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第2章

お妃教育3

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 太陽が少し姿を見せ始めた朝早い時分、マーレイ公爵家の使用人たちも起き始めたばかりで、屋敷は静寂に満ちていた。その静けさの中、リズは、彼女が愛情を注ぐ秘密の庭の世話に励んでいた。
 今日はお妃教育を受けるため、今しか世話ができない、ということは言い訳であることはリズも分かっていた。いつもなら水やりを手伝ってくれるヒューと顔を合わせる決心が付かず、このような早い時間に世話をしているのだ。
 魔素よりも何よりも自分が大切と告白されたのに、即座に想いを返すことができず、そして返事を返すこともできない状態で、ヒューとどのように向き合えばいいのか、リズには決断できなかった。  
 小さな蕾ができ始めたアルテミジアを眺め、この毒草を植えた時の殿下を思い出していることに気が付き、リズは思わずため息を零してしまう。
 けれども、リズの物思いは小さな一つの音で中断された。
 
「くしゅん」

 驚いて音の方に振りかえると、清々しい朝の空気がよく似合う兄と、空気に徹しようと努めながら、こちらを気遣う表情を隠せていないポールの姿があった。
 手袋とエプロンを外して、早足で兄の下によると、兄は日の出と競うような輝かしい笑顔を見せてくれた。

「僕の天使。今朝も誰にも見せたくないぐらいに綺麗だね」

 兄らしい朝の挨拶に、リズは微笑んだ。兄は目を細めてリズを眺めると、不意にリズを抱き込んだ。驚くリズの頭に、空気に溶け込むような優しい声が降ってくる。

「あまり眠れていないようだね。僕に隠し事はできないことを忘れていないかい?」
 リズはくすりと笑った。確かに、思念を読める兄の前で隠し事はできない。
 そっと髪を撫でられる動きに励まされるように、リズは乱れた心を何とか言葉にしていた。
「私のことを何もかも、毒草の趣味も知っているヒューが、私を想ってくれるなんて…、想像したこともなくて…、何よりも大切と言われたのに…」
 とうとう言葉を途切れさせてしまったリズに、兄は笑いを零した。
「僕は、結界でリズを護ってくれるヒューから告白されて、リズは大喜びで飛びつくと思っていたよ」

 悪意からも、それだけでなく、あらゆるものから彼女を護ってくれる結界は、天寿を全うする人生を保証してくれる。お見合いの相手がいなくなり、手詰まりとなっていた一月前のリズなら感激していただろう。
 それなのに、今、リズはヒューの告白に心が躍ることは驚くほど全くなかったのである。
 ここまで戸惑う理由が、リズ自身も分からなかった。自分が殿下と婚約した立場になったからなのだろうか――、理由として挙げられる事実は思い浮かぶものの、そうではない気がしてリズは自分の気持ちが分かりかねている。
 リズの混沌とした思いを読んだ兄は、彼女の頭をあやすように撫でた。

「リズ。僕の天使。焦る必要はないよ」
 優しい声と言葉にリズは瞼を閉じた。

「もし、――僕は考えたくもないけれど――、もし、ませた小生意気な魔法使いをリズが本当に愛したなら、あの腹黒王子は上手に婚約を破棄するはずだ。腹黒王子はどこまでも黒いけれど、リズの幸せを自分の幸せにしているから」

 ちくりと胸が疼くのを感じながらリズは頷いた。殿下はリズのために動いてくれるだろうと、そこまで想われていると、リズも分かっていた。だから、やはり殿下の婚約者という立場は、ヒューの告白に戸惑う理由にはならない。リズは自分が分からず、そっと溜息を付いた。
 
「だけどね、腹黒王子か、ませた魔法使いかを、悩んでまで選ぶ必要はない」
 優しい声なのに相変わらず兄らしい発言で、リズは再び笑みを零した。
 
 ふわりと頭に口づけを落としながら、兄はきっぱり言い切った。
「リズが悩むまでもなく選ぶ相手でなければ、僕はリズを渡さないよ。ずっと僕の天使でいておくれ」
 頼もしく、けれども、いつもの困った兄らしい言葉に、少し気持ちが解れたことを感じ、リズは兄を抱きしめ、兄への感謝を示した。



