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19.ローラの向かう先
ローラは、その後、全ての予定を熟した。
早々と引き上げたエドワードは、自分の執務室に籠もり、顔を合わせることはなかった。
そのことを意識して頭から締め出し、ようやく仕事を終えたローラは、後は就寝するばかりとなり自室へ向かい、けれど、ふと足を止めた。
「ごめんなさい」
そう言い置いて、踵を返した。
ローラに付いていた護衛騎士マイクが怪訝な表情を一瞬浮かべたものの、彼は何も問わずローラに付き従ってくれた。
回廊を進むと、警護に立つ護衛騎士が目に入る。
王の部屋の前には、しかも賓客たちの出入りの激しい時期には、当然のことだろう。
付き従うマイクはローラの向かう先が分かったのだろう。小さな溜息が聞こえた。
エドワードの護衛騎士はローラを認めて、先ほどのマイクと同じように怪訝な表情を浮かべたのが分かったけれど、ローラは足を止めなかった。
「入れてもらえるかしら」
国王付の護衛騎士の前に立ち、ローラは尋ねた。
彼は一瞬目を泳がせたものの、直ぐに決断し、騎士の礼を取ってローラに場所を譲ってくれた。
「二人とも、ありがとう」
ローラは自分の予定外の行動に付き合ってくれた騎士たちに礼を言うと、そのままノックもせずにエドワードの部屋に入った。
驚いたことに、部屋にはお酒の香りが漂っていた。
彼はただ一人の王族という立場を忘れず、体調管理には、人一倍、気を配っているというのに、さらには明日も予定の詰まった忙しい日であるというのに、お酒を飲んでいたようだ。
明かり取りの窓の近くで、彼はこちらに背を向けて立っていた。
「どうしたのですか?」
ローラが声をかけると、驚いた様子も見せず、エドワードはゆっくりと振り返った。そして僅かに口角を上げた。
「どちらかと言えば、それは私が言いたいことだが」
このような夜に、先触れもなく部屋を訪れたことを言っているのだろう。彼の軽口に付き合わず、ローラは彼の下まで足を進めた。
彼の側にある小さなテーブルに置かれたお酒の瓶とグラスからは、強く香りが立ち上り、その存在を主張していた。お酒に強くないローラは、その香りの強さに眉を顰めてしまう。
「随分強いお酒なのではないですか?」
ローラが咎めるように問いかけると、彼は視線を逸らした。
「飲みたいときもある」
「なるほど」
短く答えたローラは、置かれたグラスを手に取り、作法を捨て去り勢いよく飲んだ。
――!
やはりきついお酒で、身体が受け付けず、むせてしまう。
「ばかっ。無茶なことを―――」
慌てたエドワードがローラの背を摩る。ローラはむせながら、けれど鋭く彼に視線を向けた。
「私を避けて一人きりでお酒を飲む、あなたのその様子を目にして、私も飲みたくなったのです」
エドワードは目を見開いて、手を止め、そしてようやくローラに向き合ってくれた。
「すまない」
ローラは彼を見上げた。
彼は何に対して謝っているのだろう。
ローラは、今日、避けられたことだけでなく、昨日からのすれ違いもまだ引きずっている。 彼はどこまで分かっているのだろう。
エドワードは苦笑を浮かべながら、お酒の瓶の蓋を閉めた。そのまま瓶を見つめながら、ローラの疑問に答え始めてくれた。
「彼に罪悪感を抱いたんだ」
「君の隣を、ケネスがどんな思いで手放したか分かっていたのに」
「君に惹かれた。どうしようもなく惹かれた。自分が恐いほどに君に惹かれた」
彼は、小さく息を吐いた。
「王としての立場も責務も忘れたことなどないのに、自分がこんな想いを抱くとは想像すらしていなかった」
「王としてだけでなく、一人の男として、君に想いを寄せてしまっていた」
「しかも、それだけでは止まらなかった。君からの想いを得たいとまで思ってしまった」
訥々と語られる告白。
王妃に相応しいから、それだけで求められたのでなく、ローラ自身を求めてくれている。
彼が自分を想ってくれている。
涙を零してしまうほど嬉しいはずなのに、ローラに湧き上がった喜びは、彼の苦しそうな表情を見て、直ぐに消えてしまった。
「罪悪感はまだ消えていないのですか?」
