英雄は根に咲く

ぼん

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第五部:決断の種を咲かせる

第23章:根を超えた先に 第2話:支配の根、兆す

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 断絶根帯――“拒絶の層”の奥へ、僕たちは足を踏み入れた。
 
 どこまで歩いたのか、時間の感覚がどんどん曖昧になっていく。暗闇でもないのに、どこかで見たはずの根や壁、天井の模様が、同じ場所をぐるぐる回っているような錯覚すら覚える。
 
 誰もしゃべらなかった。僕も、息をひそめるように歩いた。胸元の光の玉が、まるで怯えているみたいに微かに揺れていた。
 
 ふいに、地面がぬるりと脈打つ気配がした。
 
 それは、根が生きて動いているというより、何か底知れないものが地面の下から世界をゆっくり押し広げている――そんな感じだった。
 
「今……何か……」
 
 カイさんが、小さな声でつぶやいた。

 クレアさんも、思わず僕の袖を軽くつかむ。
 
「地脈が、歪んでいる」
 
 彼女の声も、いつもよりずっと遠く、細く聞こえた。
  
 次の瞬間、僕の足元に広がる根の隙間から、黒い影がじわりと滲み出してくる。
 
(……何だ、これ)
 
 目を凝らしても、それは“物”ではなく、ただ空間の奥から這い上がってくるような、黒い“脈動”だった。
 
 見ているだけで、胸の奥が冷たくなった。

 僕は無意識に、胸の光の玉を両手で握りしめる。
 
「ニコ君……」
 
 クレアさんの声。

 ふと隣を見ると、リリィがいつもより近くに寄っていた。彼女の光の玉が、不安そうにぶるぶると震えている。
 
「リリィ、大丈夫?」
 
 僕がそう聞くと、リリィはかすかに首を横に振った。その手が、静かに矢筒を握りしめている。
 
 また、空間の奥から――黒い波が一度、全身を撫でていった。
 
 リリィの光の玉が、激しく明滅する。

 今にも砕けそうなほど、強く震えている。
 
「……何これ、気持ち悪い」
 
 リリィが、珍しく呟いた。
 
 その声だけが、しんと静まり返った空間に小さく響いた。
 
 カイさんも、さすがに冗談を言わない。ガルドさんは、黙ったまま盾を握りしめている。
 
 不意に、空気全体が軋んだ。
 
 僕の目の前――根の奥、何もなかったはずの場所に、ふわりと黒い“裂け目”が生まれている。
 
 それは、見ているだけで心がざわつく異質な存在だった。
 
 名前も意味も、僕にはわからない。ただ“なにか”が世界の奥底から、ゆっくりと僕たちを追い返そうとしている――

 そんな感覚だけが、全身を貫いていく。 

 精霊の光の玉が、まるで世界そのものから追い出されそうに震えている。僕の胸の中で、今にも逃げ出しそうなほど、不安な光が脈打っていた。

 黒い“裂け目”は、僕たちの進む道の先に広がり、まるで世界そのものが真っ二つに割れていくようだった。
 
 空気が、さらに重たくなる。

 息をするたびに、肺の奥まで何か冷たいものが染み込んでくる。胸元の光の玉は、もはや心の底から逃げ出したがっているみたいに震えていた。
 
 リリィが、不意に僕の袖をつかんだ。

 彼女の手は冷たく、力が入っていた。顔を見なくても、伝わってくる。

 「怖い」なんて、きっとリリィは言わないだろう。でも、その沈黙の中に、僕もまったく同じ気持ちを感じていた。
 
 僕たちは歩き続ける。

 一歩、また一歩。

 踏みしめた根が、どこかでぎし、と鳴った気がしたが、すぐに音は飲み込まれる。
 
 目の前の黒い“裂け目”から、また新しい脈動が生まれる。

 まるで、根の奥から呼吸するように、空間そのものがうねっていた。
 
 リリィの光の玉が、限界まで明滅を繰り返し、小さく砕けそうになっている。
 
「……もう無理だよ」
 
 リリィが、かすれた声で呟いた。

 普段なら絶対に弱音を吐かない彼女のその一言に、僕は胸を刺された気持ちになった。
 
「大丈夫。僕がいるから」
 
 気休めにしかならないとわかっていたけど、それでも僕はそう言うしかなかった。
  
「……やっぱ、ここ、ヤバすぎるな」
 
 カイさんが小さく吐き捨てた。
 
 そのとき、足元の根が一斉に細かく震え出した。まるで、何かが下から突き上げてくるような、異様な振動だった。
 
 僕は咄嗟に光の玉を両手で包み込んだ。
 
「みんな、離れないで!」
 
 自分でも声が震えているのがわかった。
  
 黒い脈動はますます強く、濃くなっていく。見ているだけで、心が冷えていく。
 
 もう何も考えたくなかった。でも、僕は絶対に足を止めたくなかった。
 
「進もう……僕たちはまだ、ここにいる」
 
 自分に言い聞かせるように前へ出る。

 リリィも、僕の袖をつかんだまま、一歩だけ足を踏み出した。
 
 ふと気づくと、クレアさんがぎゅっと胸の光の玉を抱きしめていた。その顔は青白く、けれど瞳ははっきりと前を向いていた。
 
 その瞬間――
 
 黒い裂け目の奥で、何かが“息を吸い込む”ような静かな音が響いた。音、というより、空気そのものが引き絞られるような圧迫感だった。
 
 次の瞬間、僕たち全員の光の玉が、一斉に強く脈打った。
 
 それは、恐怖とも、拒絶とも違う“何かが近づいている”という確かな合図だった。
 
「ニコ、下がれ!」
 
 カイさんの声が鋭く響く。

 けれど、僕は足を止めなかった。むしろ、その気配に向かって、ほんの一歩、前へ出てしまった。
 
 僕自身、なぜそうしたのかわからない。ただ、この場所で目を背けてはいけないと、どこかで思った。
 
 目の前の黒い裂け目が、わずかに広がる。
 
 その中心に、底知れぬ闇が息づいている。
 
(僕は、……ここで、何を見つけるんだろう)
 
 胸の中で、光の玉が、いままでにないほど強く脈動した。
 
 全員が、静かにその場で息を呑んでいた。
 
 誰も、何も言わなかった。けれど、その沈黙のなかで、確かに何かが始まろうとしていた。
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