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【幕間話】直談判
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10分後。宰相の執務室にて、件のカナリッチ侯爵と向かい合って座っていた。
「何の用でここに来たか、わかるか?」
低い声で尋ねる。侯爵は表面上はうやうやしい態度を取っているが、腹の中はどうか知れたものではない。
舐められてはいけない。皇帝の権力が揺らぐことは、すなわちアイリスの立場を不安定にすることでもある。正式にはまだ皇帝ではないが。
「ふむ……。ああ、ひょっとしてご側室の件ですかな?」
今思いついたとばかりの言いようは、白々しいとしか言えない。
まだ怒るな。今怒れば、若造だと侮られる。
「そうだ。余の許可も取らずに、勝手に側室候補を城に置いているらしいな?」
「ああ、やはりそのことでしたか。お気に触ったのであれば申し訳ございませぬ」
口では殊勝なことを言っているが、侯爵から焦りは読み取れない。むしろ、手のひらの上で転がされているような印象さえ受ける。
どうすればいい?
今、彼の機嫌を損ねるのは良い策とは言えない。帝国を復興させたとは言っても、まだ不安定だ。経験豊富な侯爵からの力添えは、国のために必要である。
それこそ、彼の孫娘を側室として迎え入れて、大切に扱えば恩を売れる。今後も力を貸してくれるだろう。
だが、それではダメなのだ。側室の話は受け入れられない。少なくとも、アイリスとの間に子どもが望めないのでなければ。
「……とりあえず、側室候補は全員実家に帰してくれ」
「承知致しました。……それで、良いのですな?」
試されている。直感でそう思った。
エドが心配そうにこちらを見ている。それを見て、逆に落ち着いた。不安になってはいられない。守りたいものを守るため、自分らしく攻めるしかないのだから。
「側室を迎えることで得られる利益はわかる。手っ取り早い手段だと言うのも。……だが、他の手段が存在するのなら、できる限りそちらを取りたいのだ」
「それは、皇女殿下への愛ゆえ、ですかな」
相手の思惑など知ったことか。腹芸で宰相に勝てるはずがない。
どんな戦術をとっても、どんな過程を通っても、最後に笑った方が勝ちだ。相手の土俵で戦う必要などない。
「そうだ」
あっさり認めてやる。思った通り、侯爵は意外そうな顔をした。
「愛、ですか……。では、側室を迎えないことで生まれる不利益は? どうなさるおつもりなのですかな?」
そう、そこも無視できない問題ではある。
側室として令嬢を召し上げることさえ許容してしまえばできる利益が得られなくなる。
侯爵の目を見て、はっきりと答える。
「わからない」
意表をつかれた、を超えて、もはや意味がわからなかったのだろう。は?、と小声でもらしたのが聞こえた。
「だから、侯爵の知恵を貸してくれ」
「知恵……ですか」
側室を迎えることだけが、国をまとめる方法ではないはずだ。いくつか自分でも思いつくものはあるが、どれも効率的とは言えない代物ばかりだ。
だから、具体的な案を出して侯爵を黙らせることができない。経験を積んだ彼に、中途半端な意見を出しては評価を下げるだけだから。
それなら、いっそ逆手にとってしまえばいい。少なくとも一人で考えるより、侯爵に意見を求めた方が、より良い案を出せる可能性はずっと高い。
「頼む。貴殿の力を借りたいんだ」
そう言って頭を下げる。宰相が頭上でため息を吐いたのがわかった。このため息がどのような意図なのかによって、命運が決まる。
「顔をお上げください、フィンリー殿下」
恐る恐る顔を上げる。一応堂々として見えるように取りつくろってはいるが、彼には見通されていることだろう。
侯爵の額には深いシワが刻まれている。それは、何の感情に由来するものなのか。
「……いやはや驚きましたな。皇帝になろうというお方がそう簡単に頭を下げられるとは」
「一番守りたいものを守るためならば余のプライドなど些細な問題だ」
次期皇帝としての体面を保つことも、たしかにアイリスのためになる。周囲から重要だと見なされれば見なされるほど、婚約者であるアイリスへの扱いも丁重になるから。
だが、そのためにアイリスを泣かせては意味がない。それに、結婚当初から側室を迎えるなど、アイリスを軽んじていると宣言するのと同じことだ。
彼女の立場も価値も確かなはずなのに、ほんの少しの判断でたやすく揺らいでしまう。
どうするのが正解なのか、わかりはしないが。動かなかったせいで後悔はしたくない性分だから、思い切るしかない。
「殿下のお気持ちはよくわかりました」
侯爵は、苦笑いを浮かべていた。
「私としたことが、うっかり判断を見誤ったようですな。傾国かと思いきや、殿下をよりよき方向へ導く神の使いであらせられましたか」
ため息混じりに告げられた言葉の意味が、しばらくはわからなかった。
「……それは、つまり?」
「皇后としてふさわしい者は他にもいるはずだと思ったのです。いくら先帝陛下のご息女とはいえ、他国の王女を迎えるだとか、ほかの方法もあるはずだと」
「例えば、侯爵の孫娘、あたりか?」
笑いを含んで尋ねると、侯爵は恐縮したように頭を下げた。否定しなかったところを見るに、少なくとも、あわよくば、という考えはあったのだろう。
「彼女が殿下の目を曇らせているのではないかと、とんでもない勘違いをしておりました。……真逆だったのですな。足りない部分を補うために、殿下は皇女殿下を求められた」
私の不徳の致すところです、と詫びた宰相は、顔を上げると不敵な笑みを浮かべた。
「そのようなことであれば、今すぐに側室候補は下がらせましょう。我が国の至宝とも言えるお方ですから」
「何の用でここに来たか、わかるか?」
低い声で尋ねる。侯爵は表面上はうやうやしい態度を取っているが、腹の中はどうか知れたものではない。
舐められてはいけない。皇帝の権力が揺らぐことは、すなわちアイリスの立場を不安定にすることでもある。正式にはまだ皇帝ではないが。
「ふむ……。ああ、ひょっとしてご側室の件ですかな?」
今思いついたとばかりの言いようは、白々しいとしか言えない。
まだ怒るな。今怒れば、若造だと侮られる。
「そうだ。余の許可も取らずに、勝手に側室候補を城に置いているらしいな?」
「ああ、やはりそのことでしたか。お気に触ったのであれば申し訳ございませぬ」
口では殊勝なことを言っているが、侯爵から焦りは読み取れない。むしろ、手のひらの上で転がされているような印象さえ受ける。
どうすればいい?