手紙を読み、3年前の未熟な視野を教えられて、今日、ケネスとようやく笑顔を交わし、ローラは3年前に片を付けたつもりになった。
けれど、そうなることを勧めたエドワードは、けりが付かなかったのだろうか。
エドワードは、また一つ小さく息を吐いて、正直に答えてくれた。
「消えたと言えば嘘になる」
「ケネスの犠牲で、私は君という得がたい存在を得られた。君の想いまで求めるのは、欲が深すぎる」
「だから、君に触れることができなかった」
夜に溶け込むように囁かれた彼の言葉に、ローラは目を閉じた。
昨日、ローラは傷つき、そして怒ってもいた。まだケネスに心を残しているとエドワードに思われたのだと感じたからだ。
もし、ケネスに気持ちを残していた状態なら、エドワードと共に歩く決断などしない。
自分の決意を見損なわれた気がしていたけれど、ローラの方こそエドワードの想いを分かっていなかった。
ローラの心は、申し訳なさから一瞬鎮まり、けれど、また熱を帯びた。
目を見開き、陰りを帯びた紫の瞳を見据えた。
「ケネス殿下を侮辱しないで下さい」
穏やかな口調で言ったつもりだったけれど、エドワードは息を呑んだ。
「3年前、ケネス殿下とは道が分かれたのです。殿下はそのことを哀しんでくれたと思います」
今ならその事に確信が持てる。ケネスは決断が遅れるまで、悩み抜いてくれたのだから。
「ですが、殿下はもう決断したのです。あの手紙に書かれたとおり、誰かに私を託すことを決めたのです。だからこそ、恐れ多くも、あれほど強く私の幸せを願ってくれたのです」
あの指輪をローラに持たせてくれたケネスの、ローラに向けてくれていた想いを考えると、3年前とはいえ胸が痛む。
けれど、大切なことは―――。
ローラは息を吸い込み、眼差しに力を込めた。
「ケネス殿下の、私への一番の願いは―――」
「私が幸せになることです」
早々と引き上げたエドワードは、自分の執務室に籠もり、顔を合わせることはなかった。
そのことを意識して頭から締め出し、ようやく仕事を終えたローラは、後は就寝するばかりとなり自室へ向かい、けれど、ふと足を止めた。
「ごめんなさい」
そう言い置いて、踵を返した。
ローラに付いていた護衛騎士マイクが怪訝な表情を一瞬浮かべたものの、彼は何も問わずローラに付き従ってくれた。
回廊を進むと、警護に立つ護衛騎士が目に入る。
王の部屋の前には、しかも賓客たちの出入りの激しい時期には、当然のことだろう。
付き従うマイクはローラの向かう先が分かったのだろう。小さな溜息が聞こえた。
エドワードの護衛騎士はローラを認めて、先ほどのマイクと同じように怪訝な表情を浮かべたのが分かったけれど、ローラは足を止めなかった。
「入れてもらえるかしら」
国王付の護衛騎士の前に立ち、ローラは尋ねた。
彼は一瞬目を泳がせたものの、直ぐに決断し、騎士の礼を取ってローラに場所を譲ってくれた。
「二人とも、ありがとう」
ローラは自分の予定外の行動に付き合ってくれた騎士たちに礼を言うと、そのままノックもせずにエドワードの部屋に入った。
驚いたことに、部屋にはお酒の香りが漂っていた。
彼はただ一人の王族という立場を忘れず、体調管理には、人一倍、気を配っているというのに、さらには明日も予定の詰まった忙しい日であるというのに、お酒を飲んでいたようだ。
明かり取りの窓の近くで、彼はこちらに背を向けて立っていた。
「どうしたのですか?」
ローラが声をかけると、驚いた様子も見せず、エドワードはゆっくりと振り返った。そして僅かに口角を上げた。
「どちらかと言えば、それは私が言いたいことだが」
このような夜に、先触れもなく部屋を訪れたことを言っているのだろう。彼の軽口に付き合わず、ローラは彼の下まで足を進めた。
彼の側にある小さなテーブルに置かれたお酒の瓶とグラスからは、強く香りが立ち上り、その存在を主張していた。お酒に強くないローラは、その香りの強さに眉を顰めてしまう。
「随分強いお酒なのではないですか?」
ローラが咎めるように問いかけると、彼は視線を逸らした。
「飲みたいときもある」
「なるほど」
短く答えたローラは、置かれたグラスを手に取り、作法を捨て去り勢いよく飲んだ。
――!
