英雄は根に咲く

ぼん

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第三部:精霊との対話

第12章:幻影と沈黙 第5話:沈黙が語るもの

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 淡い光が、視界の隅で揺れていた。

 まぶたを開けると、苔むした迷宮の天井がぼんやりと映る。自分がどこにいるのか、一瞬わからなかった。

 ゆっくりと呼吸をしてみると、冷たい空気が喉を満たし、かすかな土の匂いが胸に広がる。

 胸元の光の玉は、今はただ静かに、ぬくもりを伝えている。

「ニコ――」

 名前を呼ばれて振り向くと、そこに仲間たちがいた。

 クレアさんが一番に駆け寄ってくる。心配そうな顔で僕を見下ろし「大丈夫?」と囁く。

 カイさんは少し離れた場所で、いつもの調子で腕を組みながら様子を見ている。

 ガルドさんは黙ったまま、ほんの少しだけ僕の方に身を寄せていた。

 そして、リリィがいた。

 彼女は何も言わず、ただ近くで静かに佇んでいた。

 僕が目を合わせると、リリィはふと顔を逸らし、無言のまま視線を床へ落とす。

(……リリィ)

 その沈黙に、胸が締めつけられた。でも、なぜだろう――それは悲しみでも拒絶でもなく、むしろ温かなものに感じられた。

「……ごめん、みんな」

 僕はかすれた声でそう言った。

「心配かけて……」

 クレアさんが首を振る。

「謝らなくていい。無事でよかった」

「お前、目覚めるの遅すぎなんだよ」

 カイさんは軽口を叩き、リリィが小さく肩を揺らした。

 ガルドさんは一歩前に出て、静かに

「……立てるか」

 僕は頷き、ゆっくりと身体を起こした。全身が重い。でも、光の玉のぬくもりが背中を押してくれる。

「――ありがとう」

 その一言に、クレアさんが笑う。リリィは、ほんの少しだけ僕の顔を見て、またすぐに目を逸らす。

 仲間たちはそれぞれのやり方で僕の無事を確認し、さりげなく荷物の整理や周囲の安全確認を始めていた。

 あえて何も言わず、何も問わないその空気が、今はとてもありがたかった。

 僕は、そっと胸元の光の玉を撫でる。ぬくもりが指先に染みていく。

(君の声、聞こえた気がした……)

 目を閉じると、あの深い静寂の底で交わした“言葉のない対話”が胸に蘇る。

 ただ寄り添い、ただ見守ってくれていたあの光のぬくもり――それが、どんな慰めや励ましの言葉よりも、今の僕には強く残っている。

「ニコ君」

 クレアさんがもう一度名前を呼ぶ。

「ゆっくりでいいから、水を飲んで」

 僕は頷いて水筒を受け取る。乾いた喉に水の冷たさが心地よい。

「ありがとう、クレアさん」

「うん」

 カイさんが「また倒れるなよ?」と冗談めかし、リリィが今度はふっと僕に背を向ける。

 けれどその横顔はどこか安堵していた。

 みんな、何も言わなくても僕のためにここにいる。

(……ありがとう)

 静かな時が流れていた。

 遠くから、地下の水が滴る音が聞こえる。

 迷宮の壁には光の玉がほのかに揺れて、微かな光が僕たちを包み込んでいる。

 胸元の玉を、もう一度そっと撫でた。

 静かな時間が流れていた。

 まだ少し身体が重かったけれど、隣にいるリリィを見て、そっと微笑む。

 リリィはいつものように視線を合わせない。でも、それがなぜか温かく思える。彼女は言葉よりも行動で誰かを支える人だ。

 カイさんが何か冗談を飛ばし、クレアさんがそのたびに優しく笑っている。ガルドさんは、時折こちらを気にかけているようだった。

 僕はみんなの顔を順番に見渡した。それぞれの表情が、とても大切に思えた。

「ありがとう、みんな」

 そう呟くと、カイさんが「おー、やっとニコらしくなってきたじゃねえか」と笑い、クレアさんは「無理しなくていいからね」とそっと声をかけてくれる。

 リリィは何も言わないまま、少しだけ僕の肩を叩いた。

 それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 苔の上に座り込んだまま、僕は改めて胸元の光の玉を撫でる。

(君がいてくれたから、僕は帰ってこられた)

 光の玉は静かに輝き、指先に淡いぬくもりを返してくれる。言葉はなくても、気持ちは確かに伝わっている気がした。

 休息が落ち着くと、ガルドさんが立ち上がり、迷宮の奥をじっと見つめる。

「そろそろ動くか」

「はい」

 僕は素直に返し、荷物を肩にかける。

 出発の前に、僕はもう一度だけ胸元の玉にそっと触れる。

(君の声、確かに聞こえた。……ありがとう)

 迷宮の奥へと歩き出すと、リリィが静かに僕の隣に並ぶ。何も言わず、ただ歩幅を合わせてくれるその気配が、今は何より心強かった。

 僕たちが進む先の薄暗い通路には、光の玉がふわりと揺れていた。静寂のなか、沈黙が語りかけてくる。

 “ここにいるよ”

 言葉はなくても、仲間も、精霊も、僕の傍にいる。それを確かめながら、僕はもう一度だけ小さく呟いた。

「ありがとう。……みんな、行こう」
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