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庭園での散歩(前編)
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短いお茶の時間は、本当にあっと言う間に過ぎてしまって、フィンリーは名残惜しそうに手を振ってから立ち去ってしまった。
「さて、ポピー。次は歴史の授業だったかしら?」
「そ、それが……。卿が体調を崩してしまわれたらしく、お休みにしたい、と」
意外な返事に目を瞬かせる。休み……?
よく考えると、フィンリーほどではなくとも、私も自由な時間を過ごすのはかなり久しぶりかもしれない。すべきことが多すぎて、ずっと時間に追われていたから。
「何をしてお過ごしになりますか?」
「そうね……庭園を散歩することは、できるかしら?」
この城にやって来た時に最初に目に入ったのは、荒れ果てた庭園だった。
アルバム王国がこの国を占領する拠点になっていたから、城の中はそれなりに美しく保たれていたが、庭園までは手が回らなかったらしい。
それに、フィンリー率いる帝国復興派と、アルバム王国の兵が最も激しくぶつかったのが、ここ皇都ダミアでの奪還戦だ。
宗教的な理由からも、フィンリーはこのダミアを絶対に陥落させなければならなかった。ここは聖都だから。
わずかに残っていた美しい花々も戦火に焼かれてしまったのだという。
私はその説明を聞いて、ほんの少しだけ泣いてしまった。私が何も知らずに、自分だけのことに胸を痛めて暮らしている間に、どれだけの命が傷ついたのだろうか、と。
あくる日、大勢の男性が庭園の方で何やら集まっているのが部屋の窓から見えた。
侍女に尋ねてみると、庭師だという。私の涙を見たフィンリーが急いで手配をしてくれたのだと、侍女から聞かされた。
彼らが必死に手入れをしてくれたおかげで、殺風景だった窓からの景色に少しずつ緑が戻り始めている。できることなら、近くで見たいと思ったのだ。
日に日に力を取り戻していく庭園が、まるで今フィンリーが尽力している、国の復興の証のように思えたから。
「庭園、ですか」
ポピーは驚いた顔をしたが、すぐに確認に走ってくれた。
「皇女殿下! 許可が下りましたよ!」
息を切らして、ポピーは私に走り寄って来た。淑女らしからぬ行動。でも、彼女が私のことを本気で考えてくれていることが感じられて、とがめる気にもなれなかった。
「本当に?」
「このままでは少し肌寒いですから、薄めの上着を羽織られた方が良いかもしれません」
「ありがとう、ポピー」
手渡された上着を手にとって、羽織る。
「皇女殿下って本当にお優しいですよね……。フィンリー殿下が寵愛なさるのも納得です」
「そうかしら……」
「そうですよ! 皇女殿下はもっと自信をお持ちになるべきですよ、もう!」
可愛らしくぽこぽこと怒るポピーを見ると、悩んでいるのが馬鹿らしく思えてくる。
少なくともフィンリーは、私と上手くやっていきたいと思っていらっしゃるようだし、本心なんて考えても仕方のないことかもしれない。
「素敵なお庭ね!」
この城の庭園を歩くのは初めてで、思わず歓声をあげてしまった。
あんなに荒れ放題だった庭と同じ場所とはとても思えない。まるで数十年前からそうであったかのように、美しく色とりどりの花が咲き誇っている。
「国中のあちこちから取り寄せた植物たちが植えられているそうですよ」
「そうなのね……。見たことのない花が、こんなにたくさん」
「帝国は広いですからね。普通ならこの短期間で取り戻せるような国ではないのですよ?」
フィンリーの優秀さはわかっているつもりでいたけれど、まだまだ認識が足りていなかったようだ。背負っているものの重さも、きっと私はまだ理解できていない。
花が見たくて庭園に下りて来たのに、結局考えるのはフィンリーのことばかりだ。
今に始まったことではなくて、フィンリーにプロポーズされたあの日から、フィンリーのことが頭から離れない。
考え事をしながら歩いていたから、注意が欠けていたらしい。ボンヤリと歩いていると、誰かに軽くぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい! お怪我はありませんか?」
反射的に謝ると、そこには可愛らしい桃色のドレスに身を包んだ少女が立っていた。人形のように整った顔立ち。
同性ながら、守ってあげたくなるような愛らしい少女だ。
彼女は、キッと私をにらみつけると、大声で怒鳴った。
「あなた、無礼でしてよ! わたくしを誰と心得ているのです?」
「え、ええと……」
重要な貴族の名前は覚えているが、肖像画で顔を確認したのは当主だけだ。
身なりから言ってもどこかの貴族令嬢であることは間違いなさそうだが、どこの家の誰かまではわからない。
「知らないようですから教えて差し上げますわ。わたくしの名前は、グレース・オブ・カナリッチ。次の皇帝陛下の寵愛を受ける者です」
「さて、ポピー。次は歴史の授業だったかしら?」
「そ、それが……。卿が体調を崩してしまわれたらしく、お休みにしたい、と」
意外な返事に目を瞬かせる。休み……?
