英雄は根に咲く

ぼん

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第五部:決断の種を咲かせる

第21章:最後の咆哮 第1話:焼け野の果て

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 焦土――。焼け残る紅蓮の断層。

 深緑の聖域層、その奥。精霊の光すら届かぬ地に、僕たちは静かに足を踏み入れた。

 地面は黒く焦げ、踏みしめるたびに舞い上がる灰。空気は重く、熱く、どこまでも静かだった。

「……レグナさん、いる」

 リリィが小さく呟いた。遠く、焦土の影。その周囲で、赤い光がわずかに揺れている。

 ガルドさんが頷き、全員が緊張を深める。

 焼けた根の上に、一人の男が膝をついていた。

 焔の牙、レグナ――その背中は今にも崩れそうなほど小さく、孤独に見えた。

 彼の周囲には、火と雷、そして濃い力の色を帯びた光の玉が浮かんでいる。どれもが不安定に濁り、震え、今にも壊れそうだった。

 光の玉たちは苦しみに共鳴しきれず、それでも離れられないように、その場に留まり続けていた。

 クレアさんが小さく息を呑む。カイさんは無意識に拳を強く握っていた。

「……精霊の気配が痛々しく感じる」

 クレアさんの言葉が、空気をさらに重くする。

 レグナさんの精霊たちはかつて、どんな戦場でも力強く輝き、共に進み続けてきた。今は、その輝きすら色褪せているように見えた。

 リリィが矢を静かに下ろす。その表情は凛としていたが、目元がわずかに揺れていた。

 やがて、レグナさんが顔を上げる。

 その瞳には、かつての猛々しさも炎も残っていなかった。ただ、深い虚無と、乾ききった諦観だけ。

「精霊を“力”にして、ここまで来た……」

 かすれた声。

 レグナさんの言葉に、光の玉たちが悲しげに揺れる。

「誰よりも戦えて、誰よりも遠くまで進めて……それが、答えだと思ってた」

 ひとつ、またひとつ、光の玉が不安げに明滅する。

「でも、それだけじゃ、何も残せなかったんだ」

 その静かな言葉の奥に、どんな叫びよりも深い絶望があった。

 僕は一歩、前に進みかけて、思わず立ち止まる。

 焦土の空気は焼けつくように重く、胸が痛かった。

 ――なぜ、レグナさんはまた暴走したのか。

 あの夜、焔の牙の仲間たちはレグナさんを囲み、支えようとしていた。「これからはみんなで進もう」と誰かが肩を叩いた。

 レグナさんは、その中心で小さく微笑んでいた。だが、その笑顔の奥には隠しきれない空洞があった。

 暴走を鎮めたはずのレグナさんが、なぜまた焦土にひとりきりで立つことになったのか。

 きっと、誰にも頼れなかった孤独と、仲間に迷惑をかけたくなかった“強がり”が、静かに彼を蝕んでいったのだろう。

 力があれば、守れる。

 力がなければ、失う。

 それだけを信じてきた心の中に“何も残せなかった”という痛みだけが広がっていった。

 ──そのとき、焦げた空気を切り裂くように、誰かの足音が響いた。

 焼け野の断層の端、灰にまみれた岩陰から、焔の牙の仲間たち――ジーナさん、トムさん、メルさんが、ゆっくりと姿を現した。

 彼らもまた、焦土の熱気にさらされながら、静かにレグナさんのもとへ歩み寄ってくる。

 その表情はいつもの誇りや自信ではなく、どこか沈んだ面持ちだった。

 ジーナさんが一歩、レグナさんの横に立つ。

 普段の強気な顔とは違い、その声はかすかに揺れていた。

「……レグナ、ほんとにこれでいいの?」

 ジーナさんが低い声で問いかける。普段の強気な顔とは違い、その声はかすかに揺れていた。

「俺はもう……止まらない」

 レグナさんがぽつりと答えると、トムさんが苦い顔で笑った。

「昔のお前なら、絶対そんな言い方しなかったよな。怒鳴ってでも無理やり全部背負っただろ。なんで、今だけ黙って消えようとすんだよ」

 メルさんは静かに弦を握りしめる。

「……皆、気づいてたんだ。レグナが無理してるのも、心が壊れかけてるのも。でも、お前は、どんなに手を伸ばしても……絶対頼ってくれなかった」

 レグナさんは黙って肩を震わせた。

「……悪かったな。俺は、もう、どうしたらいいのか分からなくなった」

 ジーナさんが、レグナさんの肩にそっと手を置く。

「最後くらい、本音で言え。……怖いんだろ? 一人になるのが。何も残らないのが」

 レグナさんは一瞬だけ目を閉じ、仲間たちのぬくもりが遠い昔のように思えた。

「……ああ、怖いよ。でも……それでも、ここで終わらせなきゃいけない気がするんだ」

 ジーナさんは小さくため息をつき、トムさんとメルさんもゆっくりとレグナさんのそばに立った。

「じゃあ、一緒にいさせてくれよ。最後まで」
 
 レグナさんの拳は焼け野に沈んだまま動かない。

 静寂のなか、虚無・焦燥・罪悪感、そして諦めが、レグナさんの全身から静かに滲み出していた。

 誰も彼を救えなかったわけじゃない。ただ、彼自身が「救われてはいけない」と思い込んでしまったのだ。

 焔の牙の仲間たちもまた、決して無関心だったわけじゃない。

 何度も声をかけ、手を差し伸べてきた。

 それでも、レグナさんはその手を、受け取ることができなかった。
 
「ここには……もう、何もない」

 レグナさんの呟きは、焦土の静けさに溶けていく。

 僕たちは声をかけることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。

 光の玉たちが、誰にも届かない悲しみを湛えて微かに揺れる。

 そして風だけが、焼け残る断層の上を静かに通り抜けていった。
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