英雄は根に咲く

ぼん

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第四部:根の奥へ

第18章:焔、暴れる 第4話:兄弟として

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 灼熱の奔流が、ようやく力を失っていく。

 僕たちを包んでいた炎の壁は、しだいに和らぎ、炎瘴の間にはかすかな静けさが戻りつつあった。けれど、焼け焦げた根や床の残熱、そして胸元に残るざらついた痛みが、「まだすべてが終わったわけじゃない」と訴えていた。

 カイさんが僕の前で、大きく息を吐いた。

 風と雷の精霊の気配がまだ彼の両手に残っていて、空間に優しく吹き抜ける。

 ガルドさんは盾を静かに下ろし、クレアさんは光の玉を両手で包み込むように抱き、リリィも弓を下げて周囲を見渡している。

 レグナさんは膝をつき、荒い息をつきながら顔を伏せていた。

 彼の足元には、砕けた光の玉の残滓と、揺らめく赤い残光が静かに漂っていた。

 僕の胸元の光の玉も、まだどこか不安げに脈動している。

 熱は弱まったものの、根の奥に沈む“何か”は、依然として僕たち全員の背すじを緊張させていた。

 しばらく、誰も声を出せなかった。ただ、自分たちの呼吸と炎瘴の間を満たす根のうなりだけが、微かに耳に残る。

 そんな中、カイさんが振り返らずに口を開いた。

「……お前、誰かの“ために”って顔をしてた」

 突然の言葉に、僕は肩を震わせた。

 今の自分がどれだけ無茶をしていたのか、その一言で思い知らされた気がした。

「でもな、誰かを“守る”ってのは、勝手に決めていいもんじゃない。――本当は、隣に立つことなんだよ」

 カイさんの声は、炎の残滓よりもずっと熱く、まっすぐだった。

「俺もな……お前のこと、守りてぇって思ってた。だけど、独りよがりじゃダメなんだ。守るってのは、一緒に熱さも痛みも分け合うってことだ。俺は、そう思ってる」

 しばらく僕を見ず、レグナさんの方をじっと見つめていた。

「……兄弟ってのは、そういうもんだろ」

 カイさんの背中に、風と雷、そして火の精霊の気配が同時に集まり始める。

 僕の胸の光の玉も、呼応するように淡い光を放ち始めた。

 その瞬間、レグナさんの周囲に残っていた赤い熱の渦が、ほんの少しだけ静まったように見えた。

「……カイさん……」

 思わず名前を呼んでいた。
 その背中は、僕だけじゃなく、この場にいる仲間全員の“支え”のように感じられた。

 レグナさんが、わずかに顔を上げる。

 その瞳の奥に、まだ消え切らない焦燥と戸惑いが揺れていた。

「守るって、難しいな……」

 レグナさんが呟く。

「難しいさ。でも、独りで全部背負う必要なんてない。仲間がいるだろ」

 カイさんがそう言うと、風の精霊が一陣の疾風となって炎の残り火を巻き上げ、雷の精霊が細くも鋭い稲妻となって根の脈動を打ち消した。

 そして、火の精霊がカイさんの手のひらに赤い灯火をともす。

「仲間がいる。それでいいじゃねぇか」

 カイさんの言葉と三つの精霊術が、ゆっくりとレグナさんの暴走の残滓を包み込んでいく。

 炎瘴の間にようやく深い安堵の空気が流れ始めたころ、複数の足音が響いた。

「レグナ、無事か」

 焔の牙のジーナさんだ。

 ジーナさんはレグナに向けて冷たい視線を投げかけている。

「ほんと、人騒がせなやつだな……あんまり心配かけるなよ」

 トムさんが低い声で苦笑する。その横で、メルさんがじっとレグナさんを見ている。

 無口なメルさんは何も言わないが、そのまなざしには小さな苛立ちと気遣いが滲んでいた。

 レグナさんは、三人に囲まれるとわずかに視線を落とした。

「……悪い。少し様子を見たかっただけだ」

「様子見って顔じゃなかったぞ、レグナ」

 ジーナさんがじっとレグナを見つめ、静かに言う。

「全部自分で抱え込もうとしてたんだろ?」

 トムさんが肩をすくめて付け加える。

「昔からの癖だな。でも、ちゃんと頼れよ」

 メルさんが短く、

「……無理するな」

 とだけ呟いて、視線を外す。
 レグナさんは三人の言葉を受け止めて、やっとほんの少しだけ苦笑した。

「みんな、悪かったな。変な心配かけて……。でも、大丈夫だ」

 ジーナさんはすぐに屈んで、レグナさんの肩に手を置く。

「無理に強がるな。何かあったなら、全部言ってくれ。……それが、仲間でしょ?」

 レグナさんは、わずかにうつむいて小さく息を吐く。

 トムさんが少しだけレグナさんの背を押すように手を伸ばす。

「次からは、俺たちにも声かけろよ」

 そのやり取りを見て、僕の胸元の光の玉もようやく穏やかな震えに落ち着きを取り戻した。

 カイさんが、僕の肩をぽんと叩いて言う。

「な、独りで背負い込むより、こうやってみんなでいた方がいいだろ」

 僕はうなずいた。

 クレアさんもやさしくレグナさんを見つめ、リリィはじっと静かに周囲を見渡していた。ガルドさんは黙ってその輪の外から見守っていた。

 しばらくして、レグナさんは皆の支えでようやく立ち上がる。

「……ありがとな、みんな。あとで、ちゃんと話す」

 そう言った直後、レグナさんの力が抜けるように、その場に静かに倒れ込んだ。

「レグナ!」

 ジーナさんがすぐに駆け寄り、トムさんとメルさんも左右から支える。

 クレアさんが脈を確かめて頷く。

「大丈夫、気を失っただけです。今はしばらく休ませてあげて」

 焔の牙の三人はほっと息をつき、そっとレグナさんを横たえる。

 炎瘴の間には、ようやく完全な静寂が戻っていた。

 僕も大きく息を吐く。

 カイさんは天井を見上げながら、静かに呟く。

「兄弟でも、仲間でも、独りじゃない。それだけで、きっと守れるものがある――」

 僕は胸元の光の玉に手を当てる。

 そこには、いままでにない静けさと、あたたかな気配が宿っていた。

 こうして、僕たちはようやく“支配”じゃない“守る”ということを、少しだけ実感できた気がした。
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