やはりきついお酒で、身体が受け付けず、むせてしまう。
「ばかっ。無茶なことを―――」
慌てたエドワードがローラの背を摩る。ローラはむせながら、けれど鋭く彼に視線を向けた。
「私を避けて一人きりでお酒を飲む、あなたのその様子を目にして、私も飲みたくなったのです」
エドワードは目を見開いて、手を止め、そしてようやくローラに向き合ってくれた。
「すまない」
ローラは彼を見上げた。
彼は何に対して謝っているのだろう。
ローラは、今日、避けられたことだけでなく、昨日からのすれ違いもまだ引きずっている。 彼はどこまで分かっているのだろう。
エドワードは苦笑を浮かべながら、お酒の瓶の蓋を閉めた。そのまま瓶を見つめながら、ローラの疑問に答え始めてくれた。
「彼に罪悪感を抱いたんだ」
「君の隣を、ケネスがどんな思いで手放したか分かっていたのに」
「君に惹かれた。どうしようもなく惹かれた。自分が恐いほどに君に惹かれた」
彼は、小さく息を吐いた。
「王としての立場も責務も忘れたことなどないのに、自分がこんな想いを抱くとは想像すらしていなかった」
「王としてだけでなく、一人の男として、君に想いを寄せてしまっていた」
「しかも、それだけでは止まらなかった。君からの想いを得たいとまで思ってしまった」
訥々と語られる告白。
王妃に相応しいから、それだけで求められたのでなく、ローラ自身を求めてくれている。
彼が自分を想ってくれている。
涙を零してしまうほど嬉しいはずなのに、ローラに湧き上がった喜びは、彼の苦しそうな表情を見て、直ぐに消えてしまった。
「罪悪感はまだ消えていないのですか?」
手紙を読み、3年前の未熟な視野を教えられて、今日、ケネスとようやく笑顔を交わし、ローラは3年前に片を付けたつもりになった。
けれど、そうなることを勧めたエドワードは、けりが付かなかったのだろうか。
エドワードは、また一つ小さく息を吐いて、正直に答えてくれた。
「消えたと言えば嘘になる」
「ケネスの犠牲で、私は君という得がたい存在を得られた。君の想いまで求めるのは、欲が深すぎる」
「だから、君に触れることができなかった」
夜に溶け込むように囁かれた彼の言葉に、ローラは目を閉じた。
昨日、ローラは傷つき、そして怒ってもいた。まだケネスに心を残しているとエドワードに思われたのだと感じたからだ。
もし、ケネスに気持ちを残していた状態なら、エドワードと共に歩く決断などしない。
自分の決意を見損なわれた気がしていたけれど、ローラの方こそエドワードの想いを分かっていなかった。
ローラの心は、申し訳なさから一瞬鎮まり、けれど、また熱を帯びた。
目を見開き、陰りを帯びた紫の瞳を見据えた。
「ケネス殿下を侮辱しないで下さい」
穏やかな口調で言ったつもりだったけれど、エドワードは息を呑んだ。
「3年前、ケネス殿下とは道が分かれたのです。殿下はそのことを哀しんでくれたと思います」
今ならその事に確信が持てる。ケネスは決断が遅れるまで、悩み抜いてくれたのだから。
「ですが、殿下はもう決断したのです。あの手紙に書かれたとおり、誰かに私を託すことを決めたのです。だからこそ、恐れ多くも、あれほど強く私の幸せを願ってくれたのです」
あの指輪をローラに持たせてくれたケネスの、ローラに向けてくれていた想いを考えると、3年前とはいえ胸が痛む。
けれど、大切なことは―――。
ローラは息を吸い込み、眼差しに力を込めた。
「ケネス殿下の、私への一番の願いは―――」
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