英雄は根に咲く

ぼん

文字の大きさ
102 / 126
第五部:決断の種を咲かせる

第20章:影の終わり 第2話:虚ろの剣

しおりを挟む
 霧の静寂は、僕たちの歩みを遅くした。

 交わされた言葉――終わりを受け入れる、咲けなかった者としての自嘲、未来に進もうとする気配――それらがこの空間に幾重にも重なり、地面すら曖昧なほど湿っていた。

 虚ろの斜陽たちは、まるで霧の一部であるかのように沈黙している。

 その中心、アレイドさんの影が静かに動いた。

 アレイドさんの腰にあった剣――鞘ごと折れたその剣が、濃い霧の中でぼんやりと黒い筋を描いていた。

 その傍らに漂う光の玉は、小さな灯火のように揺れている。どこか冷たく、それでも確かに消えずに残っていた。

「アレイドさん……」

 僕は無意識に名を呼んでいた。

 彼は一歩、こちらに歩み寄る。その足音はほとんど響かない。けれど、土の深く、ずっと下にある根にだけは何かが伝わっていくような感覚があった。

 アレイドさんは、折れた剣の柄をゆっくりと外す。その手つきは慎重で、どこか儀式めいていた。

 やがて、剣を両手で抱え直すと、淡く僕の前に差し出す。

「……これは、俺の“虚ろ”だ」

 アレイドさんの声は低いが、どこか澄んでいた。

「たくさんの誓いを乗せ、誰かのために振るった。……けれど、最後には折れてしまった」

 剣の折れ口は、時間が経ちすぎて黒ずみ、鞘にも細かなひびがいくつも走っている。持ち主の執念だけで、どうにかここにとどまっているような剣だった。

 その剣の根元に、ひときわ淡い光が瞬いた。アレイドさんの光の玉――それも、彼と同じように“終わり”を見つめているようだった。

「英雄って言うのはな」

 アレイドさんは、剣の柄に添えた自分の手を見下ろしながら言う。

「誰より強いとか、誰より遠くへ行ったとか、そんなことじゃない。……最後まで“諦めなかった”奴のことだ」

 言葉の間に、微かな呼吸音が重なる。虚ろの斜陽の他の面々も、剣を見つめて黙っていた。

 クレアさんが一歩、僕の隣に進み出る。

「諦めなかったから、折れたんですね」

 その目はまっすぐ、でもどこか優しかった。

 アレイドさんはわずかに笑った。

「そうだ。……折れるまで、歩いたからな」

 ガルドさんが重く息を吐く。

「……守りたかったんだな」

 アレイドは頷いた。

「でも、俺はここで止まった。咲けなかった。それでも……光の玉だけは、まだここにいてくれる」

 アレイドさんの胸元の光が、霧のなかでひときわ大きく明滅した。それは、悲しみでも後悔でもなく、静かな誇りのようだった。

 アレイドさんは静かに目を閉じる。

 その背中に、虚ろの斜陽の仲間たちがゆるやかに近づく。シアンさんは手を胸に重ね、バシュさんは折れた剣に目を落とし、フレアさんは自分の光の玉をそっと手のひらに載せている。

 僕は、自分の掌の光の玉を見つめ直した。小さく、頼りなげに揺れるその光――けれど、消えそうでいて、どこか芯があった。

 折れた剣に向かい合うアレイドさんの手元にも、その光がふわりと寄り添う。

「……ニコ」

「お前は、まだ咲いていない。……咲けるかどうかも分からないだろう」

 僕は小さく頷いた。

「はい。正直、今もわからない。自分の“光”が、どうすれば咲くのか、怖いくらいです」

「だからこそ、託したい」

 アレイドは剣をもう一度、両手で差し出す。

「折れたままだけど――“諦めない”ための剣だ。……お前が受け取ってくれるなら、俺は本当に終われる気がする」

 僕は息を呑んで、そっと一歩踏み出す。

 折れた剣の柄を両手で受け取ると、不思議な重みと、同時にぬくもりが伝わってきた。

「……僕で、いいんですか?」

 声が震える。剣を受け取る責任の重さが、今さら胸に迫ってきた。

 アレイドは、かすかに微笑んだ。

「いいんだよ。英雄は“咲こうとし続ける奴”のことだからな。諦めなければ、それで十分だ」

 その瞬間、足元の光の玉が、僕の光の玉へと近づいた。

 ふたつの光は、そっと交わり、淡い色を重ねた。

 カイさんが、不器用に拳を握る。

「……その剣、もう誰にも振るえないかもしれないけど――オレたちは、ここから“咲き直す”からさ」

 リリィは小さく頷く。

「“終わった場所”でも、また始められる。……私も、そう思う」

 クレアさんは静かに微笑んだ。

「“諦めない”って、時に誰かの光を受け継ぐことでもあるんですね」

 ガルドさんが短く言う。

「……お前の分も、歩く」

 アレイドは、静かに仲間たちを見渡す。そして、もう一度だけ僕を見つめ、背中を霧のほうへと向けた。

「歩け。止まるな。……それが、お前たちの“英雄の証”だ」

 剣の重みと、手のひらに重なる光の温度。胸の奥に、確かな灯火がともる。

 霧の奥、虚ろの斜陽たちは再び静けさのなかへと身を沈めていく。けれど、その影はもう、どこかやわらかくなっていた。

 僕は折れた剣を胸に、光の玉を握りしめた。

「……ありがとう、アレイドさん」

 その声に応えるように、光の玉が小さく揺れた。

 仲間たちもまた、それぞれの光を確かめ合いながら、一歩ずつ歩みを進める。

 剣は折れても“諦めない”想いだけは、霧の奥に、そして僕たちの未来へと受け継がれていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

処理中です...