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13.叔父と父
ローラが丘の上で決断してから一月が過ぎた頃、彼女は自室で届いた手紙に目を落としていた。
手紙は生家から届いたものだった。
エドワードとの婚約は、大学を無事に卒業するまで待ってもらうことにしたけれど、叔父と生家には報告をしていた。
何事も喜んで祝ってくれる叔父ロジャーは、予想とは違い複雑な顔を見せた。
王城に住むとなると、会う機会が限られてしまうと。
あの丘の帰りに報告したため、隣には王であるエドワードがいたというのに、叔父は徐に執務机の抽斗から束になった釣書を取り出し、「上から順に、この家から近い相手だ」と身を乗り出して説明を始めた。
確かに一番上の相手の家は、叔父の屋敷から歩いて5分ほどの近さだった。
隣のエドワードへの不敬が気になりながらも、叔父の人脈に改めて感服すると同時に、ここまで心配をかけることが辛かった。
母国で王家から婚約破棄をされて、この家に来たというのに、また王と婚約を結ぼうとするなど、傍から見れば正気の沙汰とは思えないだろう。
それでも――、
唾を飲み込み、説得を始めようとした矢先、エドワードの大きな手がローラの手を握った。その温もりに心強さを得て、思わず微笑みながら彼を見上げた隙に、エドワードに機先を制された。
「私は彼女を逃さない。もちろん誰にも渡さない。素晴らしい彼女に盾は要らないが、私は盾にも鎧にも剣にもなってみせる」
「初めの相手は、あなたか」と彼は覇気を纏わせ、叔父を見つめた。
叔父に怯む様子はなかった。
真っ直ぐにエドワードに視線を返していた。
恐ろしいほどに張り詰めた沈黙が部屋を支配した後、叔父は小さく息を吐いて、視線をローラに移した。
叔父の眼差しは、温かなものだった。
「辛くなったら、いつでも戻っておいで」
優しい声と言葉は、今も胸に残っている。
◇
ローラは叔父との遣り取りを思い出し、一瞬、目を閉じた。
ローラと日々接する叔父で、ああなのだ。
離れて暮らす父の心配は、尽きないだろう。
そして、持参金を用意できないことを気に病むに違いない。
ローラの選択のために、父の心労を増やしてしまうことが辛かった。
けれど、ローラは道を変えるつもりはなかった。エドワードの笑顔を守りたいという気持ちに、いささかの揺らぎもなかった。
もう選んだのだ。
ローラも彼の盾にも鎧にもなる覚悟だった。
ならば、分かってもらうまで、説得するしかない。
手紙ではなく、一度、卒業前に公爵家に戻る必要があるのかもしれない。
エドワードは着いてきてくれるだろうか。
そう思いながら、息を吸い込み、目を開けて手紙を読み進めると、やがてローラは目を瞠った。
叔父とは違い、父は本心はともあれ、始めに祝意を書いてくれていた。
得がたい出会いを、喜んでくれていた。
けれど、手紙の大半を占めていたのは、別のことだった。
持参金の用意ができること、その経緯の詳しい説明が、整った字で書き綴られていた。
長い手紙を読み終えると、ローラはゆっくりと手紙を置いた。
書かれていた内容が、ローラの中で駆け巡る。
ローラは文机の引き出しを開けた。
奥に仕舞い込んだ小箱をそっと取り出し、蓋を開けた。
収められた指輪が顔を覗かせた。
夜の薄明かりでは、その美しい濃い青色は、その本来の色を見ることは出来ないけれど、ローラはその鮮やかな青色をはっきりと思い浮かべることが出来た。
この美しい青を忘れる日は来ないだろう。
『この指輪は「永遠の雫」と名付けられたものなんだ。本来は婚姻後に渡すものだが、少しでも早く、私の瞳に近い色を、君に永遠に纏ってもらいたくて』
忘れられない言葉が、耳に響いていた。
ローラは長い時間、指輪を見つめ、眩しく輝いていた日々を、懐かしさと、――少しの切なさを感じながら思い返していた。