 そして、ヒューがいつもの時間に屋敷を訪れた。
 いつものように静謐な空気を纏い、けれども、くらりとするような甘さと色香を漂わせた眼差しを向け――これも彼にはいつものことである――、いつものように朝の挨拶をくれる。
――相変わらず守護天使を思わせる美しさね。あの艶さえなければ、ご令嬢たちは拝み始めるのではないかしら。
 リズは、僅かに鼓動を乱しながら挨拶を返すと、ヒューは悪戯めいた眼差しをリズに向け、そっと囁いた。
「リズだけの守護天使になれる日を楽しみにしている」
――!
 リズの頬に血が集まるのを感じたのと同時に、「調子に乗るんじゃない」と地を這うような兄の声が響き、ヒューはクスクスと柔らかな笑い声を響かせた。

 その後のヒューは、リズへの態度もいつもの穏やかなもので、その穏やかさにつられるかのように、リズが気まずさを感じることはなかった。
 厳密にいえば、そのような余裕はなかったとも言える。
 
 城へ向かう馬車の中では、またもや憂いを隠せないポールが気にかかり、さらには、兄が実に幸せそうに「あのデザインならリズの愛らしさが引き立つと思ったけれど、美しさは引き立たない気がして、まだ納得がいかないんだよ」と真剣に呟く姿を見て、生地は決まってしまったということなのか、時間稼ぎという当初の目的を忘れていないのか、納得のいくデザインに出会えればそのまま頷くことはないのかと、口にするのも恐ろしい疑念を押し隠すことに精一杯だったのだ。
 
 そして幾分疲れてたどり着いた宰相の執務室では、隣に座るヒューの存在を忘れそうになるほど、リズは気圧されていた。
 今日の講師は、宰相のロナルドと軍の総帥カーティスの二人だった。
 軍の実質的な最高指揮官たるカーティス総帥は、リズの人生でこれまで出会ったことのない体型の持ち主だった。
 どこまで鍛錬を積めばこのような体型に至るのか、リズには想像もつかなかったが、カーティスを超える鍛錬の成果は見つけられないだろうと思われる体型がリズの目の前にあった。
 体は木の幹を思い起こさせ、腕も細い木なら勝てそうな太さがある。首は、カーティスのために作られた軍服であっても、襟のボタンを留めることは諦められている。リズは人間の首がここまで太くなることができるのかと僅かに目を見開いてしまった。
 ちらりと窺った髪は淡い金色で、意外にも柔らかそうな髪質であり、そこだけは普通の人と変わらないものがあった。――頭頂部はしっかりと覆われていた。
 
「いやぁ、嬉しいですぞ。お目にかかるのが私が最後とは、何とも悔しい思いをしておりましたから」

 馴染みのない「野太い」という表現を思い出す声で挨拶を受け、――あまりに野太い声で言われたため挨拶なのか一瞬疑ってしまったけれども――、リズは、公爵令嬢としての矜持で完璧な笑顔を絞り出し、衝撃をねじ伏せた。
 カーティスは屈託ない笑顔を返してくれる。

「あの殿下がようやく婚約にこぎつけることができたとは、感慨深いです。殿下がお小さいころは、剣が弱くてはエリザベス嬢を射止められないですぞと、練習の理由にさせていただいていました。」
 カーティスの表も裏もなさそうな開けっ広げな物言いから、リズは不思議と恥ずかしさも覚えず、ただ小さく頷いていた。

 カーティスは一段と笑みを深め、身を乗り出した。
「殿下の胸の筋肉は見た目を裏切らない素晴らしい感触だったでしょう?それとも腹筋の方がエリザベス嬢のお好みでしたかな?」

――え?

「腹筋も体術の訓練で鍛えましたからね。あの硬さを直接肌で感じれば、当然、婚約にも――」

――! 
 意味が分かると同時にリズは叫んでいた。
「何をおっしゃるのです!殿下は誠実な方です。そのようなこと――」
 羞恥と焦りで言葉が途切れそうになっていたリズは、全く別のことで途切れることになった。

――チッ。

 リズは目を瞬かせた。
 明確な舌打ちの音がしたのだ。それも総帥からではなく、好々爺たる笑顔を浮かべていた宰相から。
 そっと窺いみると、ロナルドはやはり好々爺そのものの人の好い笑顔を浮かべてリズの視線を受けとめる。その表情と行動の食い違いの大きさに、リズの背筋に悪寒が走った。
 とっさに総帥へ視線を逸らすと、全く表も裏もなさそうな豪快な笑いがリズを迎えた。

