元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯

文字の大きさ
20 / 22

19.ローラの向かう先

 ローラは、その後、全ての予定を熟した。
 早々と引き上げたエドワードは、自分の執務室に籠もり、顔を合わせることはなかった。
 そのことを意識して頭から締め出し、ようやく仕事を終えたローラは、後は就寝するばかりとなり自室へ向かい、けれど、ふと足を止めた。

「ごめんなさい」

 そう言い置いて、踵を返した。

 ローラに付いていた護衛騎士マイクが怪訝な表情を一瞬浮かべたものの、彼は何も問わずローラに付き従ってくれた。
 回廊を進むと、警護に立つ護衛騎士が目に入る。
 王の部屋の前には、しかも賓客たちの出入りの激しい時期には、当然のことだろう。
 付き従うマイクはローラの向かう先が分かったのだろう。小さな溜息が聞こえた。
 エドワードの護衛騎士はローラを認めて、先ほどのマイクと同じように怪訝な表情を浮かべたのが分かったけれど、ローラは足を止めなかった。

「入れてもらえるかしら」

 国王付の護衛騎士の前に立ち、ローラは尋ねた。
 彼は一瞬目を泳がせたものの、直ぐに決断し、騎士の礼を取ってローラに場所を譲ってくれた。

「二人とも、ありがとう」

 ローラは自分の予定外の行動に付き合ってくれた騎士たちに礼を言うと、そのままノックもせずにエドワードの部屋に入った。


 驚いたことに、部屋にはお酒の香りが漂っていた。
 彼はただ一人の王族という立場を忘れず、体調管理には、人一倍、気を配っているというのに、さらには明日も予定の詰まった忙しい日であるというのに、お酒を飲んでいたようだ。
 明かり取りの窓の近くで、彼はこちらに背を向けて立っていた。

「どうしたのですか?」

 ローラが声をかけると、驚いた様子も見せず、エドワードはゆっくりと振り返った。そして僅かに口角を上げた。

「どちらかと言えば、それは私が言いたいことだが」

 このような夜に、先触れもなく部屋を訪れたことを言っているのだろう。彼の軽口に付き合わず、ローラは彼の下まで足を進めた。
 彼の側にある小さなテーブルに置かれたお酒の瓶とグラスからは、強く香りが立ち上り、その存在を主張していた。お酒に強くないローラは、その香りの強さに眉を顰めてしまう。

「随分強いお酒なのではないですか?」

 ローラが咎めるように問いかけると、彼は視線を逸らした。

「飲みたいときもある」
「なるほど」

 短く答えたローラは、置かれたグラスを手に取り、作法を捨て去り勢いよく飲んだ。

――!

 やはりきついお酒で、身体が受け付けず、むせてしまう。

「ばかっ。無茶なことを―――」

 慌てたエドワードがローラの背を摩る。ローラはむせながら、けれど鋭く彼に視線を向けた。

「私を避けて一人きりでお酒を飲む、あなたのその様子を目にして、私も飲みたくなったのです」

 エドワードは目を見開いて、手を止め、そしてようやくローラに向き合ってくれた。

「すまない」

 ローラは彼を見上げた。
 彼は何に対して謝っているのだろう。
 ローラは、今日、避けられたことだけでなく、昨日からのすれ違いもまだ引きずっている。 彼はどこまで分かっているのだろう。
 エドワードは苦笑を浮かべながら、お酒の瓶の蓋を閉めた。そのまま瓶を見つめながら、ローラの疑問に答え始めてくれた。

「彼に罪悪感を抱いたんだ」

「君の隣を、ケネスがどんな思いで手放したか分かっていたのに」

「君に惹かれた。どうしようもなく惹かれた。自分が恐いほどに君に惹かれた」

 彼は、小さく息を吐いた。

「王としての立場も責務も忘れたことなどないのに、自分がこんな想いを抱くとは想像すらしていなかった」

「王としてだけでなく、一人の男として、君に想いを寄せてしまっていた」

「しかも、それだけでは止まらなかった。君からの想いを得たいとまで思ってしまった」

 訥々と語られる告白。
 王妃に相応しいから、それだけで求められたのでなく、ローラ自身を求めてくれている。
 彼が自分を想ってくれている。
 涙を零してしまうほど嬉しいはずなのに、ローラに湧き上がった喜びは、彼の苦しそうな表情を見て、直ぐに消えてしまった。