よく考えると、フィンリーほどではなくとも、私も自由な時間を過ごすのはかなり久しぶりかもしれない。すべきことが多すぎて、ずっと時間に追われていたから。
「何をしてお過ごしになりますか?」
「そうね……庭園を散歩することは、できるかしら?」
この城にやって来た時に最初に目に入ったのは、荒れ果てた庭園だった。
アルバム王国がこの国を占領する拠点になっていたから、城の中はそれなりに美しく保たれていたが、庭園までは手が回らなかったらしい。
それに、フィンリー率いる帝国復興派と、アルバム王国の兵が最も激しくぶつかったのが、ここ皇都ダミアでの奪還戦だ。
宗教的な理由からも、フィンリーはこのダミアを絶対に陥落させなければならなかった。ここは聖都だから。
わずかに残っていた美しい花々も戦火に焼かれてしまったのだという。
私はその説明を聞いて、ほんの少しだけ泣いてしまった。私が何も知らずに、自分だけのことに胸を痛めて暮らしている間に、どれだけの命が傷ついたのだろうか、と。
あくる日、大勢の男性が庭園の方で何やら集まっているのが部屋の窓から見えた。
侍女に尋ねてみると、庭師だという。私の涙を見たフィンリーが急いで手配をしてくれたのだと、侍女から聞かされた。
彼らが必死に手入れをしてくれたおかげで、殺風景だった窓からの景色に少しずつ緑が戻り始めている。できることなら、近くで見たいと思ったのだ。
日に日に力を取り戻していく庭園が、まるで今フィンリーが尽力している、国の復興の証のように思えたから。
「庭園、ですか」
ポピーは驚いた顔をしたが、すぐに確認に走ってくれた。
「皇女殿下! 許可が下りましたよ!」
息を切らして、ポピーは私に走り寄って来た。淑女らしからぬ行動。でも、彼女が私のことを本気で考えてくれていることが感じられて、とがめる気にもなれなかった。
「本当に?」
「このままでは少し肌寒いですから、薄めの上着を羽織られた方が良いかもしれません」
「ありがとう、ポピー」
手渡された上着を手にとって、羽織る。
「皇女殿下って本当にお優しいですよね……。フィンリー殿下が寵愛なさるのも納得です」
「そうかしら……」
「そうですよ! 皇女殿下はもっと自信をお持ちになるべきですよ、もう!」
可愛らしくぽこぽこと怒るポピーを見ると、悩んでいるのが馬鹿らしく思えてくる。
少なくともフィンリーは、私と上手くやっていきたいと思っていらっしゃるようだし、本心なんて考えても仕方のないことかもしれない。
「素敵なお庭ね!」
この城の庭園を歩くのは初めてで、思わず歓声をあげてしまった。
あんなに荒れ放題だった庭と同じ場所とはとても思えない。まるで数十年前からそうであったかのように、美しく色とりどりの花が咲き誇っている。
「国中のあちこちから取り寄せた植物たちが植えられているそうですよ」
「そうなのね……。見たことのない花が、こんなにたくさん」
「帝国は広いですからね。普通ならこの短期間で取り戻せるような国ではないのですよ?」
フィンリーの優秀さはわかっているつもりでいたけれど、まだまだ認識が足りていなかったようだ。背負っているものの重さも、きっと私はまだ理解できていない。
花が見たくて庭園に下りて来たのに、結局考えるのはフィンリーのことばかりだ。
今に始まったことではなくて、フィンリーにプロポーズされたあの日から、フィンリーのことが頭から離れない。
考え事をしながら歩いていたから、注意が欠けていたらしい。ボンヤリと歩いていると、誰かに軽くぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい! お怪我はありませんか?」
反射的に謝ると、そこには可愛らしい桃色のドレスに身を包んだ少女が立っていた。人形のように整った顔立ち。
同性ながら、守ってあげたくなるような愛らしい少女だ。
彼女は、キッと私をにらみつけると、大声で怒鳴った。
「あなた、無礼でしてよ! わたくしを誰と心得ているのです?」
「え、ええと……」
重要な貴族の名前は覚えているが、肖像画で顔を確認したのは当主だけだ。
身なりから言ってもどこかの貴族令嬢であることは間違いなさそうだが、どこの家の誰かまではわからない。
「知らないようですから教えて差し上げますわ。わたくしの名前は、グレース・オブ・カナリッチ。次の皇帝陛下の寵愛を受ける者です」
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