を撃ち落とす。

 ──守ってくれた。

 僕は剣を構え直し、声を張った。

「決めるよ、今度こそ──!」

 火と風の精霊が呼応する。僕の刃に淡い熱と速度が重なり、最後の一撃が魔獣の首元を断った。

 魔獣の体が崩れ、ざらりと砂が広がる。

 緊張が解け、空気が静かに沈んだ。

 誰も言葉を発しなかった。だが、その静寂は不安ではなく、確かな信頼の余韻に満ちていた。

 壁面にはところどころ古代文字が刻まれているが、意味をなすものは読み取れない。ただ、風化しながらもそこに何かが“残された”という事実だけが、空気を満たしていた。

 僕はゆっくりと呼吸を整えながら、背後に目を向けた。

 高台から降りてくるリリィの姿が見えた。

 いつも通り無言で、表情も読み取れない。けれど、その歩みにはもう迷いがなかった。

「リリィ……」

 声をかけるより早く、彼女は肩にかけていた矢筒を外した。そして、ためらいなく、それを僕の足元に置いた。

「これからも、使って」

 短く、それだけ言って、またいつものように顔を背けた。

 クレアさんがそのやりとりを見ていて、ふっと微笑む。

「……ねえ、リリィ。もう仲間ってことで、いいかしら?」

 リリィはしばし沈黙していた。

 だが次の瞬間、小さくうなずいた。頬にほんのわずか、陽射しに照らされたような赤みが差す。

「じゃあ、ようこそ」

 クレアさんが優しく声をかけると、リリィはますます視線を逸らした。けれど、もう誰も彼女の隣に“線”を感じてはいなかった。

 ガルドさんは何も言わずに、黙ってうなずく。僕も自然に微笑んだ。

 その夜。

 一行は広間の奥にある小部屋で簡易の野営を敷いた。石に囲まれた空間は外の砂塵を防ぎ、淡い光の玉の明かりが、ゆらゆらと仲間たちの影を照らしていた。

 僕は、焚き火の代わりに光の玉を囲むように皆が静かに座っている様子を見つめていた。

 誰もが疲れていたけれど、そこに漂っている空気は温かかった。

 ──ずっとこうしていたい、と思った。

 失われた村のことを思い出すたび、戻れない過去が胸を締めつけた。けれど今、自分たちには“ここ”がある。

 その中心にあるものは、戦いではなく、光でもなく── “支え合い”だった。

「……根に咲く花のように」

 不意に、僕が口を開いた。

 クレアさんが顔を上げる。

「どこに咲くかなんて、選べないかもしれない。でも、根を張って、少しずつでも支え合えたら……きっと、誰かの力になれる」

 そう言った僕の声は小さくても、心は揺るぎなかった。

「名前……ちゃんとつけようか」

 クレアさんが言った。

「リリィも加わったし。そろそろ、呼び名だけじゃなくて、本当の“名前”を持ってもいいと思う」

 沈黙の中で、僕はゆっくりと立ち上がり、光の玉を見つめた。

 その中心に、一筋の温かな光が揺れていた。

「 “ブルーミング・ルーツ”──根に咲く、って意味。僕たちに、ぴったりだと思う」

 クレアさんがふっと微笑み、リリィはそっと小さくうなずいた。

 ガルドさんは無言のまま、重みのある肯定の視線を返した。

 光の玉が、ぽうっと柔らかく明滅する。まるで、その名を気に入ったかのように。
 そうして、新たな名のもとに僕らは初めて、正式な“ひとつの根”になった。
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