英雄は根に咲く

ぼん

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第一部:冒険の根を張る

第4章:砂に沈む約束 第3話:居場所の証明

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 砂の遺跡層を進む僕たち四人の足取りは、慎重そのものだった。

 迷宮のように入り組んだ回廊、崩れかけた祭壇跡、埋もれた碑文。そのどれもが静かに佇んでいるのに、空気は妙にざわついている。

 遺跡の奥に進むほど、幻覚や精神への干渉が強くなる。その影響か、僕らの口数も自然と減っていた。

「……あっち、砂が薄い。足を取られにくい」

 先頭を歩く少女が、小さくそう言った。黒髪を揺らしながら、弓を背負ったまま先行するリリィ。

 彼女はこの日から、斥候役として列の先に立っていた。

 誰が頼んだわけでもない、けれど、何かの拍子に「案内はしてやる」とだけ言い残し、静かに前を歩き始めたのだった。

 クレアさんがその背を見つめながら、僕に小声で囁いた。

「昨日も夜通し見張ってくれていたの、気づいてた?」

「……うん。僕が目を覚ましたとき、まだ彼女が背中を向けて立ってた」

 僕は微笑を浮かべたが、どこか胸の奥に引っかかるものがあった。なぜ彼女は、そこまでしてくれるのか。

 自分の命を救った矢と、あの冷たい言葉が重なっていた。

「 “ただ巻き込まれたくなかっただけ”って、言っていたけど……本当に、そう思っているのかな」

 つぶやいた言葉は、自分への問いのようだった。

 その時、通路の奥から低いうなり声が響いた。

 砂に埋もれていた遺跡の床がわずかに揺れ、複数の影が姿を現す。

 ──アンデッド。

 腐敗した鎧を纏い、骨の手に鈍く錆びた武器を握った影が、五体、六体と現れた。

「来るわ!」

 クレアさんが声を上げ、仲間たちが構えを取る。

 ガルドさんが盾を前に出し、僕が剣を抜いた。遅れて、風を切る音が走る。

 ──シュッ

 リリィの放った矢が、前衛に迫るアンデッドの眼窩を正確に貫いた。

 それはまるで、彼らが動き出す“前”に読んでいたかのような精度だった。

「左、もう一体来る」

 淡々とした声が響き、矢が続けざまに飛ぶ。

 右肩、喉、膝──すべて的確に、無駄なく、仲間の危機を事前に潰していく。

「……やっぱ、すごい」

 僕は息を呑みながら言った。彼女の矢が、仲間を“守る”ように飛んでいることに、気づかない者はいなかった。

「……あの子、本当は帰る場所が欲しいのかも」

 クレアさんがぽつりとつぶやいた。

「仲間になりたいだなんて言えないのは、断られるのが怖いからじゃなくて、自分で線を引いているんだと思う。誰かに必要とされるのを、ずっと待っていた人の背中……そう見えた」

 僕はリリィの後ろ姿を見つめた。

 弓を持つその手は、誰にも寄りかからず、どこにも属していないように見える。

 けれど同時に、その姿は──どこか、さみしげでもあった。

 戦闘を終えたあと、一行は崩れた回廊の奥にある石室に拠点を構えた。

 壁は朽ちていたが、砂塵の流れ込みは少なく、魔獣の気配も感じなかった。

 ガルドさんが入り口近くに盾を立て、静かに腰を下ろす。

 クレアさんは、傷の手当てを終えた僕に水筒を差し出し、柔らかく笑った。

「もう、今日は限界ね。精神も削られている……この遺跡、どこまで“人の心”を試してくるのかしら」

 僕は頷き、壁に背を預けた。

 光の玉が寄り添うように肩先に浮かび、ささやかな温もりを灯している。

「……リリィは?」

 ふと、気づけば姿が見えなかった。

 クレアさんは指先で空を示す。

「たぶん、また見張り。さっき、誰にも何も言わずに出て行ったわ」

 僕は立ち上がり、石室の外にそっと歩を進めた。

 ほんのわずかな風が通る石柱の間──そこに、彼女はいた。

 リリィは弓を背負ったまま、遺跡の入り口を見つめていた。その肩越しに、光の玉が一つだけ、静かに寄り添って浮かんでいた。

 彼女は振り返らなかった。だが、足音にはすぐに気づいていたはずだ。僕が近くまで来ても、やはり口を開くことはなかった。

「……ありがとう。今日も、助けられた」

 僕は、背中に向けてそう言った。

 沈黙が落ちた。

 そして、ほんのわずか──リリィの肩が動いた気がした。けれど彼女は、それ以上何も言わなかった。

「一時的に加わるだけ、って言ってたけど……それでも、君の矢に、何度も救われてる」

 僕は静かに続けた。

 答えは返ってこなかった。けれど、それでいいと思った。

 この夜の空気に、言葉は必要ない。ただ、一緒にいてくれるだけで、それが“居る”という証明になる。

 僕はそっと後ろを向き、石室に戻ろうとした。

 そのとき、背中から、かすかな声が届いた。

「……見張りは必要でしょ。誰も言わないなら、やるだけ」

 それは、誰に向けたわけでもない、ただの呟きだった。

 けれど、それが僕に向けられた“言い訳”にも聞こえた。

「うん。ありがとう」

 返した声に、リリィは何も応えなかった。

 再び石室に戻ったニコは、仲間たちの寝息を背に、目を閉じた。その意識が沈み込む直前──

 肩先に浮かんだ光の玉が、ふっと、暖かく明滅した。あの矢のように、言葉ではなく、でも確かに伝わるものがある。

 たぶん、それは「想い」っていうんだろう。今はまだ、小さくて、触れられないけれど。

「……おかえり」

 夢の中で、そんな声が聞こえた気がした。
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