今、彼の機嫌を損ねるのは良い策とは言えない。帝国を復興させたとは言っても、まだ不安定だ。経験豊富な侯爵からの力添えは、国のために必要である。
それこそ、彼の孫娘を側室として迎え入れて、大切に扱えば恩を売れる。今後も力を貸してくれるだろう。
だが、それではダメなのだ。側室の話は受け入れられない。少なくとも、アイリスとの間に子どもが望めないのでなければ。
「……とりあえず、側室候補は全員実家に帰してくれ」
「承知致しました。……それで、良いのですな?」
試されている。直感でそう思った。
エドが心配そうにこちらを見ている。それを見て、逆に落ち着いた。不安になってはいられない。守りたいものを守るため、自分らしく攻めるしかないのだから。
「側室を迎えることで得られる利益はわかる。手っ取り早い手段だと言うのも。……だが、他の手段が存在するのなら、できる限りそちらを取りたいのだ」
「それは、皇女殿下への愛ゆえ、ですかな」
相手の思惑など知ったことか。腹芸で宰相に勝てるはずがない。
どんな戦術をとっても、どんな過程を通っても、最後に笑った方が勝ちだ。相手の土俵で戦う必要などない。
「そうだ」
あっさり認めてやる。思った通り、侯爵は意外そうな顔をした。
「愛、ですか……。では、側室を迎えないことで生まれる不利益は? どうなさるおつもりなのですかな?」
そう、そこも無視できない問題ではある。
側室として令嬢を召し上げることさえ許容してしまえばできる利益が得られなくなる。
侯爵の目を見て、はっきりと答える。
「わからない」
意表をつかれた、を超えて、もはや意味がわからなかったのだろう。は?、と小声でもらしたのが聞こえた。
「だから、侯爵の知恵を貸してくれ」
「知恵……ですか」
側室を迎えることだけが、国をまとめる方法ではないはずだ。いくつか自分でも思いつくものはあるが、どれも効率的とは言えない代物ばかりだ。
だから、具体的な案を出して侯爵を黙らせることができない。経験を積んだ彼に、中途半端な意見を出しては評価を下げるだけだから。
それなら、いっそ逆手にとってしまえばいい。少なくとも一人で考えるより、侯爵に意見を求めた方が、より良い案を出せる可能性はずっと高い。
「頼む。貴殿の力を借りたいんだ」
そう言って頭を下げる。宰相が頭上でため息を吐いたのがわかった。このため息がどのような意図なのかによって、命運が決まる。
「顔をお上げください、フィンリー殿下」
恐る恐る顔を上げる。一応堂々として見えるように取りつくろってはいるが、彼には見通されていることだろう。
侯爵の額には深いシワが刻まれている。それは、何の感情に由来するものなのか。
「……いやはや驚きましたな。皇帝になろうというお方がそう簡単に頭を下げられるとは」
「一番守りたいものを守るためならば余のプライドなど些細な問題だ」
次期皇帝としての体面を保つことも、たしかにアイリスのためになる。周囲から重要だと見なされれば見なされるほど、婚約者であるアイリスへの扱いも丁重になるから。
だが、そのためにアイリスを泣かせては意味がない。それに、結婚当初から側室を迎えるなど、アイリスを軽んじていると宣言するのと同じことだ。
彼女の立場も価値も確かなはずなのに、ほんの少しの判断でたやすく揺らいでしまう。
どうするのが正解なのか、わかりはしないが。動かなかったせいで後悔はしたくない性分だから、思い切るしかない。
「殿下のお気持ちはよくわかりました」
侯爵は、苦笑いを浮かべていた。
「私としたことが、うっかり判断を見誤ったようですな。傾国かと思いきや、殿下をよりよき方向へ導く神の使いであらせられましたか」
ため息混じりに告げられた言葉の意味が、しばらくはわからなかった。
「……それは、つまり?」
「皇后としてふさわしい者は他にもいるはずだと思ったのです。いくら先帝陛下のご息女とはいえ、他国の王女を迎えるだとか、ほかの方法もあるはずだと」
「例えば、侯爵の孫娘、あたりか?」
笑いを含んで尋ねると、侯爵は恐縮したように頭を下げた。否定しなかったところを見るに、少なくとも、あわよくば、という考えはあったのだろう。
「彼女が殿下の目を曇らせているのではないかと、とんでもない勘違いをしておりました。……真逆だったのですな。足りない部分を補うために、殿下は皇女殿下を求められた」
私の不徳の致すところです、と詫びた宰相は、顔を上げると不敵な笑みを浮かべた。
「そのようなことであれば、今すぐに側室候補は下がらせましょう。我が国の至宝とも言えるお方ですから」
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