英雄は根に咲く

ぼん

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第五部:決断の種を咲かせる

第21章:最後の咆哮 第4話:焔の牙、散る

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 ――静寂。

 雷と炎の精霊術が弾けたあとに残ったのは、焼け焦げた空気と、耳を刺すような無音だった。

 焦土の上に、カイとレグナが向かい合っていた。その間には、激闘の名残として黒ずんだ地面がえぐれ、幾筋もの焦げ跡が刻まれていた。

 カイは息を切らしながら拳を握っている。

 額には汗、指先には震えが残っていた。それでも、目は逸らさなかった。

 レグナは、その場に膝をついた。

 肩で息をしながら、静かに地面を見つめている。

 背中には、長い戦いで背負ったものすべてが重くのしかかっていた。

 灰が風に舞い、二人の間をそっと通り抜けていく。

 やがて、レグナが深く息を吐く。その肩が、わずかに震えていた。

 炎のごとき威圧感も、雷のような覇気も、いまやその背中にはもう残されていなかった。
 
「……やっと、止まったか」

 カイが低く呟く。

 その言葉は、勝利の宣言ではなく、長い葛藤の終わりを告げる音だった。

 レグナは無言で頭を垂れ、両拳を焦土に押し当てる。ふと、その手がかすかに震えているのに気づく。

 それが痛みのせいなのか、安堵なのか――誰にも分からなかった。
 
 焔の牙の仲間たち――ジーナ、トム、メルが、ゆっくりとレグナの周囲に集まってきた。

 みんな、戦いの終わりを信じられずにいたのか、動きはぎこちない。

 それぞれに傷と泥と灰をまとい、普段の陽気さも気安さも消えている。

 ジーナはそっとレグナの肩に手を置く。

「……無事でよかったよ」

 トムは静かに膝をつき、レグナの隣で地面を見つめる。

「どこまでも無茶する奴だな。……それでも、帰ってきてくれて、ほんとによかった」

 メルは小さく微笑んで、焦げた袖で顔の汗を拭う。

「負けるくらいなら、全部終わらせてやるって顔してた。……でもさ、やっぱり、最後までカイには敵わなかったね」
 
 レグナは三人の顔を、ゆっくりと見渡す。

 その瞳の奥に、かすかな光が戻ってきたように見えた。

「みんな……悪かったな。俺のせいで、こんな……」

 ジーナが首を横に振る。

「違う。全部自分で背負い込むなって、あれだけ言ったのにさ……。でも、最後まであんたは“リーダー”だった」

 トムも頷く。

「俺たち、焔の牙はあんたに憧れてここまできた。どんなに迷っても、それだけは変わらねぇよ」

 メルはただ、静かに「バカ」と呟いて、唇を噛んだ。
 
 その輪の少し外で、僕――ニコは、言葉を失っていた。

 カイさんの背中が、いつになく大きく見える。

 彼は普段なら絶対に見せない、本気の顔でレグナさんを見つめていた。

 リリィは弓を下ろして、ただ静かに視線を伏せている。

 クレアさんは胸元で手を組み、何かを祈るような眼差しを焦土に落としていた。
 ガルドさんは無言で一歩、焔の牙の輪の中に踏み込むとレグナさんの肩に手を添えた。
 
 静けさが満ちる。

 何も言葉はなく、ただ時間だけが流れていく。
 
 やがて、レグナさんが焦土に手をつき、かすかに唇を震わせる。

「……俺の炎は、誰かを照らせてたか?」

 その問いは、ただの言葉じゃなかった。

 これまでの人生、そのすべてが詰まった“最後の問い”だった。
 
 僕は、強く頷いた。

「はい。レグナさんの炎は、僕たちみんなに届いていました。ずっと……ずっと、僕たちの行く道を照らしてくれていました」

 リリィはそっと目を閉じ、ほんの僅かに微笑んでみせた。その横顔には、決して語られない“想い”が滲んでいた。

