英雄は根に咲く

ぼん

文字の大きさ
62 / 126
第三部:精霊との対話

第12章:幻影と沈黙 第2話:侵食する光

しおりを挟む
 迷宮の空気が、目に見えない膜のようにまとわりつく。

 僕の胸元に下げた光の玉は、最初こそ淡く揺れていたが、気がつけば熱っぽく脈打っている。

「……変だな」

 つぶやいてみるが、声すら自分のものではないような感覚があった。

「ニコ、どうした?」

 カイさんの声が背後から聞こえる。僕は「大丈夫」と返すつもりが、口が思うように動かない。足元の苔の感触が遠ざかり、空気中の結晶の粒が視界を舞い始める。

(おかしい。……これは、前の階層の幻覚よりも強い)

「少し、休もう」

 クレアさんが提案し、ガルドさんが周囲を警戒する。

 僕たちは岩陰に腰を下ろす。だが、僕の光の玉は休ませてくれない。

 手のひらの中でどんどん鼓動を早め、やがてビリビリとしびれるような熱に変わった。

「……顔色が悪い」

 リリィが心配そうにのぞき込む。

「……大丈夫、たぶん」

 返事がどこかへ吸い込まれていく。

 みんなの声は遠い。精霊の気配すら、混線したノイズのようにざわめいている。

 壁の結晶に触れた瞬間、世界がゆっくり歪む。青白い光が天井から滴り落ち、床の苔の緑と交じり合う。

 何もかもが、きらきらと壊れていくみたいだった。

(僕の“光”が、暴れてる……)

 改めて光の玉を握りしめると、その脈動が腕から胸、全身に伝わる。自分の鼓動と玉の脈動が同調せず、逆に互いを食い合うような苦しさがあった。

「ニコ、しっかりしろ」

 ガルドさんの声が鋭く響く。

「水、持ってくる」

 カイさんが言い残して走る。

 でも、僕の意識はまるで水底に沈んでいくみたいだ。

 足元の苔が揺れ、結晶が伸び上がり、世界の輪郭がぼやけていく。

 何かが頭の奥で“ざわざわ”と広がっていく。自分の心の声が、まるで他人の声に変わっていく。

「――ここは、どこ?」

 誰の声だろう。

「僕は、誰?」

 自分自身の記憶さえ、遠くなっていく。

 気がつくと、光の玉が手の中で暴れる。

(僕……僕、なのか?)

 周囲の精霊たちが一斉に警戒したのが分かった。

 リリィが小さくつぶやく、

「ニコの玉……おかしい」

 クレアさんが叫んだ。

「ニコ君、戻ってきて!」

 でも、クレアさんの声すら、まるで分厚いガラス越しのように遠かった。

 僕の中に、見知らぬ光が侵食してくる。全身が灼けるように熱くなり、逆に思考はひどく冷たかった。

(光の玉――精霊の玉が、僕を飲み込もうとしている?)

 自我の輪郭が崩れる。

 仲間の顔が溶け、景色が崩れ、世界はただ白い光と闇だけになる。

 ――だれか、たすけて。

 遠ざかる意識のなか、かすかにクレアさんの声だけが響いていた。

 だけど、言葉の意味がすぐに溶けて消える。

 僕の頭の中では、光の玉が際限なく膨張し、身体の内と外を分ける境界が失われていった。

(なにもかもが、光の中に溶けていく……)

 白い光、青い熱、名もなき気配が渦を巻く。

 “自分”という存在がばらばらにちぎれて、意識の海を漂い始める。

 ――ニコ君。

 誰かが呼ぶ。懐かしい声――いや、これはクレアさんだ。

 けれど、その声ですら波紋のように遠ざかる。記憶の断片が浮かび上がる。幼い日の朝、名前を呼ばれた瞬間の温度。仲間たちと焚き火を囲んだ夜。リリィの澄んだ瞳、カイさんの陽気な声、クレアさんの静かな祈り。

 すべてが、光の奔流に呑まれていく。

 ――僕は……誰だったっけ。

 意識の奥底で、何かが必死に抵抗している。

「僕は……僕、だ」

 唇が動いても、声にならない。

 胸の奥に重く熱いもの――それが、僕の光の玉。

 突然、玉の輝きが暴力的な閃光に変わり、視界が一面の白で埋め尽くされた。

(苦しい……でも、離れたくない)

 うっすらと、誰かが僕の手を強く握っている感触が伝わる。

「ニコ君、聞こえてる? 私たちは、ここにいるから」

 クレアさんの声だ。リリィの短い「大丈夫」と、カイさんの「戻ってこい!」という叫びも混じる。

 僕は必死で意識をつなぎとめようとした。

(ここから、消えたくない。みんなの声が……僕を呼んでいる)

 光の奔流の中で、精霊の気配が突然変わった。

 恐れでも怒りでもない。ただ、静かな“共鳴”の音が、僕の胸の奥で響いた。

 ――おそれないで。

 言葉にはならないけれど、確かに伝わるものがある。

(僕は、僕でいいの?)

 そのとき、胸元の玉がかすかに揺れ、僕の意識の海に波紋が広がった。

 光の奥で、“僕”が小さな炎のようにゆらめきながら、呼び戻される。

「……ニコ君!」

 クレアさんの声が、ようやくはっきりと届く。

 身体のどこかで、誰かが僕を強く引き寄せてくれたような気がした。

「……う、あ……」

 呼吸が戻る。僕は、自分の声がまだ現実に届くことに驚いた。

 顔を上げると、クレアさんが僕の手を強く握り、涙ぐんだ瞳でこちらを見ていた。リリィが静かに僕の肩に手を置き、カイさんがほっとしたように息をつく。

 ガルドさんは黙って、みんなを囲むように立っていた。

「……よかった、戻った」

 クレアさんが小さくつぶやく。

 光の玉は、今は静かなぬくもりだけを手のひらに残している。仲間たちの輪の中で、ようやく現実に戻ってこれたことを、僕は全身で噛みしめていた。

「みんな、ごめん。……迷惑かけた」

 そう呟くと、カイさんが「バカ、気にすんな」と頭をはたき、リリィが短く「無事でよかった」とだけ言う。

 クレアさんは何も言わず、手を離そうとしなかった。

 胸元の光の玉が、今度は静かに――でも確かに、僕の心と呼応していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

処理中です...