英雄は根に咲く

ぼん

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第四部:根の奥へ

第18章:焔、暴れる 第5話:静かな距離

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 焔の牙と別れたあと、僕たちはしばらく言葉少なに歩いた。

 炎瘴の間を抜け、根の脈動も熱を失い、地下の空気はひんやりと落ち着きを取り戻していた。

 クレアさんは小さく息をつき、ガルドさんは前を歩きながらも、ときどき僕たちを振り返る。リリィは静かに後方を守り、カイさんは僕のすぐ隣を歩いていた。

 誰もが無理に何かを話そうとはしなかった。

 それぞれの心の奥に、さっきまでの激しい炎と、仲間たちの言葉の余韻が残っている。

 しばらく進んだ先、根のくぼみがつくる小さな空間を見つけて、僕たちは足を止めた。

 壁に苔の生えた岩場、根の天井からは光の玉がひとつ、ゆっくりと漂っている。

「少し休もう」

 クレアさんがそう言うと、ガルドさんは無言でうなずき、リリィも自然とその場に腰を下ろす。

 カイさんと僕も並んで座った。

 何も言わず、ただ少しだけ、地面の感触を確かめる。静かな距離。言葉がなくても、互いの体温と呼吸だけが、そこにあった。

 ふと、カイさんが小さく息をついた。

「なあ、ニコ」

「うん?」

「さっきは――本当に危なかったな」

 僕は頷く。

「ありがとう……助かったよ」

 カイさんは肩をすくめて、少しだけ横目で僕を見る。

「当たり前だろ。弟みたいなもんだし」

 その言葉に、僕は微笑むようにカイさんの顔を見つめた。

「え、いま……何て?」

 カイさんは、照れたようにそっぽを向く。

 そのやりとりを見ていたリリィが、ほんのわずかに唇の端を緩める。

 普段は無表情な彼女の目元に、柔らかな光が差した気がした。

 光の玉が、僕とカイさんの間でふわりと揺れる。そのやさしい気配に、僕の胸の緊張も静かにほどけていった。

 リリィは無言で矢の手入れを始めていた。矢羽を一本ずつ確認し、すぐに目を閉じて呼吸を整えている。

 その横顔には、さっきまで見せていた緊張感はほとんどなかった。ただ、ごく自然に、心を落ち着けているのだろう。

 ガルドさんは壁際に腰を下ろし、静かに盾を磨いている。大きな手が無駄のない動きで装備を点検している姿は、まるで儀式のように静かで頼もしかった。

 クレアさんは、持ち歩き用の帳面に何かを書き込んでいた。おそらく次の進行ルートや休憩地点の確認だろう。

 ときどき視線を上げて、僕たちの顔や周囲の状況を気遣っている。

 何も言わず、ただそれぞれが“自分の場所”を大切にする。その距離感が心地よくて、僕は言葉を探す必要がないことに安堵した。

 カイさんが隣で軽く伸びをする。

「……なあ、これからも、こんな風にみんなでいられたらいいな」

「うん」

 僕は素直に頷く。

「今日のこと、絶対に忘れないと思う。怖かったけど……みんながいてくれて、本当に良かった」

 カイさんは少しだけ照れたように頷いた。

「ま、俺も怖かったしな。お前が無茶するから、ヒヤヒヤしっぱなしだったぞ」

 僕は苦笑し、そっと息をついた。

 しばらくして、クレアさんが声をかけてきた。

「ニコ君、大丈夫? 無理しすぎていない?」

「うん。大丈夫。……みんなのおかげだよ」

 クレアさんは、ほっとしたように微笑む。

 リリィはその会話に耳を傾けているようで、ふいに小さく呟いた。

「……ニコは、強いと思う」

 思わぬ言葉に、僕は少し驚いてリリィの顔を見る。

 けれど彼女は視線を合わせず、ただ静かに弓を磨き続けていた。

「強いのはみんなだよ。僕ひとりじゃ、絶対にここまで来られなかった」

「そうだな」

 ガルドさんが短く頷く。

 その言葉の響きに、場が少し和む。

 僕の胸元の光の玉がふわりと揺れる。カイさんの手元にも、小さな光の玉が寄り添うように漂っていた。

 二つの光が重なり合って、やさしく空気を震わせる。

 カイさんがそっと、光の玉を指先でつついた。

「……なあ、もしこの先、また危ないことがあったら、今度はもうちょっと頼れよ」

「うん……約束する」

 ふたりで同時に小さく笑った。

 その瞬間、リリィがまた微かに目を細めて、僕たちの様子を静かに見守っていた。

 地底の深く、根の静脈が遠くで脈打つ音が聞こえる。だけど、今ここにあるのは“静かな距離”――

 言葉にならない想いと優しい光の揺れ。

 僕はそっと目を閉じた。

 ほんの少し前まで、炎に呑まれるような孤独と恐怖に襲われていた自分が、 いまはこうして、誰かの隣で呼吸を合わせ、互いの存在を確かめ合っている。

 ――光の玉が、僕とカイさんの間でふわりと揺れる。

 やがて、クレアさんがゆっくりと立ち上がった。

「さあ、そろそろ行こうか」

 それぞれが静かに頷き、思い思いのペースで立ち上がる。

 進むべき道はまだまだ遠いけれど、この静かな距離のなかに“仲間”という確かな繋がりを僕は感じていた。
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