「まぁ、失礼を申し上げましたな。殿下のお気持ちを長年見てきたあまり、先走った考えでした。ご令嬢に尋ねてはならぬことでした。許して下さい」

 おおらかに悪びれず謝罪をされ、その磊落さにリズは悪寒を忘れ去り、すっかり懐柔されてしまった。
 憎めない方ねと微笑みまで浮かべたリズは、カーティスが騎士たちをどのようにまとめているのかを感じ取った。

 そうして始まった総帥の講義は、出会いの印象を覆す、ち密なものだった。
 クロシア国の軍の組織体系、指揮命令系統、訓練の内容といった制度についての説明から、あくまで総帥自身の見解と前置きをしたうえで、軍の得意とする戦術、さらには弱点についてまで語られた。

「とにかく、我が国は魔力での戦法に対処ができていません。魔法使いが少ないですからね。隣国のレクタム国は、魔力も通常の部隊の戦力に加えているほどです。この点を早急に対処しなくてはなりません。
 同盟国のラタ帝国は、魔法使いが多くない状況ですが、魔法に対抗する道具の開発に力を入れて、レクタム国の魔法攻撃に対抗しています。殿下が同盟を結んだことで、この技術の供与をしてもらえることになりましたが、急がねばなりません」

 急がなければならない程、事態は切迫しているのだろうかと、リズに不安がよぎった。

「事態によっては、ウィンデリアの魔法使いを派遣してもらうことも検討しています。
 この同盟でクロシア国は盟主となっています。レクタム国の攻撃を一番に受けると考え、備えをしなければならないのです」

 瞬間、先頭に立って指揮を執る殿下の姿が思い浮かび、リズは机の下で手を握り締め、緊張を隠した。少なくとも彼女自身はそのつもりだった。
 けれども、喉元に収まっている魔法石から白金の光が放たれたのだ。
 どうやらリズの心は癒しを必要とするほど揺れていたようだ。そしてリズは、はたと一つの事実に気がついた。

――この魔法石の光は、私の動揺を周りに筒抜けにするわ――
 
 リズは内心で頭を抱えた。
 腹の探り合いも挨拶並みに日常である社交界において、自分の動揺が相手に知られることは致命的な弱点となる。
 リズの思考を読んだヒューから「あ」と呟きが漏れたところをみると、ヒューもその点は忘れていたようだ。
 やはりうまい話には落とし穴があると嘆いているリズを、ロナルドの重々しい声が現実に引き戻した。

「さて、私からのお話をさせていただきましょう」

 リズは密かに驚きを覚えた。前回、ロナルド宰相からは特にこれといった講義はなかった。そのため部屋の主として構えているだけで、宰相は講義をするつもりはないと見ていたのだ。
 予想を裏切ったロナルドが、朗らかな笑顔で告げた講義の主題は、更にリズを当惑させるものであった。

「殿下についてです」

 リズの想定を超えた主題だった。それを学ぶ必要性は果たしてあるのだろうかと首を傾げる。ロナルドはリズの疑問を笑顔一つで押し退け、話し始めた。

「外交に関しては、将来を見据え同盟という大きな決断をされ、実現に向けて陛下と貴族を説得し、内政も交易の利益を弱者にまで配分できるように目を配っておられます。
 そのため国内外の殿下への評価は、切れ者、有能と表現される高いものがあります。
 ですが、私の評価は――」
 ここまで滔々と語り続けたロナルドが、ふっと息を吐いた。いや、リズの見間違えでなければ、鼻で笑った。

「愚かな若造といったところです」

 リズは唖然とした。このような発言は想定どころか、想像すら及ばなかった。
 評価の低さではなく、この王城内で王族に対する発言として、衝撃のあまり頭が真っ白になる。
 思わずカーティスに目を遣れば、彼は視線を窓に向けている。どうやら、不敬罪の適用の実例に挙げることのできるこの発言は、カーティスの前では初めてなされたものではないらしい。
 リズの衝撃を、片眉を上げることでいなしたロナルドは、淡々と語り続けた。

「私は殿下が即位されたときにまだこの職に就いていれば、職を辞すと申し上げております。あんな恋にとち狂った馬鹿な若造の面倒を見るつもりはありません」

 リズが再びカーティスに視線を向けると、カーティスは手巾を取り出し、剣の鞘を磨き始めた。
 あまり応用が利かなそうなやり過ごし方を、念の為、心のメモに記したリズの耳に、怒りを抑えることをやめた声が響いた。

