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第二部:覚悟の種が揺れる
第9章:夕映えに立つ影 第5話:夕陽の先へ
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地下四十五階層の中継地は、帰還する冒険者たちの気配と苔の仄かな光で満たされていた。
坑道奥の任務を終えた僕たちの足取りは重かったが、その胸の奥には何か静かな余韻が残っていた。
道具の手入れをしながら、僕はぼんやりと手元の光の玉を見つめていた。
魔獣討伐の際に見たアレイドさんの戦い方――命を燃やすような精霊術と、燃え尽きた瞳の色。その全てが、今も脳裏に焼き付いている。
クレアさんは報告書の整理を終え、そっと皆の輪に戻ってくる。
「今夜は休んでいこう。さすがに、もう無茶はやめてね」
その優しさに、カイさんが照れ隠しに口を尖らせる。
「分かってるって。こっちは平気だけどよ、あっちの連中は……」
言葉を濁した先に視線を送ると、虚ろの斜陽が静かに支度をしていた。誰一人、声を発せず、淡い光の下でただ淡々と帰還の準備を進めている。
リリィは一歩距離を取りながら、彼らの背中をじっと見つめていた。ガルドさんは何も言わない。ただ、盾の金具を調整しながら仲間たちのやり取りに耳を傾けていた。
しばらくして、帰還の合図が灯る。
中継地の出口――そこだけは、苔光がわずかに赤みを帯び、空間全体が薄暮に包まれるような独特の色合いになっている。
地上の夕陽を知らぬ者でも、その“帰り道”の色だけは身体に染み付いていた。
虚ろの斜陽の一団が先に動き出す。その中でアレイドさんは僕の前で足を止めた。
苔の光が彼の横顔をほんのり染めている。
「……まだ若いなら、立ち止まるな」
静かに、けれど確かに届く声だった。
僕は目を見開いた。
「俺みたいになるなよ」
アレイドさんの言葉が、坑道の苔光に溶けて消えていく。
その一言は静かで、けれどずっと胸に残る重みがあった。
僕はその背中が見えなくなるまで、ただ黙って立ち尽くしていた。誰かに追いかけて声をかけることも、質問をぶつけることもできなかった。
ただ、歩み去る影の輪郭を、光の玉のぬくもりを通して見つめていた。
「……ニコ、大丈夫?」
クレアさんがそっと近づき、優しく声をかけてくれる。
「うん……大丈夫」
思わず口にしたが、心の中は複雑だった。
カイさんが「何か言われたのか?」と覗き込んできて、リリィも静かに視線を向ける。
ガルドさんは一歩後ろで、何も言わずにただ見守っていた。
僕はしばらく言葉を探していた。みんなと並んで、坑道の出口へとゆっくり歩き出す。仲間たちの歩調が揃い、灯りの赤みが少しずつ強くなっていく。
「……さっき、アレイドさんに言われたんだ。『立ち止まるな』って」
そう打ち明けると、カイさんがニヤリと口角を上げた。
「そりゃ、俺たちに似合わねぇもんな」
リリィも無言で頷き、クレアさんが、
「進むって、きっと怖いことなんだよ」
「でも、怖くても歩かなきゃ、きっと僕も……」
言いかけて、言葉が途切れる。
出口の向こうには、赤みを帯びた苔光が満ちていた。まるで地上の夕陽のように、誰もが一日の終わりを思い出す時間。
僕は、ふと足を止めて振り返った。さっきまでいた坑道の奥――もう、虚ろの斜陽の姿はなかった。
静かな空洞、消えかけた光。だが、その静寂が逆に、何かを“始める”ための余韻に感じられた。
もう一度、ゆっくり前を向く。
手の中の光の玉が、微かに明滅している。そのぬくもりは、アレイドさんの背中で見たものとはまったく違う色――けれど、自分だけの希望が宿っている気がした。
(僕は、まだ何者にもなっていない──でも、なりたいと願ってる)
そう心の中で呟きながら、坑道出口の赤い光の向こうへ歩き出す。
帰還の手続きを終え、クレアさんが「お疲れさま」と優しく声をかけてくれる。
カイさんが「明日からどうする?」と軽く話題を振り、リリィが小さく「……もう少しだけ、一緒にいよう」と呟く。
ガルドさんは無言で頷き、みんなの輪が自然と狭くなった。
誰も“英雄”のことを口にはしない。それでも、ひとりひとりが今日の戦いと、アレイドさんの言葉を自分の中で反芻していた。
