英雄は根に咲く

ぼん

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第一部:冒険の根を張る

第5章:紅蓮の口づけ 第5話:一歩、深く

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 炎熱の溶岩洞をあとにした僕たちは、帰還のための上層通路を静かに歩いていた。

 険しい戦いを終えたあとの道のりは、どこか柔らかく、息の合った気配に包まれていた。

「……前に来たときは、こんなに長かったっけ?」

 僕がつぶやくと、カイさんがひょいと肩をすくめる。

「いやー、たぶん気持ちの問題? でも俺はさ、なんか今の方があっという間に感じるけどな。仲間がいるって、やっぱ違うってやつ?」

 軽口のようで、妙に素直な言葉。

 そのテンポに、クレアさんが小さく笑った。

「少しは疲れてるはずなのに、声だけは元気そうね」

「俺、声がエネルギー源だからさ!」

「うるさい」

 リリィの突き刺すような一言に、カイさんは大げさにうなだれた。

「出たなツンデレ……!」

「……意味がわからない」

「そのままでいいよ」

 クレアさんが言い、僕はふっと笑った。

 会話は途切れながらも、どこか心地よいリズムで続いていく。誰かの言葉に誰かが反応し、別の誰かが空気を整える。その繰り返しが、不思議と温かかった。

 洞窟内はまだ暑さが残るが、深部に比べればはるかに過ごしやすい。汗に濡れた服も乾き始め、呼吸にも余裕が戻る。

 僕はふと、皆の背中を見渡した。

 無口だけれど最後まで盾を構え続けたガルドさん。

 光を扱い、ときに皆を導いてくれるクレアさん。

 冷静で距離を取りがちだが、確実な一撃を放つリリィ。

 そして、陽気に見えて、芯の部分は誰よりも熱いカイさん。

 ──それぞれが、違う色を持っている。

 でも今、その色が重なり合って、一つの“形”になりかけている気がする。
 花が咲く前の蕾のように、まだ固いけれど、確かに内側で“膨らんで”いる。

「ねぇ、休憩挟まない?」

 クレアさんの声で思考が切れる。

 見れば、先の広場のような空間に自然石が積まれ、小さな湧き水も流れていた。

「座れる場所もある。冷たい水も取れるし、ちょっと休もう」

 僕がそう言うと、皆が自然に足を止めた。

 カイさんはすぐに腰を下ろし「水! 命の水!」と叫びながら水をすくう。

 リリィは静かに矢の状態を確認し、ガルドさんは入口側に目を向けて警戒を怠らない。

 何も言葉は交わさずとも、誰が何をすべきかが“自然に”噛み合っている。

 そんな時間が、ただ静かに流れていった。

 小休止を終えた一行は、再び地上への道を登り始めた。焔に包まれた深層部から、少しずつ空気が軽くなっていく。

「しかしさあ、あの焔殻蜥蜴ってやつ、マジで危なかったよね。あんな甲殻が爆ぜるタイプ、初めて見たわ」

 カイさんが岩壁をなぞりながら、話題を持ち出す。

「でも、最初に見た瞬間、動きが鈍かったでしょう? だから急所も読めた」

 クレアさんが歩きながら答えた。

「俺の精霊術が効いたからじゃなく?」

「自分で言わないで」

 やや呆れたように言いながら、クレアさんの口元は緩んでいた。

 そのやり取りに、僕がふっと笑う。以前なら、こんな会話すらぎこちなかった。けれど今は、それぞれが自然体で言葉を交わしている。

「次はもう少し、……風が通る静かな階層がいい」

 リリィもときどき、短く言葉を挟むようになった。

「それ、俺に言ってる?」

 カイさんが振り返ると、リリィは目をそらしながら、

「火ばっかり出すから」

 とだけ呟いた。

「いやー、でも火っていいんだよ。料理できるし、敵も燃やせるし──あ、でも風も好きだよ? 風もこう、ほら、気持ちいいし?」

「……軽い」

「えっぐい」

 リリィとクレアさんに同時に刺され、カイさんは肩をすぼめる。

 だがその様子に、ガルドさんが小さく息を吐くようにして、喉の奥で笑った。それは、誰にも届かないほど微かな笑いだった。けれど、僕には分かった。

 ──今、ここには“音”がある。

 笑い声も、言葉の応酬も、沈黙の間も、どれもが混ざり合って、ひとつの調べを奏でている。

 ぎこちない“寄せ集め”ではない。すこしずつ、五人が“響き合っている”。

 坂を登りきる頃には、洞窟の天井がわずかに開けていた。

 かすかな風が、五人の間を通り抜けていく。

「ねぇ、ニコ君」

 ふと、クレアさんが足を止め、後ろから声をかけた。

 振り向くと、彼女は笑っていた。熱気にほてった頬のまま、まっすぐに。

「これからが本当の冒険だよ」

 一言だけ、そう言った。

 僕はその言葉を、静かに受け止めた。火の階層を越え、ようやく今、“五人”が揃ったこの瞬間。

 これまでの旅が“準備”だったのなら、これからは“花を咲かせる”旅。

「……うん」

 ひと呼吸置いて、

「きっと、まだ咲ききってない」

 光の玉が、胸元で淡く揺れる。それは風でもなく、火でもなく──

 仲間という名の“熱”が、胸の奥にともった証だった。
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