「殿下は側近を育てなかったのです」
 リズの視線はロナルドに引き戻された。彼は好々爺の仮面は捨て去ったらしい。
 苦虫を噛み潰したように、顔を歪めている。

「施政の全ての重要な決定を一人でできるものではありません。一人で全ての最終決定を為す体制なら、殿下が体調を崩せば施政は滞り、また一人で全ての物事を把握するには視野に偏りが出てしまいます」
 
 事実の説明に、ロナルドの表情は幾分冷静なものが戻っていた。

「そのために、我々、大臣が存在しております。しかし、大臣の中でも宰相を務めさせていただく私は、高齢です。いつ倒れてもおかしくはありません」

 見るからに健康そうな生気に溢れた肌艶の持ち主であり、「倒れる」の件でカーティスが突如手巾を口元に当てたことはさておき――、ロナルドは重臣の最年長であり、確かに先代の陛下の治世の末期に異例の若さで宰相に就任していて、現在の陛下よりも年長である。

「私の後任を育てる必要がありました。それには、幼いころより殿下の側近くで時間を共にした、忠誠心と友情が育まれた者から選ぶ予定だったのです」
 
 宰相が代替わりするなら、長く務められるものを育てたいという意図であることは、リズにも伝わった。――恐らく、ロナルドは自分の後継者を幼いころから徹底的に鍛え上げる予定だったのであろうということも。

「慣習に則り、殿下も幼いころには家格の相当なご令息をご学友として城に招いて、お付き合いをなさっていました」

 リズは小さく頷き、理解を示す。
 リズの兄、アンソニーも、リズが初めて王宮のお茶会に招かれたときには、王宮のお茶菓子に詳しくなっている程度に、既に城に馴染んでいた。

「しかし、エリザベス嬢を見初めたお茶会の後、それまでのご学友を城に招くことはお止めになったのです」

 リズには初耳だった。お茶会の後、週に一度は殿下の顔を見ることになり、殿下をやり過ごすことに専心し、殿下に一切関心を向けることがなかった6年間の行いのつけが来た思いがした。

「唯一、マーレイ公爵嫡男アンソニー様との仲は、殿下が公爵家を訪れる形で続いていました。けれどもアンソニー様は側近にはなり得ないお立場です。公爵家は領地経営に加え、事業経営も国で一、二を争うほど手広く展開されている。いずれはその頂点に立つ方が、側近を、しかも宰相をこなす時間的余裕はないのです」
 
 リズはこれにも頷き、同意を示した。
 今ですら、兄は父の事業の手伝いを担い、リズとの時間以外は、商会や取引先とのやり取りに時間を費やし、決して長閑な生活を送っているわけはではない。
 父が退き、兄が爵位を継げば、もっと多忙になることだろう。

「ヒュー様も然りです。その魔力の強さで、いずれは守護師、魔法使いたちを束ねる長となられるでしょう。長として殿下に忠誠の誓いの印を贈っても、決して宰相を務める余裕はないのです」
 話題に導かれ、ヒューを仰ぎ見れば、美しい守護天使は眉を顰め、淡い緑の魔力を揺らめかせて苦しさを表しながらも、否定はしなかった。

「私はそのことを殿下に伝えました。何度も、です。あの方は理解はされていましたが、――恐らく私が進言せずともお気づきでしたでしょうが――、別の方をご学友に選ぶことは決してなさらなかった」
 
 不利益を承知しながら、あの有能な殿下がその行為を続ける理由がリズには見当もつかなかった。
 ロナルドはひたとリズに眼差しを向けた。

「側近候補のご令息は、奇妙なことに姉妹がいらっしゃる方ばかりだったのです」

――トクリ――
 リズははっきりと自分の鼓動を感じた。ロナルドは流れるように淡々とリズに殿下の決断を突き付けた。 

「あの方は、ご自分と他のご令嬢がつながる可能性を排除するために、側近を選ばなかったのです。ご令息とその姉妹のご令嬢が納得されても、周りは、ご令嬢と殿下との関係に期待を持つことは否定できません」

 まして貴女は婚約を拒否なさっていましたから――、小さく付け加えられたその言葉を耳にしたときには、リズの喉元は白金の光が灯されていた。
 目を閉じて胸の痛みをやり過ごしたリズに、ロナルドは容赦なく事実を告げる。