手紙は生家から届いたものだった。
エドワードとの婚約は、大学を無事に卒業するまで待ってもらうことにしたけれど、叔父と生家には報告をしていた。
何事も喜んで祝ってくれる叔父ロジャーは、予想とは違い複雑な顔を見せた。
王城に住むとなると、会う機会が限られてしまうと。
あの丘の帰りに報告したため、隣には王であるエドワードがいたというのに、叔父は徐に執務机の抽斗から束になった釣書を取り出し、「上から順に、この家から近い相手だ」と身を乗り出して説明を始めた。
確かに一番上の相手の家は、叔父の屋敷から歩いて5分ほどの近さだった。
隣のエドワードへの不敬が気になりながらも、叔父の人脈に改めて感服すると同時に、ここまで心配をかけることが辛かった。
母国で王家から婚約破棄をされて、この家に来たというのに、また王と婚約を結ぼうとするなど、傍から見れば正気の沙汰とは思えないだろう。
それでも――、
唾を飲み込み、説得を始めようとした矢先、エドワードの大きな手がローラの手を握った。その温もりに心強さを得て、思わず微笑みながら彼を見上げた隙に、エドワードに機先を制された。
「私は彼女を逃さない。もちろん誰にも渡さない。素晴らしい彼女に盾は要らないが、私は盾にも鎧にも剣にもなってみせる」
「初めの相手は、あなたか」と彼は覇気を纏わせ、叔父を見つめた。
叔父に怯む様子はなかった。
真っ直ぐにエドワードに視線を返していた。
恐ろしいほどに張り詰めた沈黙が部屋を支配した後、叔父は小さく息を吐いて、視線をローラに移した。
叔父の眼差しは、温かなものだった。
「辛くなったら、いつでも戻っておいで」
優しい声と言葉は、今も胸に残っている。
◇
ローラは叔父との遣り取りを思い出し、一瞬、目を閉じた。
ローラと日々接する叔父で、ああなのだ。
離れて暮らす父の心配は、尽きないだろう。
そして、持参金を用意できないことを気に病むに違いない。
ローラの選択のために、父の心労を増やしてしまうことが辛かった。
けれど、ローラは道を変えるつもりはなかった。エドワードの笑顔を守りたいという気持ちに、いささかの揺らぎもなかった。
もう選んだのだ。
ローラも彼の盾にも鎧にもなる覚悟だった。
ならば、分かってもらうまで、説得するしかない。
手紙ではなく、一度、卒業前に公爵家に戻る必要があるのかもしれない。
エドワードは着いてきてくれるだろうか。
そう思いながら、息を吸い込み、目を開けて手紙を読み進めると、やがてローラは目を瞠った。
叔父とは違い、父は本心はともあれ、始めに祝意を書いてくれていた。
得がたい出会いを、喜んでくれていた。
けれど、手紙の大半を占めていたのは、別のことだった。
持参金の用意ができること、その経緯の詳しい説明が、整った字で書き綴られていた。
長い手紙を読み終えると、ローラはゆっくりと手紙を置いた。
書かれていた内容が、ローラの中で駆け巡る。
ローラは文机の引き出しを開けた。
奥に仕舞い込んだ小箱をそっと取り出し、蓋を開けた。
収められた指輪が顔を覗かせた。
夜の薄明かりでは、その美しい濃い青色は、その本来の色を見ることは出来ないけれど、ローラはその鮮やかな青色をはっきりと思い浮かべることが出来た。
この美しい青を忘れる日は来ないだろう。
『この指輪は「永遠の雫」と名付けられたものなんだ。本来は婚姻後に渡すものだが、少しでも早く、私の瞳に近い色を、君に永遠に纏ってもらいたくて』
忘れられない言葉が、耳に響いていた。
ローラは長い時間、指輪を見つめ、眩しく輝いていた日々を、懐かしさと、――少しの切なさを感じながら思い返していた。
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