「罪悪感はまだ消えていないのですか?」

 手紙を読み、3年前の未熟な視野を教えられて、今日、ケネスとようやく笑顔を交わし、ローラは3年前に片を付けたつもりになった。
 けれど、そうなることを勧めたエドワードは、けりが付かなかったのだろうか。

 エドワードは、また一つ小さく息を吐いて、正直に答えてくれた。

「消えたと言えば嘘になる」
 
「ケネスの犠牲で、私は君という得がたい存在を得られた。君の想いまで求めるのは、欲が深すぎる」

「だから、君に触れることができなかった」

 夜に溶け込むように囁かれた彼の言葉に、ローラは目を閉じた。
 昨日、ローラは傷つき、そして怒ってもいた。まだケネスに心を残しているとエドワードに思われたのだと感じたからだ。
 もし、ケネスに気持ちを残していた状態なら、エドワードと共に歩く決断などしない。
 自分の決意を見損なわれた気がしていたけれど、ローラの方こそエドワードの想いを分かっていなかった。

 ローラの心は、申し訳なさから一瞬鎮まり、けれど、また熱を帯びた。
 目を見開き、陰りを帯びた紫の瞳を見据えた。

「ケネス殿下を侮辱しないで下さい」

 穏やかな口調で言ったつもりだったけれど、エドワードは息を呑んだ。

「3年前、ケネス殿下とは道が分かれたのです。殿下はそのことを哀しんでくれたと思います」

 今ならその事に確信が持てる。ケネスは決断が遅れるまで、悩み抜いてくれたのだから。

「ですが、殿下はもう決断したのです。あの手紙に書かれたとおり、誰かに私を託すことを決めたのです。だからこそ、恐れ多くも、あれほど強く私の幸せを願ってくれたのです」

 あの指輪をローラに持たせてくれたケネスの、ローラに向けてくれていた想いを考えると、3年前とはいえ胸が痛む。
 けれど、大切なことは―――。
 ローラは息を吸い込み、眼差しに力を込めた。

「ケネス殿下の、私への一番の願いは―――」

「私が幸せになることです」
 

あなたにおすすめの小説

【完結】大好きな貴方、婚約を解消しましょう

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
大好きな貴方、婚約を解消しましょう。 私は、恋に夢中で何も見えていなかった。 だから、貴方に手を振り払われるまで、嫌われていることさえ気付か なかったの。 ※この作品は「小説家になろう」内の「名も無き恋の物語【短編集】」「君と甘い一日を」より抜粋したものです。 2022/9/5 隣国の王太子の話【王太子は、婚約者の愛を得られるか】完結しました。 お見かけの際はよろしくお願いしますm(_ _ )m

【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

嘘つきな貴方を捨てさせていただきます

梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。 「さっさと死んでくれ」 フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。 愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。 嘘つきな貴方なんて、要らない。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 11/27HOTランキング5位ありがとうございます。 ※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。 1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。 完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。

二度目の恋は幸せに

木蓮
恋愛
シェリルには仲の良い婚約者がいた。彼は婚約破棄して戻って来た義妹を慰めるうちに恋におち、彼の心が自分にないことを知ったシェリルは自ら婚約を解消した。 失恋に落ちこむも新しく婚約したいとこに励まされるうちに新しい幸せを見つけ、2度目の恋をする。 しかし、思わぬ人物が立ちふさがる――。 ※両想いの無自覚いちゃいちゃカップルがくっつくお話です。中盤からひたすらのろけています。 ざまあはちょびっと。 ※何と、まだ3話ですが19日の夜のHOTランキング63位に入れてもらいました! たくさんの方々に読んでいただいた上に、お気に入りやいいねもありがとうございます! 楽しんでいただければ幸いです。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。