最後に、僕はもう一度だけ空洞の奥を振り返った。あの背中は、もう見えない。でも、立ち止まらずに歩き出せる気がした。
足元の苔光が、静かに道を照らす。仲間と共に、まだ見ぬ“先”へ――
坑道奥の任務を終えた僕たちの足取りは重かったが、その胸の奥には何か静かな余韻が残っていた。
道具の手入れをしながら、僕はぼんやりと手元の光の玉を見つめていた。
魔獣討伐の際に見たアレイドさんの戦い方――命を燃やすような精霊術と、燃え尽きた瞳の色。その全てが、今も脳裏に焼き付いている。
クレアさんは報告書の整理を終え、そっと皆の輪に戻ってくる。
「今夜は休んでいこう。さすがに、もう無茶はやめてね」
その優しさに、カイさんが照れ隠しに口を尖らせる。
「分かってるって。こっちは平気だけどよ、あっちの連中は……」
言葉を濁した先に視線を送ると、虚ろの斜陽が静かに支度をしていた。誰一人、声を発せず、淡い光の下でただ淡々と帰還の準備を進めている。
リリィは一歩距離を取りながら、彼らの背中をじっと見つめていた。ガルドさんは何も言わない。ただ、盾の金具を調整しながら仲間たちのやり取りに耳を傾けていた。
しばらくして、帰還の合図が灯る。
中継地の出口――そこだけは、苔光がわずかに赤みを帯び、空間全体が薄暮に包まれるような独特の色合いになっている。
地上の夕陽を知らぬ者でも、その“帰り道”の色だけは身体に染み付いていた。
虚ろの斜陽の一団が先に動き出す。その中でアレイドさんは僕の前で足を止めた。
苔の光が彼の横顔をほんのり染めている。
「……まだ若いなら、立ち止まるな」
静かに、けれど確かに届く声だった。
僕は目を見開いた。
「俺みたいになるなよ」
アレイドさんの言葉が、坑道の苔光に溶けて消えていく。
その一言は静かで、けれどずっと胸に残る重みがあった。
僕はその背中が見えなくなるまで、ただ黙って立ち尽くしていた。誰かに追いかけて声をかけることも、質問をぶつけることもできなかった。
ただ、歩み去る影の輪郭を、光の玉のぬくもりを通して見つめていた。
「……ニコ、大丈夫?」
クレアさんがそっと近づき、優しく声をかけてくれる。
「うん……大丈夫」
思わず口にしたが、心の中は複雑だった。
カイさんが「何か言われたのか?」と覗き込んできて、リリィも静かに視線を向ける。
ガルドさんは一歩後ろで、何も言わずにただ見守っていた。
僕はしばらく言葉を探していた。みんなと並んで、坑道の出口へとゆっくり歩き出す。仲間たちの歩調が揃い、灯りの赤みが少しずつ強くなっていく。
「……さっき、アレイドさんに言われたんだ。『立ち止まるな』って」
そう打ち明けると、カイさんがニヤリと口角を上げた。
「そりゃ、俺たちに似合わねぇもんな」
リリィも無言で頷き、クレアさんが、
「進むって、きっと怖いことなんだよ」
「でも、怖くても歩かなきゃ、きっと僕も……」
言いかけて、言葉が途切れる。
出口の向こうには、赤みを帯びた苔光が満ちていた。まるで地上の夕陽のように、誰もが一日の終わりを思い出す時間。
僕は、ふと足を止めて振り返った。さっきまでいた坑道の奥――もう、虚ろの斜陽の姿はなかった。
静かな空洞、消えかけた光。だが、その静寂が逆に、何かを“始める”ための余韻に感じられた。
もう一度、ゆっくり前を向く。
手の中の光の玉が、微かに明滅している。そのぬくもりは、アレイドさんの背中で見たものとはまったく違う色――けれど、自分だけの希望が宿っている気がした。
(僕は、まだ何者にもなっていない──でも、なりたいと願ってる)
そう心の中で呟きながら、坑道出口の赤い光の向こうへ歩き出す。
帰還の手続きを終え、クレアさんが「お疲れさま」と優しく声をかけてくれる。
カイさんが「明日からどうする?」と軽く話題を振り、リリィが小さく「……もう少しだけ、一緒にいよう」と呟く。
ガルドさんは無言で頷き、みんなの輪が自然と狭くなった。
誰も“英雄”のことを口にはしない。それでも、ひとりひとりが今日の戦いと、アレイドさんの言葉を自分の中で反芻していた。
最後に、僕はもう一度だけ空洞の奥を振り返った。あの背中は、もう見えない。でも、立ち止まらずに歩き出せる気がした。
足元の苔光が、静かに道を照らす。仲間と共に、まだ見ぬ“先”へ――
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