 ジーナさんがレグナさんの肩にしがみつく。

「バカやろう、そんなの……当たり前だろ……!」

 トムさんが涙を隠すようにうつむき、メルさんも静かに目を潤ませた。
 
 カイさんは、ふっと息を吐くと、拳を解いたまま、焔の牙の仲間たちに向き直る。

「……俺たちも、ここからまた始めようぜ。レグナが残してくれたもの、全部持ってさ」
 
 静かな涙と、焦土を撫でる風だけが、焼け野に流れていた。
 
 誰もが、もう一度だけ空を見上げた。

 かつて、焔の牙が目指した“光”は――いま、それぞれの胸の奥で、確かに燃えていた。

 静寂のなか、レグナさんは焦土に両手をついたまま、しばらく動かなかった。

 肩で息をし、瞳は虚空をさまよう。

 その背中に積もるものが、いかに重かったかを、僕たちはいま初めて知ったのかもしれない。
 
「……ああ、もう、いいや……」

 レグナさんが力なく笑う。その声は、ずっと抱え込んでいた痛みも、悔いも、どこかで許すような、かすかな安堵に包まれていた。

「俺は……もう、これ以上は進めない。だけど、みんなには……」

 レグナさんはゆっくりと立ち上がった。

 今にも崩れそうな体を、仲間たちがそっと支える。

「行けよ。……お前たちで、これからの“焔の牙”を、守ってくれ」

 その言葉に、ジーナさんが涙を拭い、トムさんは真剣な顔で頷いた。

 メルさんは一歩前に出て、レグナさんの手を握る。

「約束する。もう、誰にもあんたの分まで迷わせない。……今度こそ、自分の炎を灯すから」
 
 レグナは静かに仲間たちの手を取った。

 その瞳には、ようやく解けた呪いのように、わずかな光が戻っていた。
 
 焔の牙の輪の外で、僕たちブルーミング・ルーツはじっと見守っていた。

 クレアさんが、そっと両手を重ね合わせ、祈るように瞳を閉じる。

 リリィはうつむいたまま、肩にかかる髪の下で涙をこらえている。

 ガルドさんは無言で空を見上げた。
 
 カイさんが、わずかに歩み寄る。

「レグナ。……ありがとうな」

 レグナさんは、カイさんを真っ直ぐ見返した。

 そして、小さく頷く。

「お前がいたから、最後まで諦めずにこれた。……俺には、お前みたいな“真剣”は無理だったけどな」

 カイさんはかすかに笑い、拳を差し出す。

 レグナさんも同じように拳を合わせ、二人だけの合図を交わした。
 
 焦土の上に、微かな光の玉が漂う。

 レグナさんの炎も、ジーナさんたちの炎も、それぞれの胸の奥に小さく灯っている。
 
 やがて、風が吹いた。黒い大地の上、焔の牙の仲間たちがゆっくりと歩みを進める。

 ジーナさんは見上げて言った。

「……あんたの炎、絶対に消さないから」

 メルさんもトムさんも、それぞれに炎の光を胸に宿し、焦土を後にする。
 
 レグナさんは最後に一度だけ、僕たちを振り返った。

「……ニコ。お前の“覚悟”、最後まで見てたよ。……これからも、その光を、みんなに届けてやってくれ」

 僕は、ぐっと胸が熱くなり、思わず頷いた。

 「……はい」
 
 レグナさんはゆっくりと、焦土にしゃがみ込み、最後の光の玉をそっと掌に乗せた。

「これで……本当に終わりだ」

 炎の玉が、静かに輝きを弱める。
 
 僕たちはしばらくその場を動けなかった。

 誰もが、自分の中の何かが、ひとつ終わったことを知っていた。
 
 静寂。

 風だけが、焼け野を駆け抜けていく。
 
 やがて、レグナさんは穏やかな表情で立ち上がる。

「さあ、次は――お前たちの番だ」

 その言葉を最後に、レグナさんは静かに焦土を後にした。
 
 残された焦土の上、微かな光の玉だけがゆらゆらと揺れていた。

 焔の牙の物語が、ここでひとつ、静かに幕を閉じたのだった。
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