元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯

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10.ローラの夢

 皆から祝ってもらった感動に浸りながら、ローラはエドワードと共に馬車に向かって歩き出した。
 目に溜まった涙は引いたけれど、それでも余韻に浸っていることは容易に気付かれたのだろう。
 エドワードは、彼にしては珍しく、静かな、そして真面目な口調で話し出した。

「この国は、病の流行で多くの者が喪われた。最期の挨拶を充分に出来ないまま見送った経験を持つ者は多い」

 彼がこれほど直接的にあの惨禍について語るのは、初めてのことだった。ローラは思わず足を止める。
 それに合わせてエドワードも足を止め、紫の瞳をローラに向けた。

「だから、伝えられるときに精一杯伝えることが、祝えるときに存分に祝うことが、習慣となったようだ」

 ローラは息を呑んだ。
 四日前の誕生日、叔父ロジャーの屋敷は、例によってお祭り騒ぎで、ローラの誕生日を祝ってくれた。
 それは叔父の性格によるものだと思っていたけれど――。
 叔父の屋敷での初めての晩餐で、ロジャーは言っていた。
 
『ローラ。大学を目指すこと自体が素晴らしいのだ!自慢する機会を奪わないでくれ』

――あぁ、叔父様も喪ったのだ。

 叔父は病が広がった頃は国外にいて、見送ることなどできなかった。
 ローラが知っているのは、侍女長のメアリ一人だけれど、あれだけの人脈を持つ叔父が一人で済むはずはなかった。
 そして、叔父だけでなく、屋敷の皆にはそれぞれに遠かれ近かれ喪った人を抱えているのだろう。

 だから、叔父も皆も、祝うときは最大限祝ってくれるのだろう。祝えるときの大切さを知っているから。
 見えていなかった思いが切なくて、気がつけば涙が零れていた。

「すまない。そんな顔をさせるつもりではなかった」

 エドワードは眉を顰めると、手を伸ばし、ローラの頬を拭った。その手の温もりがとても大切に思えて、ローラの口から思わず言葉が溢れ出た。

「私はこの国が好きです」

 紫の瞳が見開かれ、頬に添えられた彼の手がピクリと動いた。ローラは溢れる言葉を止めなかった。
 伝えられるときに、伝えたかった。

「私は、この国に来て良かった」

 心からそう思った。母国に居場所をなくして、この国に逃げるようにやってきたけれど。

「叔父と屋敷の皆は、私のためにお祭り騒ぎで祝ってくれました」

 着いたその日のうちに、叔父たちはローラに居場所をくれたのだ。

「大学は憧れの場所でした」

 大学がある国だったから、この国に来ることは逃げだけではなく、心に僅かではあっても明るいものを抱くことが出来た。

「奨学金は私に道を拓いてくれました」

 奨学金がなければ大学に通う夢も持てず、ローラは未だに母国で負った傷から抜け出せなかったかもしれない。

「教授たちは、全力で導いてくれました」

 喪った者を多く背負う教授たちは、それこそ伝えられるときに伝えるために、学生たちに持てる全てを注ぎ込んでくれた。

「使命に燃える学友たちに、力をもらいました」

 これまでもらったものが、次々に溢れて止まらなかった。
 きっと、これからも自分は多くのものをもらい続けていくのだろう。
 今日も、心を震わせる出来ことをもらったばかりだ。

「復興のために、出来る限りのことをしようとする、この国の民が好きです」

 出会った職人たちの熱意は、ローラの胸を打った。

「祝うことを逃さない、この国の習慣が大好きです」

 カフェの一時の出会いは、今も胸に輝いている。ローラに忘れられない感動をくれた。
 ローラは、美しい赤みの強い紫の瞳を見つめ、この国の王に再び思いを告げた。

「私は、この国が好きです」

 王は目を見開いたまま、微動だにせずローラの言葉を受け止めている。
 見慣れない彼の姿に、ローラは微笑した。そして、不思議なほどするりと言葉が出ていた。

「私は、この国の文官になろうと思います」

 言葉にした瞬間、自身の決断を納得していた。
 この道しかあり得ないとすら、思えるほどだった。

「私にたくさんのものをくれたこの国の、小さな支えになりたい」

 半年前、何も浮かばなかった夢が、鮮やかに、しっかりと生まれていた。
 
「ですから、遠くからではありますが、生涯、この国と、陛下の一助となるべくこの身を捧げます」

 王は動かなかった。
 文官を目指す者など、いくらでも会ってきただろうに、ローラの言葉に時を止めたように動かない。
 紫の瞳は、ローラの全てを見通すように、ローラだけを映していた。

 どれほどの時間が経ったのだろう。
 あまりに彼が動かないために、離れて控えていた護衛騎士が姿を現し近づいてきた。
 ローラですらその動きが分かったのだ。彼も当然、その気配を察したはずだ。
 エドワードは小さく息を吐いた。

「そうか」

 エドワードは、ゆっくりと頬から手を離し、いつものようにローラの頭を撫でようとして、けれどその手は頭から離れ、彼の身体に戻った。

「私も伝えたいことがある。聞いてくれるか」

「俺」ではなく、「私」。――王としての言葉だ。
 ローラは一も二もなく頷いた。
 エドワードは僅かに目を細めて、付け加えた。

「少し寄って欲しいところがある。付き合ってくれ」






◇◇◇◇◇
 お立ち寄り下さり、ありがとうございます。
 お気に入り、♡、エール、本当にありがたいです。
 励みとさせていただいているのですが、
 明日の投稿は恐らく間に合わないと思います。
 申し訳ございません。

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