「殿下は貴女を脅かす存在を許さなかった」

 閉じた目にまで白金の光は入り込むほどの強さだった。その眩しさの中、殿下の声が頭に響いた。
――貴女を幸せにすること以外に意味はないのに――

 どうして…、私は殿下に応えていないのに、6年振り向きもしなかったのに、どうしてなのです…!
 瞳を閉じていることも忘れそうな白金の癒しの閃光が走った。
 その光を追いかけるように、ロナルドは静かに宣言した。

「私の助言より貴女を選んだ殿下に、私が尽くす必要はありません。もちろん殿下が貴女を得られなくとも、私は殿下に仕えるつもりはありません」
 
 リズは目を開けた。感情の高ぶりで、体が震えてしまっている。公爵令嬢として、貴族の令嬢としてあるまじき事態だ。それでも、リズは高ぶりを抑えず、ロナルドを見据えた。
 ロナルドは、好々爺も笑顔も捨て去り、何の表情も浮かべず、リズの視線を受け止める。
 その冷徹さは、リズに殿下の妃となる覚悟がないことを彼が見抜いていることを、そして、そこからくる結論をリズに悟らせた。

――貴女に私を責める資格はない。
 
 部屋を白金の光が覆いつくした。 
 舞踏会で周りに畏怖を覚えさせながら一人佇んでいた殿下の姿が過った。
――宰相閣下が殿下を見捨てても、私はあの方を支える。決して見捨てはしない。
 そう口にしようと、震えながら口を開いた。
 その瞬間、廊下で早々と端に寄った侍女の姿が蘇った。
――!
 白金の光が目に痛いほどに放たれたが、胸に走った痛みでリズはよろめく自分を抑えきれなかった。
 ヒューが背中に手を当てながら、声をかけてくれていることを感じたものの、言葉は耳に入ってこない。
 白金の魔力がリズの身体を埋めつくした時、ようやくリズは呼吸を取り戻した。
 リズは手を握り締め、俯いた。
 
 ロナルドは正しかった。
 殿下の隣に立つことをリズは選べていなかった。
 ロナルドに対して、自分が殿下を支えると口にする資格が、リズにないことは確かだった。
リズは涙を堪え、体を震わせる。

 緊張が満ちた部屋の空気に、カーティスの咳払いが割り込んだ。
「いや、しかし、殿下は頼もしい方を選ばれましたな。エリザベス嬢は毒草の知識が豊富と伺いました。実に頼もしい」
 頼もしいという、リズにはそぐわない評価にリズの意識が向いた。それを見逃さず、カーティスは磊落な笑顔で身を乗り出し、リズの注意を引き付ける。

「殿下に毒草が送り付けられている今、一刻も早く――」
 
 ――毒草が送り付けられて――
 カーティスの言葉が耳に入った途端、白金の光は掻き消えた。
 すっとリズの頭の中は澄み切った。
 今まで見えていなかったことが、明確に形を成す。
 ロナルドは、殿下が命の危険にさらされているから、リズに継嗣を授かっている可能性がないことに苛立ちを見せたのだ。

 リズが見えていなかったことは、今日の教育だけではない。
 リズの毒草の趣味など、お妃教育をした者はとうに承知していたのだ。
 公爵家の使用人が優秀であっても、難しい毒草は殿下から入手していたのだ。王妃殿下のあれだけの情報網でリズの毒草の趣味が把握できないはずはない。
 ハワードとジョーダンが薬草の入手について質問したのは、毒草の入手経路について、それにつながる犯人の手がかりを少しでも知りたかったためだ。
 
 様々なことが見えたリズの中で、リズに深い衝撃を与えたものは一つしかなかった。
 
 つまり、毒草が送り付けられてから、私は殿下と顔を合わせているのね。
 
 たどり着いた事実が頭に染み込むと、リズは断りなく立ち上がっていた。
 礼儀に反したその振る舞いに、カーティスとロナルドは目を瞠って、リズを見上げる。
 ヒューは魔力を立ち上らせてリズへの心配を見せる。
 それらを横目に、リズは部屋を飛び出していた。
 
 背後から「おや。殿下には伴侶を得る望みが残されているのでしょうか」とロナルドの揶揄を含んだ呟きが投げかけられていたが、リズの耳には届かなかった。
 
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